手伝い
昼食は肉とチーズの燻製が美味しいと評判の裏通りで営業している店へと入った。ユアンとレイクがよく来る店で、店長とは顔見知りらしい。
サービスで少し量を多めに出してもらった料理をアルティウスは本当に美味しそうに食べていた。
肉の燻製の盛り合わせと、チーズ、魚の燻製、薄く切られたパンのセットを頼んだが、このような料理はあまり、王宮では出されないらしく、珍しいのだという。
店から出ると昼時な時間であるため、先程よりも通りが賑わっているようだ。それをアルティウスはどこか嬉しそうに、そして寂しそうにも見える表情で見つめていた。
「さて、アルよ。そろそろ最後の視察にしようじゃねぇか」
「まぁ、夕方くらいには戻らないとねぇ~」
「そうですね。……では最後に孤児院を」
「え?」
思わず、アイリスは聞き返してしまった。
「あ……。駄目でしょうか?」
「ううん。大丈夫よ。……ここからだと、セルシェ通りのリンター孤児院が近いですよね」
アイリスは曖昧に笑って、首を横に振る。
「あー……。そうだな、うん。あそこが一番近いな」
「そういえば、前にアイリスちゃん達がシスターに扮して潜入したって聞いたけれど、その場所の?」
「……それは秘密にしておいてあげて下さい」
こっそりと聞いてくるユアンに、アイリスは小さく頷きつつも苦笑いする。でなければ、無理矢理に女装をさせられたクロイドが可哀想すぎる。実の弟であるアルティウスに女装したと知られたくはないだろう。
「じゃあ、行きましょうか。そうだ、久しぶりだし、子ども達にお土産でも買っていこうかな」
「孤児院に知り合いがいるんですか?」
「ええ、たまに遊びに行ったりするの」
ここ最近は、忙しくて顔を見に行けていないが、訪ねればきっと皆、笑顔で出迎えてくれるだろうとアイリスは小さく笑っていた。
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国から運営資金をあまり援助されておらず、ほとんど人からの寄付金によって賄われているリンター孤児院では、建物の補強をすることさえままならないため、見た目は廃墟のように薄暗く見える。
それでも建物の中は毎日綺麗に掃除されており、雰囲気も明るかった。
ひと月程前にクロイドと共にこの孤児院へと潜入することになったが、時間がある時はシスターの手伝いをしたり、子ども達の様子を見に来たりしていた。
アイリスは孤児院で一番偉い、というよりも仕切っているシスター長のマルーに知り合いと共に遊びに来たということを伝えて、孤児院の中に入れてもらうことにした。
「まぁまぁ! こんなに若い方がたくさん来てくれるなんて嬉しいわ!」
「突然、お邪魔してしまってすいません。皆さん、どうなされているかなと思いまして……。あ、これお土産です。良かったら、皆さんで食べて下さい」
「アイリスじゃないの! 久しぶりねぇ」
「あら、ロイは来ていないの? あの子、子ども達に人気があったのに残念だわ」
「ちょっと、待っていて。子ども達は今、自室にいるから呼んでくるわ」
白と黒で統一された服を着ているシスター達が横へ並びつつも、お互いに嬉しそうな顔でアイリス達を見ている。
「彼……彼女は、ちょっと用事が多くて来られなくって……。あの、こちら私の先輩と友人です」
「初めまして! ユアンです。こっちがレイクで、この隣がアルです。少しの間ですがお邪魔します~」
ユアンがまとめて紹介している時だった。
「──え、ユアン!? それにレイクも……。どうしてここに?」
奥の部屋から子ども達を連れ添いながら、こちらへと小走りでやってくるクラリスがいた。この前、医務室でお世話になった以来だ。
「クラリス! あ、そうか。修道課に新しく研修が追加されたんだったわ」
「うわっ、ひと月ぶりくらいに会ったな。久しぶり」
驚く素振りを見せつつも納得したようにユアンは頷く。そういえば、ユアン達は任務で国を離れていたため、クラリスと会うのも久しぶりなのだろう。
「お久しぶりね、二人とも。あら、それにアイリスも。元気そうで良かったわ。こちらの方はお友達? はじめまして」
流れるようなクラリスの挨拶に面を食らいつつも、アルティウスは穏やかに挨拶を返した。
「はじめまして、アルです。三人にはお世話になっています」
そこへ、やりとりを見ていたシスター・マルーが首を小さく傾げつつ少し驚いたように尋ねてきた。
「クラリス、皆さんとお知り合いなの?」
「はい、そうなんです。こちらの二人が私の友人で、アイリスは私の後輩なんです」
笑顔でにこにこと答えるクラリスの後ろから、次々に子ども達がやってくる。
「わぁ! アイリス姉ちゃんだ!」
「久しぶりー! え、お菓子? やったー!」
「あれぇ? ロイ姉ちゃんは?」
攻めるようにアイリスの周りを囲う子ども達に、シスター達は笑い声を上げる。
「あらあら、大人気ねぇ。ずっと会いたいって皆、言ってもらっていたもの」
最近は、選ばれし者達の件や、学園内で起きた件の任務にあたってばかりいたので、中々顔を出せずにいた。
待っていた、会いたいと思われるのは嬉しいものだと、アイリスは笑みを浮かべつつ、子ども達の頭を撫でていく。
「あ、アイリスお姉ちゃん!」
一番、最後に髪がひと月程前よりもほんの少しだけ伸びたローラが分厚い本を腕に抱えて小走りでやってくる。
「ローラ! 久しぶりね」
潜入任務の際に、悪魔メフォストフィレスが封印されていた「悪魔の紅い瞳」という魔具を偶然にも拾い、それによって亡くなった親を蘇らせようとしていたローラだったが、現在は嘆きの夜明け団に入れるようにこっそりと魔法に関することを勉強中だ。
もちろん実技による勉強をしているわけではないため、魔的審査課の監視対象には入らず、アイリスがブレアに頼んで魔法の勉強を教えることに対しての許可もとっているため、実質的には嘆きの夜明け団に入団する候補生と言ったところだろう。
「また、色々教えてね」
二人だけの秘密を共有するようにこっそりとローラが耳打ちしてくる。アイリスが笑顔で返すとローラも嬉しそうに笑った。
「よし、せっかくだから遊んでやるか!」
気合を入れるようにレイクが服を腕まくりをする。
「兄ちゃん、名前はー?」
「俺はレイクだ」
「レイク兄ちゃん、肩車してー!」
「あ、僕もー!」
「任せろ!」
軽々と子どもを抱きかかえたと思えば、あっというまにレイクは肩車をした。小柄で華奢な身体つきのわりには、意外と力持ちのようだ。
「あらあら……。悪いわねぇ、遊びに来たっていうのに……」
「いえ、いいんです。せっかくですから、私達にもお手伝いさせてください」
にこりとユアンは笑みをシスター・マルーに返しつつ、周りにいる子ども達においでおいでと手招きしながら集めはじめる。
「クラリス、今からこっそりと魔法を使うけれど、上には秘密にしておいてね」
「……いつもの事でしょ、全く……」
小声で聞こえた会話にアイリスは思わず振り返ると、目が合ったユアンは悪戯をする子どものように舌を出しつつウィンクした。どうやら、魔法を使うことを秘密にしておけという事だろう。
「はーい、今から手品をしまーす! ここにある種も仕掛けもない布にー……魔法をかけると~」
ユアンは髪飾りとして挿している杖をすっと抜いて、左手の上に被せた自前のハンカチに、そっと触れる。
「1・2・3!」
ぽんっ、という軽快な音と共に、布は一瞬で真っ白な花束へと変わった。
「わぁぁ! すごぉい!」
子ども達からもシスター達からも歓声と拍手が一斉に沸き起こる。思わず見とれてしまうほどの、一瞬だった。
「さらに、この花束に魔法をかけると~。1・2・3!」
またもや、ぽんっ、と軽快な音を立てたと思ったら、花束は一瞬で宙に舞う花びらへと姿を変える。
「おぉ~!」
本当に手品だと信じて疑わない瞳で、皆が拍手をしていると、隣にいたアルティウスがこっそりと耳打ちしてきた。
「アイリスさん、あれって魔法なんですよね?」
「ええ。あの花は布で作られた花だから……正確にいうと、姿を変える魔法と言った方が正しいかも」
「僕、目の前ではっきりとした魔法を見るの、初めてなんです。魔法ってこんなにも綺麗なんですね」
はらはらと雪のように舞う布で出来た花びらをユアンは風の魔法を使って、自在に操っている。それを眺めながら、アルティウスはどこか羨ましそうにも見える表情で小さく呟いた。
……彼も、魔力を持っていない人だったわ。
普通の人から見れば魔法は不思議なもの、存在しないものと思われているだろう。それでも、やはり、目に映る光景に驚かずにはいられないらしい。




