結果
嘆きの夜明け団の本部が位置する隣に、サン・リオール教会は建てられていた。普段は一般人が祈りに来るため、夜以外の時間は開けっぱなしだ。
もちろん、隣接している教団の建物には入れないようになっているが。
「これが教会ですか……」
感嘆の溜息を漏らしながらアルティウスは教会の中へと足を踏み入れていく。
何百年か前に建てられた教会だが、丁寧に管理されていることもあってか、見た目は白壁が美しく保たれている。質素な作りの木製の扉の向こう側には祈りに来た人たちが座って祈ることが出来るように長椅子が綺麗に並べられている。
教会内の前方には祭壇が置かれており、壁には美しいステンドグラスがはめこまれ、床にステンドグラスの模様が浮かび上がっては、鮮やかな色を映し出していた。
「中では出来るだけ小声でお願いね」
「はい」
人はまばらだが静かに手を組み、祈っている人がいる。邪魔しないようにしなければならないだろう。
出来るだけ壁側に近く、人から遠い場所に四人は並んで座った。
「……皆さんは何について祈っておいでなのですか?」
小声でアルティウスが訊ねてくる。
「人それぞれよ。ただ神に救いを求めている者もいれば、家族の身を案じて祈っている者いるんじゃない?」
ユアンがすっと目を細めて前方を見る。
「こう言ってしまえば、悪いけれど神様って人によって都合よく変えられてしまうものだからね。……それでも、人は祈らないと不安になるのかもしれないわね」
「……」
何となくユアンの言葉には共感出来るような気がした。自分だって、それほど信心深いわけではない。それでもやはり、人は心の拠り所になるものが必要なのだ。
それは神であったり、人であったり、思い出であったりと様々なだけで。
「……今はこんな風に、自分が好きな時に祈ることが出来るようになったけれど、元々は簡単なことじゃなかったんだ」
「え?」
レイクの言葉は低く、そしてどこかしら重く聞こえた。
「この世界にはたくさんの宗教がある。その中でも今、目の前で祈っている神は一番信者が多いだろう。でも、そうじゃない宗教もたくさんある。……人は自分の信じるものを武器にして、何百回、何千回と争いをしていた」
まるで歴史の先生のようにレイクは淡々と呟く。
「……宗教戦争、ですか。ですが、この国はそれほど他国と戦をしていないはずです。それに神の名の下に戦を起こしたことは一度もありませんよね? 前身のアリフォシア王国なら、何度か他国と戦をしていますが……」
「まぁな。……王子様に改めて話す話じゃないが、この国だって例外じゃなかったはずだ。……魔女狩りだって、典型的な宗教戦争の一つだろうよ」
レイクの言葉にアイリスは唾を飲み込んだ。
「こうやって、魔法を扱う教団の管理の下、教会が建てられたのは他の国では例外に等しい。何せ、時代が時代なら、俺達は狩られる側だからな」
「……今の時代に生まれて良かったって思うけれど、そう思えるのも歴代の魔法使い達が頑張ったからよね」
ちらりとユアンがこちらを振り向き、軽く片目を瞑った。エイレーン達のことを言っているのだろう。アイリスは穏やかに笑みを返した。
「歴代の……。祖となる五人によって教団とこの国は建国されましたが、魔女だったのは一人で……。えっと、確か……エイレーンという女性が魔女、だったとお聞きしています。魔力が強くて、勇敢な素晴らしい方だと……」
「あら、アイリスちゃん。アル君には言ってなかったの」
振り返ったユアンが少し意外そうな顔でこちらを見てくる。アイリスは苦笑して頷いた。
「名前しか伝えていませんでした」
そうだった。アルティウスは知らないのだ。
イグノラント王国と嘆きの夜明け団を建てた一人、魔女エイレーン・ローレンスの子孫が自分であると。
「……私、アイリス・ローレンスという名前なの」
「えっ?」
アイリスの言葉にアルティウスは状況を掴んでいないようだ。
「エイレーンの名前はエイレーン・ローレンスだろう。それは知っているよな?」
「え? あ、はい……。有名な話ですので……。……えっ?」
やっと気付いたのか、アルティウスは瞳を丸くして、驚いた表情でアイリスの顔をまじまじと見てくる。
「それじゃあ、アイリスさんが最初の五人となる中の一人の子孫……」
アルティウスの問いかけにアイリスは微かな笑みを浮かべて頷いて見せた。
珍しいものを見た表情でアルティウスの瞳は固まったままだ。よほど、驚いたのだろう。
「まぁ、エイレーンとお前のところの祖先、グロアリュス王達が頑張ってくれたおかげで、この国では魔女狩りは行われなくなったし、魔力を持っていても、神へ祈ることも出来るようになったってわけだ」
「あと、歴代の王様達の力のおかげでもあるのよ? 彼らが私達魔法使いを守ってくれていたの」
「……そうなんですか?」
「王族が教団の存在と力を認めてくれていたから……だから、教団はその一方で王族を守っていたわ。……今は王宮魔法使いがいるから、教団とは疎遠になっているけどね」
「そういう経緯もあって、俺達は時代が変わった今でも安心して魔法が使えるわけだ」
うんうんと、レイクは何度も頷く。
だが、アルティウスは何とも言えないような顔で、無言になるだけだった。
「……どうしたの?」
アイリスが顔色を窺うと、彼はどこか泣きそうな顔で振り返った。
「……いえ。直接、言われたことがなかったので、嬉しかったんです」
「何を?」
「自分達が……今までやってきたことにも、ちゃんと意味があって、そして目に見えた結果が出ているんだって……そう思えて」
「……」
王族が魔法使いの存在、教団の存在を認めてくれている。それはこの国が建てられた際に出来た決まり事の一つだ。
それを王族は決して拒絶せずに、長々と守ってきてくれている。教団にいる者はその約束だけで十分に守られているのだ。
表向きには魔法を禁止する法律はある。だが、影の法律としてこの国は魔法使い達に対して魔女狩りは行わず、命は保証するとまで決められていた。
──二度と、悲劇を繰り返さないために。
魔力を持った者も、そうでない者も幸せでいられるように。そのために作られた影の法律が今もしっかりと機能しているのだ。
「……これからも宜しくね、王子様。私達もちゃんと市民の生活を陰から守るから」
「ええ、もちろんです」
笑顔で返してくるアルティウスの表情は年頃の少年ではなく、一端の仕事人のようにも見えた。
そして彼もまた、この国にとって重要な人間なのだと密かに実感していた。




