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星かぶり姫  作者: 春雨
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おはなを待つうちに。

五話を投稿しました。


手癖で一話完結的に書いていると、続き物感を出すのが苦手になります。



 今度こそしっかり自分のお部屋に入って、私はふわふわのベッドに思い切り飛び込みました。ちょっぴりはしたないけど、きれいにしてくれたサラには心の中で謝らないといけなかったけど、仕方がないのです。そんな気分だったのです。


「やっちゃったぁぁーー…」


 ぴしっとしてあったシーツもしわしわにして、手足をバタバタさせてみます。それでも頭の中のぐるぐるは収まりません。


 会ったばかりだから慣れてないだけ、と自分に言い聞かせていたのに、きっちりしっかり嫌われてしまった気がするのです。これからも同じお家で暮らしていくはずなのに、これは大変なことです。私も、レイドさんも、ちっとも心が休まりません。ご飯の時間は必ず顔を合わせるのに、そのたびにじろっとにらまれていては豪華なご飯もおいしく食べられません。


 ともかく、「仲良くなる」から「もう嫌われない」に目標変更です。情けないことに、お友達とはどんどん遠くなっている気がします。


 何はともあれ、まずは。まずは絶対に同じ失敗をしないことです。

 考えてもみましょう。今度また間違ってレイドさんのお部屋の扉を開けてしまったら、きっとあのとがった目でツンツンされるだけでは済まないのです。また怒ったような泣いたような不思議な声で、いっぱい怒られてしまうでしょう。その声があんまりに冷たくて、私が凍ってしまうなんて事もあるかもしれません。


 …思っていたより、大変かもしれません。


 ここはできるだけ早くに、なんとかしなくてはいけません。私は、シーツの上をごろごろくしゃくしゃしながら、一生懸命考えました。それはもう、頭があっつくなって疲れてしまうくらいに一生懸命に、です。これだけ熱くなれば、もしかしたらレイドさんの冷たい言葉でも凍らないかもしれません。


 そうしてその熱で、頭が元気になったのでしょう。

 きちんときれいにしてあるお部屋を見回して、ピンとひらめきました。


 戸棚の上には、きれいなガラス瓶にお花がさしてあります。

 お花といえば、ここに来た日の夜に見た、お屋敷の前の原っぱを思い出します。

 つぼみがぷっくり膨らんでいたことも、思い出します。

 それから最後に、「絵本のお姫様のお部屋みたいよ」と言ったお姉様のことを思い出したのです。


 お姉様が持っていたのは、たくさんのお花でできた輪っかでした。ほんとうは頭にかぶってお姫様の冠ごっこをするはずだったけれど、その日私達は、新しい使い方を見つけたのです。とっても簡単なのに、冠ごっこよりもずっと長く続けられる遊びでした。

 お姉様と私は、できあがったお花の輪っかを頭の上ではなくお部屋の扉に飾りました。絵本の中のお姫様は、お部屋の扉にきれいな花を付けていたのです。これでお姫様の部屋、とくすくす笑いました。


 ほんのちょっぴり、寂しいのは内緒です。

 お姉様にはもう会えないのかな、なんて考えると泣きたくなってしまいます。

 でも、私が泣くと優しいお姉様たちが困ってしまいます。

 いつか幸せになったら、思いっきり幸せを楽しもうね、と約束したこともありました。


 大丈夫、私は元気です。

 これからもっと、思いっきり幸せを楽しむために、頑張るのです。


 ほっぺたをぺちんとたたいて、頭をすっきりさせました。

 今は、一緒のお家で暮らすレイドさんに嫌われないための、それからちょっぴりでも仲良くなるための、私と私と私による、作戦会議中なのです。


 お姉様たちのおかげで、いい考えは浮かびました。

 レイドさんに怒られる失敗もなくなる、ついでに扉をお姫様のお部屋みたいにできる、とってもいい考えです。お花の輪っかの作り方はまだまだしっかり覚えているし、すぐ近くに使えそうなお花があるのも分かっています。

 それに、ずっとぶら下げて飾っておいたお花はいつの間にか干からびて、きれいな色のままカラカラになるのです。枯れないお花の飾りは、自分のお部屋の目印にはぴったりでしょう。


 そうと決まれば、早速お花摘みに出掛けなくてはなりません。暗くなってからでは、ていねいに輪っかを編むのは難しいのですから。


 クローゼットの中身を引っ張り出して見つけたかわいいリボンを、ひとまずお部屋の扉に結びました。これで、帰って来た時には間違えなくてすみます。よしよし、と目印を確認して、私は階段をかけおりました。



◆◆◆



 目の前には、大きな多きな木の扉。ついさっき旦那様が何人かの人と一緒に出て行ったきり、ぴったりと閉まったままの出入り口です。そのひんやりした取っ手には、私の手がぎゅっと押し付けられています。


「あれー…?」


 開かない、のです。

 頭の高さにあったかんぬきは外しました。私の力が足りないのでもありません、多分。それでもお屋敷の出入り口は、どうしても開かないのです。


 お花を摘みに行けないのでは、私の目印作戦は中止になってしまいます。それは困るのです。今扉に結んであるリボンは髪の毛に付けるかざり用で、まさかお部屋を間違えないための目印ではないのです。いつか私だって、あのかわいいリボンで髪を結ぶかもしれません。あのリボンとおそろいの、ひらひらレースがついた桃色のワンピースを着る時がくるかもしれないのです。

 やっぱり、ちゃんとした目印を作らなくてはいけません。


 私は、お屋敷でお仕事をしている人達に開け方を聞きに行くことにしました。

 本当はサラに聞きに行きたいけれど、この広いお屋敷の中ではすぐには見つからないでしょう。その前に日が暮れてしまったらどうしようもありません。だったら、近くで見つけたお手伝いさんにぱっと聞いてしまった方がよいのです。


 そんなわけで、私は広間のお掃除をしていた男の人を捕まえました。


「え。扉、ですか?」


 長いモップをひょいひょい動かしていた男の人は、扉が開かないことを伝えると、目を真ん丸にしました。何か、変なことを言ったのでしょうか。扉が開かなくて困るというのは、普通のことだと思うのです。


「うん、向こうにある、お外に出る扉。お花を摘みに行くからね、開けたいんだけど開かないの。だからお屋敷の人なら、開け方を教えてくれるかと思って」

「申し訳ありません、ネリア様。外へと繋がる扉はすべて、開けてはいけないことになっております」

「え?」

「正確には、私達にも開ける権限が無いのでございます。旦那様の外出とお帰り以外で扉が開かれるのは、旦那様の許可があるお客様がいらっしゃる時と、旦那様御本人が開けろと命じられた時のみでございます」

「ぅえ、えと、よくわからないけど、お兄さんにも開けられないの?」

「はい」

「サラも?」

「はい」

「レイドさんも?」

「はい。…何か御入り用の物があるのでしたら、私達に言っていただければご用意致しますが…」

「え、えと…」


 今度は、私が目を真ん丸にする番でした。この男の人にも、サラにも、レイドさんにも、お外へ出る扉を開けることができないというのです。

 それでは困ってしまうのではないでしょうか。確かにお屋敷は広くていっぱいお部屋があって、きっと私が見たことのないものまで、いろんな物が用意されているのでしょう。

 でも、ちょっとお外のお花がほしくなった時や、お友達に会いに行く時や、新しいお菓子を買いたい時は、どうするのでしょうか。旦那様は、いつでもいるわけではありません。


 もう一度うーんと考えて、いちおうお願いをしてみることにしました。


「お外に咲いているお花がほしいんだけど…、お部屋にあるみたいのじゃなく、小さいのがいっぱい…」


 男の人は、やっぱり不思議そうなお顔をしました。恥ずかしいけど言ったのに! 変な子、と思われてしまったかもしれません。とっても不本意です。

 それでも男の人は、ぴしっとお辞儀をして、不思議そうなお顔をそっと引っ込めてくれました。そうして、


「メイドたちに、自由に使える花が無いか聞いてみましょう。彼女たちの方がそういうことに詳しいでしょうから。おかけになってお待ちください」


 申し訳なさそうに笑ってから、どこかへ人探しに行ってくれたようでした。

 お掃除の邪魔をしてしまって、なんだか私も申し訳ない気分です。


 私は、広間の椅子にすわって足をぶらぶらさせながら、ぼんやり考えました。


 お外に出てはいけないお家なんて、初めてです。それとも、えらい人のお屋敷というのはみんなそうなのでしょうか。でもそれでは、お姉様たちのお店に来ていたきれいな服の男の人達はどうなのでしょう。こっそりお家を抜け出して来たと言う人もたくさんいました。お屋敷というのは、こっそり抜け出せるもののはずなのです。

 どうやら、旦那様のお屋敷が特別みたいです。


 私が新入りの子供だから、なんてわけでもなさそうです。だってさっきの男の人や、サラや、レイドさんも、勝手に出てはいけないというのですから。お外の扉を開けられるのは、旦那様だけなのです。


 旦那様は、やっぱりちょっと不思議な人なのかもしれません。


「ネリア様」


 今日の夜には帰ってくるかしら、なんて考えていたら、見覚えのある緑色がぱっと現れました。


「サラ!」


 ちょっと前にも会っていたのに、白いエプロンがなんだかなつかしく見えました。

 おだんご頭をぺこりと下げたサラは、お外のお花がほしいと言っても、変なお顔はしません。それでも、ちょっぴり困ったようなお顔をさせてしまいました。

 やっぱりサラにも、お外の扉は開けられないのです。


 それでも、サラも私と同じ女の子です。お花の輪っかの作り方も知っていたし、絵本のお姫様みたいに扉に飾りたいと言えば、手をぶんぶんふって大賛成してくれました。そうして、きっとちょうど良いお花を集めてみせると、きりっと頼もしくお約束してくれました。


 あとは私は、待っているだけになってしまいました。


 お外に出て自分でお花を集める予定が丸ごと無くなってしまったので、暇な時間がたっぷりできてしまったのです。

 お掃除の男の人は、別のお部屋に行ってしまいました。

 サラは、お仕事を増やしてしまった私のせいでもありますが、忙しそうにどこかへ行ってしまいました。


 こんな時は、おとなしくしているべきかもしれません。

 おとなしく、こっそり、見つからないように、です。


 私は、お屋敷の中を探検してみることにしました。ひとりの時は、ひとりでしかできないことをしておくのです。お外に出られるところを探したり、入ったことのないお部屋を端から開けていったりすれば、きっと怒られてしまいます。つまり、そういうことなのです。


 お屋敷には、大きな窓がたくさんあります。もしかしたらうっかり開いてしまうかもしれません。

 赤や青一色のお部屋も、まだ見つけていません。

 レイドさんのお部屋を開けないようにだけ気をつければ、きっと楽しみがいっぱいです。


 私は、なんだかうきうきした気分で広間を抜け出しました。


 時間は、たっぷりたっぷりあるのです。

 もしかしたら、ご飯に呼ばれるまでに、お屋敷の中を全部回ってしまえるのではないでしょうか。そうしたら私だけの地図をつくって、もう迷わないようにするのです。ひとりですいすい歩き回ったら、サラも旦那様もレイドさんも、きっとびっくりしてしまうでしょう。


 これで、今日の予定は埋まりました。


 たっぷりある時間を、がんばって使い切らなければいけないはず、でした。


 お屋敷の奥の、あんまり使われていなさそうな小さな階段。

 その下に、隠れているみたいな扉を見つけるまでは。



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