朝食
「……凄い」
感嘆の溜息がアルティウスから漏れ出た。彼の瞳には今、この国で一番賑わっているであろう、朝市が映っていた。
広い道路は歩行者だけが通れるように整備され、その道を埋め尽くすように店が立ち並んでいる。中には歩きながら商いを行う者もいて、老若男女の人々で埋め尽くされていた。
売られているものは野菜、魚、肉、パンなどの食料だけではなく、衣服や靴、装飾品、書籍などもある。目移りしている途中で、更に他のものへと目移りしてしまうような光景が広がっていた。
「ここはロディアートの4番街。王宮に繋がる道が1番街と2番街で、そこは貴族の居住区ばかりだけれど、少し離れた4番街は市民にとっての居住区でもあり、一番賑わう場所だから住んでいる人も商売人が多いのよ。ちなみに、5番街は職人が多く住んでいるわ」
まるで子どもに街の特産品や特徴を教えている先生のようにユアンがアルティウスの前で色んな方向に指を差しながら説明している。
アルティウスはユアンの話を聞きながら、何かを視線に映すたびに質問をしているようだ。
「……あいつ、子どもとか凄く好きだからな。生粋の世話焼きだし」
レイクがユアン達二人に聞こえないようにアイリスだけにぼそりと耳打ちしてくる。その言葉に同意するようにアイリスも苦笑しながら頷いた。
「ユアン、とりあえず朝食を摂ろうぜ。王子様……じゃなかった、アルも腹が減っているだろうし」
朝市に来る途中、呼び名はアルと呼んでほしいとアルティウスから頼まれていた。彼自身も人の目がある場所でうかつな事を話して、身に危険が及んだらいけないと分かっているからだろう。
「そうね。アル君は何か希望とか、ある?」
「そうですね……」
何にしようか考えているつもりなのだろうが、アルティウスの碧色の瞳はあっちを見たり、こっちを見たりと朝市の全てに興味津々なようで、朝食が決まるのは遅くなりそうだ。
「朝はがっつりと食べたいが、早く食わなければならない奴が多い。そんな時にはこれだ!!」
そう言いながら、レイクは早速、朝食を買ったのかもぐもぐと何かを食べ始めていた。
「これは……もぐっ……朝、定番……んぐ……もぐ……」
「食べながら喋らないの!」
ユアンに叱責されて、レイクは口に詰めていたものを一気に飲み込んだ。
「……と、まぁ、急ぐ朝には薄焼きのパンに目玉焼きとハム、トマト、白ソーセージ、オレンジ、マーマレードジャムに辛口ソースを混ぜたこのレイク様特製、優雅な朝食シリーズがおすすめだ!」
レイクの口元にはパン屑が付いているが爽やかな笑顔で親指を立てている。
「うえぇ……。出たわ、レイクの異物を混ぜる食べ方……。食べ物が可哀想……」
「失礼だな。俺はこの食い方が一番美味いんだよ。お前も騙されてやってみろ」
「絶対いやよ。……と、まぁ、レイクのおすすめは置いておいて。……朝はパンとスープに少しのおかずが定番なんだけれど、忙しい時にはこうやってパンに自分の食べたい具材を一緒に入れて、ソースかジャムをかけて食べる朝食の摂り方もあるの。街中には朝食専門の店もあるくらいよ」
「好きな具材を挟むんですか? サンドウィッチみたいですね」
そういえば、アルティウスはサンドウィッチが好きだと昨日話していた。目の前にある店には柔らかそうなパンと硬そうなパンの二種類が置かれており、具材はどれを選べばいいか迷う程にたくさんの種類があった。
店の店主はゆっくりどうぞと人当たりの良さそうな表情で笑っている。
「まぁ、元々はサンドウィッチから来ているんだろうな、この朝食の摂り方は」
いつの間にか、どこからかコーヒーを買ってきたレイクが、熱そうな湯気が立っているコーヒーを吹き冷ましていた。
「あと自分用のカップを持ってきている奴は、コーヒー代が少し割引される。なければ、借りればいいけどな」
「あんたねぇ……。王子様が目の前にいるってのに、よく堂々と先に朝食を食べ終えた上に、優雅にコーヒーなんて飲めていられるわねぇ……」
声量を抑えつつ、どこから出たのかと疑うほどの低い声で、ユアンは眉間に皺を寄せてレイクに迫る。
「だって、アルが遠慮するなって言っていたし。気を遣わせるのも好きじゃないし」
「だからってねぇ……」
「ま、まぁ、落ち着いてください、二人とも……。ほら、ク……じゃなかった、アルも好きなのを選んで、一緒に食べましょう?」
思わずクロイドの名前を呼びそうになったのを必死に留めて、アイリスはアルティウスに向かって手招きする。
「あ、じゃあ自分で買ってみたいです。今まで、物を直接見て、買ったことがなかったので……」
どれにしようかなと呟きながら、アルティウスは目を輝かせながらパンに挟む具材を選んでいく。
店主とやりとりしている様は本当にどこにでもいるような男の子にしか見えない。まさか、目の前にいる店主も相手をしているのがこの国の王子だとは疑いもしないだろう。
「先輩達、本当に仲がいいのか悪いのか分からないですね……」
苦笑するアイリスにユアンは愉快そうに笑いながら手を横に振る。
「いやぁね。相性が悪いのはこいつだけよ。アイリスちゃん達は別だから安心して。さて、私は何を食べようかな~」
順番で並んでいたアルティウスの隣に立って、何を選んだの、どれを食べるだのと話しているユアンを少し恨めしそうなしかめっ面でレイクが見ていた。
「……別にあいつのことが嫌いなわけじゃねーぞ」
盛大に溜息を吐いたレイクの方を振り返る。
「え?」
猫舌なのか、まだコーヒーを吹き冷ましているレイクの表情はお気に入りのぬいぐるみを親に洗われてしまった子どものような複雑な顔をしていた。
「何と言うかな……。お互いに相棒として認めてはいるんだけれど、それを認めたくないんだろうな。俺達の性格的にどこか気恥ずかしいというか……って、何言ってんだろう、俺……。……熱っ!」
思わず口にコーヒーを含めてしまったのか、慌ててカップを離し、少し咳き込み始める。
「大丈夫ですか、レイク先輩……」
「平気、平気……。ほら、アイリスも行って来いよ。そうやって、一歩引いて構えているのは良いことだと思うが、少しは王子様に付き合って、ついでにユアンにも付き合って楽しんで来い。俺がちゃんと見張っているから」
「……」
確かに自分は、一歩引きつつもアルティウスを警護しているつもりだったが、かなり緊張気味に動きを慎重にしていたことをレイクは気付いていたようだ。
「……本当に良く見ていますね」
困った顔で頷くと、ようやく飲める熱さになったのか、レイクはコーヒーを口に含ませつつ右手を挙げた。
本当に良い先輩達に恵まれていると、アイリスは気付かれないように笑みをこぼしつつ、やはり気になっているものを忘れることは出来なかった。




