表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
123/782

国王

   

 イグノラント王国の国王であるセルディウス・ソル・フォルモンドは、自室で椅子に深く座って、本を読んでいた。

 元々、本を読むことは好きだったが、最近は自ら手に取るようなことはすっかりなくなってしまっていたのだ。


 今日は珍しく、アルティウスが具合を悪くして自室に籠っていたが、元気そうで何よりだった。


 だが、それにしても今日のアルティウスは普段とはどこか違うようにも感じられた。いつも穏やかだが、今日はどちらかというと、落ち着いたような雰囲気に思えた。


 日に日に、自分の若い頃に似てくるとともに、亡き妻エリットの面影も遺していた。だが、エリットによく似ていたのはクロディウスの方だったと思う。


 ……今日もクロディウスのことを聞かれるとはな。


 本を閉じて、静かに目を伏せる。窓の外はもう暗闇で覆われており、ランプの灯りだけが自分を照らす。


 今にして思えば、もっと自分の息子に優しく接するべきだったと後悔している。

 あの子が黒髪、黒目で生まれたことで、周りからどのような目を向けられ、生きていくことになるのかは考えなくても分かっていた。


 だからこそ、下を向かずに迎え撃つほどの屈強な心と誰からでも認められる王子としての器を備えさせなければならなかったのだ。


 人の上に立つことは難しい。それは自分が国王となって20年程経ったがいまだに思っていることだ。

 息子たちには強い力と心を持って欲しかったのに──。


 ある日、それは崩れた。全てが吹き荒れる嵐の夜だった。

 王宮魔法使いが王宮の結界を何者かによって破られたと報告しに来た直後だった。


 クロディウスと王妃である妻を魔物が襲ったのだと、至急の報告が届いた。嵐による被害報告を政務官達と共に政務室で受けていた時だった。最初はこんなに忙しい時に、何の冗談かと思った。


 だが、クロディウスの部屋に行くとそこには血まみれで倒れている妻のエリットと、肩口を抑え、唸りながら倒れているクロディウスの姿があった。

 これは悪夢かと何度思ったことだろう。


 妻は死んだ。身体を引き裂かれて、短剣を右手に持ち、死んでいた。

 衛兵達が到着した時にはすでに魔物の姿はなかったという。


 急いでクロディウスを医師に診せたが、噛まれた傷跡は一生残るものとなるが、今のところ命の危険はないと言った。

 しかし、王宮魔法使い達は青ざめた顔でこう告げたのだ。


 ──殿下は呪いを受けられています、と。


 その後、クロディウスからの聞き取りで呪いをかけた相手が伝説級の魔物、「魔犬(まけん)」という種類だと分かった。すぐに呪いを解くようにと、王宮魔法使い達に言ったが皆が頭を横に振った。


 魔犬に呪いをかけられた者が、どのようにして呪いを解いたのかという記録はなく、解き方は分からないと言われたのだ。

 そして、その呪いはやがて月日が経つと共に自らも魔犬という魔物になってしまうらしい。



 絶壁に追い詰められたような気分だった。

 クロディウスは、この子の未来は一生真っ暗なままだとそう宣告されたように。


 自分に出来ることはない。助けることは出来ないのだとそう、告げられた。

 思わず絶望してしまった。現実のことだと受け止めきれずに。



 その後、クロディウスは田舎の教会へと送られることになった。


 このまま人として生きることが許されず、その身が魔物へと堕ちてしまうのならば、人の目の少ない場所で余生を過ごし、そして魔物や魔法を専門としている国の裏組織である「嘆きの夜明け団」に討伐してもらえばいいと、誰かがそう言った。



 討伐、つまり殺すということ。自分の息子を殺せ、と。

 そんな親がいるものかと反論した。


 だが、王宮には様々な目がある。これ以上、好奇、嫌悪といった目からクロディウスを守りたかった自分は結局、その案に賛成してしまった。


 ……せめてもう少し、本人の意見を聞いていれば。


 クロディウスから見れば突然、王宮を追い出されたように思われただろう。もう少しだけでもお互いに話し合うべきだったのだ。


 表向きには王妃と第一王子の死が病死として公表された。


 大事にしていたものを同時に二つも失い、暫くの間、政務に手が付かないほどまで落ち込んだ。

 だが、自分よりも嘆いていたのはアルティウスの方だった。突然、母と兄を亡くしたのだ。理解は出来ないだろう。


 特にクロディウスとは毎日のように一緒に居て、仲が良かったため、独りぼっちとなった後は部屋から出ずに、ずっと籠って泣いていた。


 しかし、自身が王子としての役割を果たさなくてはと自覚し始めたのか、自らの足で政務室へ顔を出すようになり、今では政策を考え、実行させる一人として勤めている。


 クロディウスも田舎で静かに暮らしているのだろうかとたまに物思いに耽ることもあった。

 そんな時、クロディウスが田舎の教会で病によって亡くなったと聞かされた。


 それはクロディウスを教会へと連れて行き、その後もたまに教会を訪れてはクロディウスの様子を知らせてくれる政務官からの報告だった。


 驚きではなく、先に胸の中に浮かんだのは悲しみと後悔だった。クロディウスはそのまま教会の墓地へと埋葬されることに決まった、それだけが伝えられた。


 本当は死んではいないのではと疑いを持っていた。だが、それを自分の目で確かめに行くことは出来なかった。


 自分はこの国の王。私的な目的で、王宮の外へと出ることは許されない。


 せめて彼の亡骸だけでも、母親と一緒に入れてあげたかった。一人、離れた場所で寂しく、眠り続けることになるなど、何と悲しいことか。


 それでも毎日朝はやってきて、この国の人間のために、自分は勤めを果たさなければならない。

 私を殺して、公を選ぶ。それが自分の役目だ。


 


 コンコンコン、と部屋の扉が三度叩かれる。


「入りたまえ」


 物思いに耽っていた頭を現実へと戻し、返事をする。


「失礼します、父上」


 アルティウスだった。彼が就寝前の時間に自分を訪ねることなど、ほとんどなかったため、思わず椅子にもたれていた身体を起こした。


「どうした、こんな時間に珍しいな」


「ええ、父上に相談がありまして」


 今のアルティウスはいつものアルティウスだ。やはり、夕方に会った息子は彼ではないように思えてくる。そう思うのも自分の気のせいに違いないだろうが。


「何だ」


「私に視察の機会を下さい」


「……」


「父上が私を大切にして下さっているのは良く分かります。ですが、やはり正式に外を見て回りたいのです。この国の今後のために」


 いつものアルティウスのはずだ。だが、違う。今までとは瞳に宿る意志の強さが変わっているように見えたのだ。


「また、いくつか出したい政策がございます。出来れば、早急に。今日はそのことについて意見を聞きたく、参りました」


 ランプの灯りに照らされる、一人になってしまった息子は自分だけではなく、妻、そしてクロディウスの面影が全て揃ったような姿にさえ見えた。


「お願いします」


 深く頭を下げるアルティウスに思わず笑みを漏らしてしまう。


「……今日のお前は少し変だな」


「……そうですか?」


「ああ。……懐かしい気分になるんだ。お前越しに、クロディウスを見ているような気分だ」


「……」


「なぁ、アルティウスよ。夕方の話の続きだが……私はクロディウスに恨まれていたと思うかね」


「思いません」


 迷いもない即答だった。


「彼も分かってくれています。どうして父上が私達を強くさせようと厳しかったのか」


「分かるのか」


「ええ。双子ですからね。私は彼の半分です。似ているところもあれば、似ていないところもある。……でも、分かることは一つ。決して、ロディは私達のことを嫌ってなどいなかった」


 清々しい程の笑顔で子どもっぽく笑うアルティウスにつられ、思わず気が抜けたような溜息が出る。


「……そうか。私は嫌われてはおらぬか」


 クロディウスから聞いた言葉ではないのに、何故か妙に納得出来てしまった。心の中に抱き続けていた靄が少しだけ晴れたようにも感じた。


「……お前の相談とやら、すぐに聞いてやってもいいが明日にしないか」


「……」


「他の政務官達の意見も聞きたい。同時に聞いた方が、効率が良いいし、お前の調子が今日は悪そうだからな」


「……そうでしたね」


 何かを思い出すように空を見て思案しつつ、アルティウスは肩を竦める。


「分かりました。ではまた明日、政務室で」


「ああ、ゆっくり休めよ」


「おやすみなさい」


 アルティウスは背を向けて、扉に手をかける。


「……父上」


「何だ?」


「たまには僕にも昔話をして下さいね」


「……また今度な」


 今日、したばかりだというのに、また聞きたいらしい。アルティウスは納得したように頷いて、部屋から出ていった。


 一人、部屋に残される。


 静けささえも、心地よく思えてくるのは、どこかでクロディウスに対する罪が許されたのではないかと思ってしまったからだろうか。


 彼は自分を恨んではいなかったのだと、思えたからだろうか。


「……エリット。やはり親と言えど、話さなければ分からないこともあるのだな」


 独り言に返してくれる者はいないが、何となく亡き妻の優しい笑い声が耳の奥で聞こえた気がした。

    

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ