準備
明朝、王宮で働く人々が起床する少し前に、アルティウスはアイリス達がこっそりと借りている物置部屋へと訪ねて来た。
アイリスは廊下に誰もいないことを確認して、素早く王子を部屋の中へと引き入れる。
「おはようございます」
朝早い時間だというのに、アルティウスの表情は爽やかそのものだ。彼の片手には質の良さそうな服が抱きかかえられている。恐らく、クロイドが使う着替えの服だろう。
「おはようございます、王子。こちらへ……」
一番に起きて、王子の来訪を待っていたアイリスが対応をしている間に、他の三人には身支度を整えて貰っていた。
もちろん、ユアンとレイクはどうして一緒の部屋で着替えなきゃいけないんだと、言い合っていたが。
「へぇ……。物置部屋の奥に秘密の小部屋があったんですね。……よくロディとかくれんぼしていたけれど、この場所は知らなかったなぁ」
興味津々で部屋へと入って来るアルティウスの顔は薄暗くても、よく見えた。やはり、双子であるため、顔はクロイドにそっくりだ。
「……あの、昨日お話した王子を護衛する人達には、あなたとクロイドが双子ということは秘密でお願いします」
「ああ、分かったよ。ロディにはロディの都合があるからね。僕とはただの知り合いということにしておくよ。……おっと、ロディと呼んだらいけないな。気を付けないと」
「では、紹介いたしますので……」
政務官達と話していた時と今の雰囲気が違うため、本当に同じ人物なのかと疑ってしまいそうだ。それでも、年頃の少年のように明るく笑うアルティウスには想像以上の好感が持てた。
アイリスは物置部屋の奥に隠されていた扉を三回、叩くと中からユアンの返事が返ってきた。どうやら、着替えは済んだらしい。
「王子をお連れしました」
アルティウスを連れて、部屋に入った途端にユアンとレイクが驚きつつも、面白そうなものを見るような顔で近づいてきた。
「うわっ、本当にクロイドと同じ顔だ」
「まぁ、そっくりねぇ。そういうことってあるのねぇ~」
これまた、興味津々に先輩二人が王子の顔を遠慮なくじろじろと眺め始める。
「初めまして、教団の方々。アルティウスと言います。今日は僕の我儘に付き合ってくれてありがとうございます。少しの時間ですがどうぞ宜しくお願いしますね」
深々と丁寧に頭を下げるアルティウスに、先輩二人もはっとした表情ですぐに背筋を伸ばす。
「あっ、すみません! 失礼致しました!」
自分達が無遠慮だったことに気付き、しまった、という顔をする。どうやら二人は礼儀よりも自身の感情の方が先に出てしまうらしい。
「いえ、構いませんよ。むしろ、気楽にして下さい。その方が周りから王子だって気付かれないですからね」
「はぁ……」
何だか拍子抜けしたのかユアンとレイクは曖昧な表情のままお互いに顔を見合わせる。二人の事なので、無遠慮に対して何か言われると身構えていたのかもしれない。
「……アル、こちらの二人は俺達が世話になっているユアン先輩とレイク先輩だ」
壁に背中を付けて様子を窺っていたクロイドが、こちらへとやってきて、手で二人を示す。
「えっと、今日は僭越ながら、護衛役を務めさせて頂きます」
ユアンが深々と頭を下げて、それに連なる様にレイクも頭を下げる。
「はい、伺っております。少しの間ですが、お世話になります」
「……それではユアン先輩、準備の方をお願い致します」
「あ、そうだったわね。任せて!」
ユアンが腕まくりをして、傍らに置いていた鞄を身近に寄せる。
「それじゃあ、二人とも、並んで座ってねー」
近くにあった木箱の上にクロイドとアルティウスを並べて座らせる。今から、ユアンによる「準備」が始まるらしい。
「ふっふっふ……。久しぶりだから腕がなるわねー!」
何をしようとしているのか、ユアンが不気味な笑みを浮かべている。彼女の傍らにある鞄には一体何が入っているというのか。
「さすがにこのままで街中を歩くわけにはいかないですからね。ちょーっとだけ、目を瞑っていてくれるかしら、お二人さん」
「……宜しくお願いします」
ユアンはクロイド達に何をする気なのか、ものすごく気になってしまう。観察するようにじっとクロイドを見つめていると、彼は気まずそうに顔を背けた。
「俺達は邪魔になるから、外で待機しておくか」
あくびを噛み殺しながらレイクは背伸びする。やはり、この時間帯は普段なら寝ているため、眠いのだろう。
「あ、はい。そうですね」
確かにここに残っていてもユアンの邪魔になるし、クロイド達も緊張してしまうかもしれない。
それに着替えをすることもあるのだから、自分は見えない場所で待っていた方がいいだろうと、レイクに促されたアイリスは隣の物置部屋で待機しておくことにした。




