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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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絵本

   

 すると、孤児院の中で最年少のスーネが絵本を両手に抱えて、アルティウスの前へとやってくる。


「……絵本、よんで」


 か細い声で目をくりくりさせながら、絵本をアルティウスへとすっと差し出す。すぐにアルティウスはアイリスの方へと困った顔で振り返った。


 その表情が何だかクロイドそっくりに見えて、小さく噴き出してしまう。アイリスは軽く頷き、読んであげてと目で促した。


 アルティウスはまだ、困ったような表情のままで、スーネから絵本を受け取ると、手近にある椅子に座った。


 それに倣うようにスーネもアルティウスの目の前に椅子を持ってきて、深く座る。スーネが椅子に座ったことを確認してから、アルティウスは軽く咳払いをして、にこりと笑った。


「えっと……。『魔法の鍋の冒険』のはじまり、はじまり~」


 笑顔を浮かべたまま、登場人物達の台詞を別々の声色を使いつつ本を読むところは、クロイドとは全く違うようだ。クロイドはそういう事が苦手なのか、抑揚なく読んでいた。


 それでも、二人とも子どもの心を掴むのは得意なようだが。


「……スーネ、最近、ずっとあの絵本ばかり読んでいるの」


 隣にいたローラがこっそりと耳打ちしてくる。


「私も小さい頃、よく読んでいたわ。あの絵本、確か鍋に乗って色んな世界へと旅する話、だったわよね」


「そうそう」


 孤児院の中は今まで以上に一層、明るい雰囲気に包まれていた。シスター達も嬉しそうに子ども達を眺めていた。

 クラリスがこちらに向けて手招きしてくる。


「それじゃあ、私達は勉強でもみましょうか。……シスター達はどうぞ、休んでいて下さい。私達が見ていますから」


 クラリスが聖母のような微笑みでシスター達に促した。


「まぁ、でも、悪いわ」


「ああ、それならお茶の準備でもしましょうか。せっかく、お菓子を頂いたんだもの」


「それなら、カップを人数分用意しないと……」


「紅茶の茶葉はまだ、残っていたかしら……」


 シスター達はそれぞれ動き始め、広間にはアイリス達と子ども達だけが残される。


「アイリスは算数を見てあげて。私は文法と単語の復習を見るわ」


「分かりました。……はい、算数をやりたい人、ここにいらっしゃい」


 アイリスのもとにはローラと年長者のメドルが教科書とノートを抱えて、長台の向かい側へと座った。


「私、アイリスお姉ちゃんが来たら、絶対に聞きたい問題があったの」


「メドル、まだあの問題で悩んでいたの?」


「だって……ローラの説明だと私の頭が追い付けなくって」


 二人とも歳は11、2歳くらいのはずだが、以前、孤児院に潜入した際よりも二人に流れている空気は和やかに見える。


 ひと月程前まで、ローラは反魂(はんごん)の魔法を行おうと身の回りを制限しつつ生活していたため、他の子ども達からもいつもと様子が違うと心配され、不安そうに見られていたのだ。


 だが、現在はローラの心の闇も晴れたため、今まで以上に子どもらしい表情が見られるようになっていた。


「ねえ、アイリスお姉ちゃん」


 ローラの事を考えていたアイリスは本人から名前を呼ばれて、少し驚きつつも反応を返す。


「どうしたの?」


「今日は……ロイ……お姉ちゃん、は?」


 クロイドが男性だと知っているが、空気を読んでくれたようだ。だが、アイリスはその質問に曖昧な笑みを浮かべる。


「んー……。今日は他の用事があって来られないの」


「えー……。あ、でも、あのアルさんって人、ロイお姉ちゃんに似ているね」


 残念そうな素振りを見せつつ、メドルが近くでスーネに本を読んでいるアルティウスの方へと目配せする。

 子どもながら、中々鋭い指摘だ。


「アルはロイの親戚なの」


「そうなんだー! でも、すごくそっくりよ。兄弟みたい」


 メドルの言葉にアイリスは笑みを返していたが、その隣に座っているローラは何かを悟ったのか、アイリスを見て、真面目な顔で軽く頷いていた。


 クロイドとアルティウスが実の兄弟で、王子だということは、誰にも言ってはならない秘密だ。 

 きっと、この真実は自分の胸の中に一生秘めておくことになるのだろうと、ふと思った。

     

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