部屋
アイリス達は観光客が少なくなってきた時間帯を見計らって、ロディアート時計台の地下にある秘密通路を使ってから、王宮の庭にある作業小屋へと戻ることにした。
しかし、庭師などが仕事をしている可能性があったので、外へ出る機会を窺いつつ、アルティウスには申し訳ないが一度、使用人の服装に着替えてもらった。
ユアン達は王宮魔法使いに顔が知られてしまっており、迂闊に行動は出来ないとのことなので、魔具をアルティウスから渡してもらう役目をアイリスが担うことにした。
その間に、ユアン達は物置部屋の隠し部屋で待機しつつ、教団への帰り支度を整えて貰っていた。
「この時間帯はほとんどの政務官達が自宅へと帰っていますし、夕食の準備の時間ですからね。王宮内で働いている人は昼頃と比べると少ないと思いますよ」
さすがに王宮内のことは熟知しているのか、あまり人が通らないであろう廊下や、階段を使ってアルティウスは、クロイドが待っている自分の部屋へと進んだ。
「あと、皆さんが回収に来た魔具はすでに僕の部屋の鍵付きの机に保管してあります」
「……ありがとう」
先程、アルティウスからの告白を受けてからというもの、アイリスは彼と目を見て話せなくなってしまっていた。
それをアルティウスは分かっているのか無理に視線を合わせずに、今までと変わらない態度で接してくれている。
自分は彼の心を傷付けてしまっていないか不安だった。だが、アルティウスの望みを叶えてあげることは出来ないのだ。
「ここが僕の部屋です。……こっちがロディの部屋」
「クロイドの……」
兄弟に一人一人の部屋が与えられていたらしい。アイリスはすっとクロイドの部屋だった方へと視線を向ける。
この部屋の中でクロイドは魔犬に襲われ、母親を失い、そして呪いを受けた。
「……」
クロイドにとっては思い出とは言い難い場所なのだろう。
自分だって昔、住んでいた家には今も入ることが出来ない。あの日のまま、時間はずっと止まったままの状態だ。
放置されている実家の管理は自分が大人になるまで、遺産と一緒に全て弁護士に任せてある。もちろん、自分とブレアの知り合いの弁護士なので安心して預けてあるわけだが。
……いつでも、家に入りたいなら鍵を渡すって言っていたわね。
だが、あの家を出てから、今まで一度も帰っていない。
だからこそ、クロイドがどんな気持ちでこの王宮へと来ていたのか、分かっていた。
アルティウスが自分の部屋の扉を軽く叩くと、中からすぐに返事が返って来る。扉を開くと、自分が知っている中で一番広く、そして落ち着きのある部屋が広がっていた。
「……帰ってきたのか」
窓際に置いてある椅子から立ち上がり、クロイドはアイリス達の姿を見るなり安堵した様子を見せる。
「ただいま、ロディ。遅くなってごめんよ」
「いや、いい。ただ、口裏を合わせておいて欲しいことがいくつかある。出来るだけ、人とは話さないようにはしていたが……」
「ああ、構わないよ」
「……外はどうだった」
眼鏡を外し、クロイドはアルティウスの方へと近付く。
「今日は色々と勉強になったよ。やっぱり、生で人の言葉が聞けるのはいいね。……でも、改めて自分の力や考えが届かない範囲があることを思い知ったよ」
アルティウスは答えつつ、机の引き出しに付いている鍵穴に、手帳から取り出した鍵を差し込んで、左に回す。
乾いた金属音が響き、すぐに机の引き出しが開かれた。
そこには布に包まれたものがあり、彼はそれを手に取ると、丁寧に布を一枚ずつ開いていく。布の中には煌びやかな装飾が施された箱があった。
それを遠慮する事無くアルティウスは開ける。
「……これが、『青き月の涙』」
「見た目は普通の宝石のように見えますが、魔具なんですよね」
「ええ。……あ、これを代わりに」
アイリスは「青き月の涙」に似せて作られた首飾りを取り出し、アルティウスへと渡す。
「本当にそっくりだ。……でも、宝物庫の整理はたまにしか行われないですし、鑑定士がいるわけじゃないですから、これが偽物だって知られることはないと思いますよ」
「それなら、いいんだけれど……」
アルティウスは偽物の首飾りを箱の中へと戻し、布で包み直した。
「これで、終わりですね」
「……」
魔具を回収して、任務は終わったはずなのに、何故かアイリスもクロイドもすぐには立ち去ることは出来ずにいた。
アルティウスとはこれでもう、二度と会うことはないはずだ。去り難いわけではないのに、何か話さなければと思って動けなかった。
「……アル」
先に言葉を発したのはクロイドだった。
「お前に謝らなければならないことがあるんだ」
拳を作り、唇を噛み締めているクロイドの表情は責め立てられているような顔をしていた。
「……何だい? 僕は別に、君から謝られるようなことがある覚えはないよ?」
「いや、あるんだ」
真剣な話をするなら、自分は居ない方がいいだろうと後ろへと一歩下がりかけると、クロイドが視線で「ここに居て欲しい」と訴えて来た。
 




