留める
「それじゃあ早速だけれど、王宮から脱出しましょうか、王子様」
冗談っぽくユアンが提案するとアルティウスは小さく笑って頷いた。
「護衛、宜しくお願いしますね」
「王宮を出てからあなたに防御魔法をかけさせて頂きますので」
まだ、王宮を出るまでは使用人の服装のままが良いだろうということで、アイリス達は普段着の上に重ねるように使用人の服を着ていた。
「……クロイド、無理なお願いをして、すまないね。僕は体調が悪いことにして部屋にこもっていることにしているから。はい、これは僕の部屋の鍵だ。今は誰も入らないように閉めてあるから。日中も食事以外はそうしておくと良いよ。使用人達にも静かに寝たいから食事以外は起こすなって言ってあるから」
「……分かった。出来るだけ喋らないようにする。あと、知り合いが居ても顔を合わせないように努める」
「うん。……宜しくね」
クロイドの表情に色はなかったが、小さな汗がひたり、と首元に流れているのをアイリスは見逃さなかった。
必要な持ち物を全て手にして、秘密部屋の扉を閉めて、それを隠すように元々置かれていた棚を置いた。これで、本当にその部屋があったのかさえ疑ってしまうほど完璧な隠蔽だ。
先に物置部屋を出ていくユアン達に続いてクロイドも出ようとしていた時、アイリスは思わず、だらりとした彼の腕を握ってしまっていた。
「……アイリス?」
「あっ……。ごめんなさい。違うの……」
何となく握ってしまった。だが、何と言えばいいのか分からず、口籠ってしまう。
「あの、クロイド……」
「何だ」
クロイドのはずだがその見た目はアルティウスであるため、なんだか変な感じだ。
「おーい、どうしたんだ?」
外からレイクが小声で部屋に残っている二人を呼ぶ。
「あ、すみません。すぐに出ます。……アイリス?」
何か伝えなければ。だが、何を。
その時、目に映ったのはクロイドの首に下げられた自分と同じ瞳の色の石。
「……あっ!」
小さく声を上げて、アイリスは手を伸ばす。
「ちょっとだけ、貸してね」
アイリスは首に下げられている石を両手で持つようにしながら、祈るように手を組んだ。
「……」
──どうか、お願いします。私の代わりに彼を──。
目を閉じて、心の中で呟く。
そして、すぐに手を離して、何事も無いように笑った。目の前のクロイドは少し驚きつつも、何かを感じ取ってくれたのか、短く頷く。
「……じゃあ、また後で。あなたも気を付けてね」
「……アイリスも。あと、アルのことを頼む」
「ええ」
お互いに無理に笑顔を作っていることは分かっている。だが、わがままなどは言えない。
共に部屋の外に出て、扉を閉める。それからは赤の他人のように、顔を逸らした。そして、クロイドは自分達とは違う方向へと歩き始める。
かつりと慣れない靴を履いている音が静かに、廊下へ響く。音を聞きつつも後ろを振り返ることはしなかった。




