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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
二人の王子編
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面影

  

 がたりと石畳が動き、一枚の正方形の石畳は横へと移動して、石畳の床の上へとゆっくり置かれた。細身の人間が通れるほどの石畳一枚分の穴がそこに開く。


 その穴からレイクが顔を出し、周りに誰もいないことを確認してから身体を思い切り、地上へと出す。


「よっと……」


「あー……。埃っぽかったー」


 レイクとユアンに続き、アルティウスとアイリスが穴の中から出てくる。皆、一斉に着ていた使用人用の服を脱いで、自分の身体に付いた埃を叩き落した。


 今まで、王宮に隠されていた秘密の地下道を通ってきたのだ。


 王宮の庭には作業用具を保管してある小屋があるのだが、そこには床が外れる場所があり、土の中に不自然に置いてある石畳を剥ぎ取るように捲ると地下へと続く梯子がかけられていた。


 もちろん地下道は真っ暗で道が見えないため、小屋の中に保管されてあった蝋燭とマッチを少しだけ借りることにしたが、地下通路は暗いだけではなくかなり狭かった。


 水が通っている場所ではないため、変な匂いはそこまでしないがやはり蜘蛛の巣はたくさん張ってあるし、ちらりと鼠も見かけた。出来るなら二度と通りたくはない道だ。


 そんな地下道を抜けて、久しぶりに外の空気を吸おうとしたが、辿り着いた先も埃っぽい場所だったのである。


「ここは……」


 アルティウスは周りを見渡すが、どこにいるのか分からないのだろう。首を小さく傾げたままだ。


 今、四人がいる場所は薄暗い場所だった。窓は壁に一つだけあるが、それでも半分は壁に埋まっているらしく、外からの光が薄っすらと入ってきているだけだ。

 部屋の中には木箱や古びた棚が置かれており、生活用品などは見られなかった。


「ここはロディアート時計台の地下よ。元々は王宮から出る際の、非常用でもあり秘密の抜け道として随分昔に作られたらしいわ。まぁ、現代で知っている人はほとんどいないけれどね」


 ユアンが簡単に説明しつつも、まだ服についている埃を払っていた。


「以前、王宮に潜った時はここから脱出したんだけど、見つかっていなかったみたいだな」


「前にも使ったんですか、ここ……」


「だって便利だし。ほら……皆、時計台の方ばかりに目がいくから、地下に興味ある奴なんていないんだよ」


 確かにそれはそうかもしれないが、物置部屋のようなこの場所にも、人の出入りがないわけではないはずだ。


「……ここが、ロディアート時計台なんですね……」


 少し感慨深げにアルティウスが呟く。


「元々は時計台を管理する人の宿直室だったの。管理人専用の寮が新しく建ってから、ここは使われなくなってね。今は時計台に使われる部品などを置いておくための部屋ってところかしら」


 確かによく見渡してみると整頓されているのか、木箱がずらりと並んでおり、それぞれに時計台に使われている部品の名前らしきものが書かれていた。


「さて、これからどこに向かいましょうか、王子様?」


「では、まず『朝市』に行きたいですね」


「朝市ぃ? また何でそんなところ……」


 この街では朝市が週末に毎週行われており、そこでは食料だけではなく、衣類や雑貨などの生活用品も売られていた。


 普通の店で買うよりも安いものが流れたりしているので、アイリスもたまに身の回りの物がなくなった時には買いに行っていた。


「物品の売買されているところを見てみたいんです。……やはり一度は自分の目で確かめないと」


 ぼそりと最後の方に呟いた言葉にどのような意味が込められているのかアイリスはあえて聞かなかった。


 王宮から一度も出たことがない王子様だ。理論的に物を売り買いすることは分かっていても、実際に自分でそれを体験したことがあるわけではない。


「まぁ、いいけどよ。何にせよ、朝市は人が多いからな。迷子になっても探せるように王子様に魔法をかけさせてくれ」


「あ、そうでしたね」


「えっと、それなら追跡魔法と防御魔法の二つでいいかしら」


 ユアンはまとめた髪に挿していた杖を抜いてから右手に構える。瞬間、ふわりと宙に浮いたような感覚がその場に満ちていった。とても暖かく、陽だまりの中にいるような気分になる。

 

 アイリスに魔力を感じ取る力はないが、ユアンが持つ魔力がアイリスにも感じられる程に具現化されているようだ。分かりやすく言えば、魔法を使う間際に周囲の空気が変わったような感覚で満たされていると表現出来るだろう。


「……こいつの事はいけ好かないが、この魔力の使い手だってことは認めている。って、これはユアンに秘密だけどな」


 レイクが小声でそう話しつつ、どこか自慢げに笑った。彼も自分の相棒としてユアンのことをしっかりと見ているのだろう。

 アイリスは小さく笑って、同調するように頷いた。


「緊張しなくていいからね。──纏う風は盾となり、身に及ぶ悪を斬る。薫る風は道となり、身を示す光となる」


 ユアンは杖で空中に何かを描き、そして杖の先をアルティウスへと向けた。杖の先から淡い光が細く伸ばされ、その光はゆっくりとアルティウスを包み込む。

 ふわり、と風が吹いたと同時にユアンの魔力によって変わっていた周囲の空気は先程と同じように、元へと戻った。


「気分はどうかしら、王子様? あまり魔法をかけられたことが、ないかもしれないけれど……」


 アルティウスは先程、その身を包み込んだ光がどこにいったのか、視線をきょろきょろと動かしては身体を観察するように見ていた。


「いえ、特に気分が悪い感じはしません。でも、魔法にかけられるって貴重な体験ですね」


 何故か嬉しそうに答えるアルティウスにレイクが呆れたように笑った。


「まぁ、世の中には呪うために魔法を使う奴もいるからな。出来るなら、あまり体験しない方がいいのかもしれないな」


「よし、これで一応、準備万端ね。使用人の服はここに隠しておきましょう。見つからないように魔法もかけておくわ」


「そうだな」


 脱ぎ散らかされた服を集めて、空の木箱に入れて魔法をかけているユアン達をアイリスはどこか呆けた表情で見つめていた。


「どうかしましたか、アイリスさん」


 自分の前にすっとアルティウスが現れ、彼は首を小さく傾げる。目の前にいるその姿に対して、アイリスは思わずとある名前を呼びそうになった。


「ク……」


 だが、アルティウスはクロイドではない。似ているだけで、名前を呼べば失礼に値する。アイリスは咄嗟に首を横へと振って、脳内に浮かんだ姿を滲ませていく。


「いえ、何でもないです。……ただ、魔法が使えたら便利だろうな、何て思っただけですから」


「え……?」


 アイリスの答えに対して、何かを聞き返そうとアルティウスは口を開きかけていた。


「じゃあ、外に出て、朝市に行くぞー」


 すでに外に出るための扉に手をかけていたレイクがこちらを確認するように振り返った。


「あ、行きます」


 振り切るようにアイリスは足を進める。


 ……我ながら、失礼な奴だわ。


 クロイドはここにいないのに、目の前にいたアルティウスにどこかクロイドを求めてしまった自分を憎らしく思う。


「行きましょう、王子」


 扉の前に立って、アイリスは無理矢理に笑顔を作って手招きした。


「え? あ、うん。宜しくお願いします」


 特に不審がるような表情ではなかったが、やはり違和感を覚えただろうか。扉を閉めて先輩二人の後ろを歩きつつ、数歩前を歩いているアルティウスの方にちらりと目を向ける。


 今は目の前にいる王子を守ることに集中しなければならないと分かっているのに、それでも心のどこかでクロイドの面影を探してしまっていた。

 

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