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星かぶり姫  作者: 春雨
4/6

とくべつな色。

四話を更新しました。



 食事が終わったあと、旦那様は私をどこか別のお部屋へ連れ出しました。

 私やレイドさんのお部屋がある廊下とは、少し離れた所です。歩いても歩いても知らない場所が無くならないお屋敷の中では、しばらくはこうやって誰かに手を引いてもらわなくては迷子になってしまうでしょう。

 それくらい、広いのです。


 廊下を何回か曲がってたどり着いた扉は、他のお部屋よりも一回りか二回り大きなものでした。よく見ると細かくて複雑な模様も付いていて、何か大事な部屋だというのがよく分かりました。

 旦那様は金色のノブをきゅっと押して、私の手を引いたままその中へと踏み込みます。


「わ、あ……!?」


 思わず、ため息みたいな声が出ました。


 飴色の扉の向こう側は、目がおかしくなるくらいに、真っ白だったのです。

 入って来たばかりの扉の裏側も、二人分の足が乗っかっている床も、周りの壁も戸棚も天井も、余すところ無く白一色です。その上私のお部屋が二つも三つも入るくらいに広いので、どこまで行ったら壁なのか、だんだん分からなくなってきてしまいました。


 目をチカチカさせる私とは反対に、慣れた様子の旦那様は私の手を引いてお部屋の中を進んで行きます。そうしてやっぱり真っ白な机にたどり着くと、丸い椅子を二つ引き出して、片一方に腰掛けました。


「君も座りなさい」


 言われて、私も白い椅子に座りました。旦那様のすぐ横です。真っ白な部屋の中では茶色のきっちりしたお洋服がひどく目立って、旦那様だけが浮かんでいるようにも見えました。


「えと、このお部屋はどうして真っ白、なんですか?」

「知りたいのなら、これからゆっくり話そう。とは言え私が仕事に出るまでの間ではあるが…、聞くか?」


 旦那様と向かい合わせになって、私はぶんぶん頷きました。見たことも無い不思議なお部屋のことが、気にならないはずないのです。

 なら大人しくしているように、と真面目なお顔で言った旦那様は、私の体を椅子ごと回して、ぐるっと反対向きにさせてしまいました。見えるのは、真っ白なお部屋だけです。


「後ろ向きで聞くんですか?」

「ああ。後ろを向いてくれないと、君の髪を綺麗にできないのでね」


 旦那様は、私の頭をなでてそんなことを言いました。髪の毛ならついさっき、お食事の前にサラがきれいにしてくれたばかりです。お花みたいな石鹸の香りがずっとしているのに、旦那様は気付いていないのでしょうか。不思議なことです。


 かこん、とすぐ横で音がしました。見ると旦那様が、真っ白な机の真っ白な引き出しを開けているところです。


「くし…?」

「ああ、綺麗だろう」


 引き出しの中から出てきたのは、透き通った小さな櫛でした。半月型のそれは、窓ガラスみたいな透明に見えるけれど、よーく見るともやもやと白っぽい所もあります。けれど、どちらにしろ落としたら壊れてしまいそうなことに変わりはありません。


 旦那様はそぅっと丁寧にそのくしを持つと、それで私の髪をとかし始めました。

 ガラスみたいだとは言ったけれども、頭にちくちく刺さるなんてことはありません。ちゃんと丸くなった先っぽが頭をなでるたびに、ちょっとくすぐったいくらいです。


 女の人らしく優しい手つきだったサラよりも、もっとずっと優しい手つきなのにはびっくりしました。

 ちょっぴり怖いお顔の旦那様は、実はものすごく優しいのかもしれません。


「綺麗な黒髪だ、ネリア」


 怖いお顔なんて思っている横で優しくほめられたら、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいます。私はありがとうを返しながら、こっそりごめんなさいの気持ちも込めておきました。


 旦那様は、ゆっくり櫛を動かしながらお話を続けます。


「こんなに真っ直ぐで深い黒色の髪はとても珍しい。自分のほかに見かけたことは? 無いだろう、それだけ貴重で、特別なものだ」


 旦那様の赤色の髪や、レイドさんの銀色の髪や、サラの緑色の髪を思い浮かべながら聞きました。


「君のこの髪には、力がある。神聖な。黒い髪、長い髪は精霊に愛され、その力を宿すことができる。ああ、そうさ、君の髪は素晴らしいよ、ネリア…」


 うっとりしたように話す旦那様は、私の髪をとかしながら、大きな手でさらさらと撫でてくれます。


「神聖な力を宿す髪だ、くれぐれも大事にしなさい。私に黙って、ほんの少しでも切ってはいけない。ああそれから、時々こうして私に梳かせておくれ。これは特別な櫛なんだ。水晶でできている。透き通った宝石の一種だ。あれには浄化の力があるのさ。魔を祓い、清い幸を運んでくれる。これはその水晶で作った櫛だ。ネリア、君の髪を美しく保つためにある物だ」


 だんだん早口になっていく旦那様は、特別な力、と何度も言いました。それを手に入れるため、とも言いました。

 私の髪の毛がほめられるのは嬉しいですが、ほんのちょっとだけ、怖くもあります。


 それから旦那様は、ようやくお部屋が真っ白な理由を教えてくれました。


「君の黒い髪が特別だというのは話したな。それと同じように、他の色の中にも特別な意味を持つものがある。差し当たり、白というのは魔除けに純潔に守護、それから完全や信仰の意味もある。だからこの部屋は白いのさ。水晶の櫛も、他にもたくさんの道具をしまってある。それをいつまでも清浄に、完全なものに保つための部屋だから、白が相応しい」


 なるほど、なるほど。

 …教えてはくれましたが、旦那様のお話はどこかふわふわしているみたいで、とても難しいのです。白色はすごく綺麗だから、大事なものをしまっておくために使う、ということはなんとなく分かりましたが。


 けれどもその後に教えてくれた、他にもいろんな色のお部屋がある話はすごく気になりました。ここの白色みたいに詳しく教えてもらった訳ではないけれど、赤や、青や、黄色だけのお部屋があるならぜひ見てみたいではないですか。


 そうして私が好奇心と退屈に負けそうになったころ、旦那様はお仕事の時間だと言ってようやく髪をとかす手を止めました。なんだかとっても残念そうです。

 水晶のくしは元の引き出しにしまわれて、私はお部屋の外に連れ出されました。


「あ、サラ!」


 いつの間に呼ばれたのでしょうか、白いお部屋の外ではサラが待っていました。思わず走っていって抱き着くと、にこにこ笑って頭を撫でてくれます。


「しばらく出る。家のことはいつも通りに。ネリアはレイドと同じように扱いなさい」

「かしこまりました」


 さっきとはうって変わってぴしっとした口調の旦那様に、サラがそれよりもっとぴしっとしたお返事を返しました。ぱきっと曲げられた腰がきれいです。それを見ているのかいないのか、見ていないならちょっと失礼な気もしますが、旦那様はすたすたと廊下の先へ歩いていってしまいました。

 サラも、その後ろに続きます。

 まだ、広いお屋敷で迷子にならない自信のない私も、後ろについて行きます。


 旦那様はそのまま真っ直ぐお屋敷の出入り口に向かっているみたいでした。もちろん私の道案内をしてくれた訳ではありませんが、ここまで来れば私だってなんとなくは覚えています。

 長ーく伸びた赤いじゅうたんをたどれば、出入り口か広間に。左右にある階段を上った先には、私やレイドさんのお部屋。ほら、ちゃんと覚えています。


 カラフルなお部屋を探しに行きたい私は、旦那様を見送るサラにこそっと耳打ちしました。


「ねえサラ、お屋敷の中には変なお部屋があるの?」


 低くかがんでくれていたサラは、すごく変なお顔をしました。


「変……えっと、変なお部屋…ですか…えーっと…」


 そうして変なお顔のまま、なんだか困ったようにうんうんうなっています。

 ――これはもしかして、聞いてはいけないお話だったのでしょうか。本当は、旦那様がこっそり教えてくれた、秘密のお部屋なのかもしれません。


 それならば、サラに教えてもらうわけにはいきません。

 私は、やっぱりなんでもないとごまかすことにしました。


「そ、そうですか…。申し訳ありません」

「ううん、いいの。困らせちゃってごめんなさい」

「いえ、そんなことは」

「ほんと? …そっか、じゃあね、私ちょっと自分のお部屋に戻ってもいい? えーと、そう、お昼寝したいの」

「かしこまりました。お送りしますね」

「あ、いいのいいの! もう一人でも大丈夫だよ」

「そうですか…?」


 しばらく心配そうにしていたサラも、私が大きくうなずいて胸を張ると納得してくれたようでした。階段は気を付けて上ってくださいね、なんて注意したあと、他のお仕事をしにどこかへ行ってしまいます。


 これで私は、ゆっくり秘密のお部屋を探しに行けます。

 まずは一回自分のお部屋に帰ってから、紙とペンを持ってきましょう。地図をつくっておいた方が便利です。


 私は、ふんふんと歌を歌いながら階段を上りました。サラに言われた通り、落ちないようにちゃんと気を付けます。


 ――そう、階段は、ちゃんと気を付けたのです。

 うっかりなことに、別のところで失敗してしまったと気付いたのは、お部屋の扉を開けた後でした。


「誰、………」


 本当にうっかりです。お部屋の場所はちゃんと覚えていました。二階の廊下の、端っこから4番目の扉です。


 右側から数えるのを、間違って左側から数えてしまっただけなのです。


「あの、えと、ごめんなさい!! 自分のお部屋と間違って、それで」

「……ふざけるな、」


 扉をちょこっとだけ開けて固まってしまった私の前に、すごくすごく怖いお顔をしたレイドさんが、つかつか歩いてきました。どう見ても怒っています。

 走って逃げればよかった、と思ってももう遅いのです。ごめんなさいをしてすぐに出て行こうと思っていた私の足は、石みたいに固まってしまいました。


 ぐさっと刺さるみたいにとがった目をしたレイドさんは、不機嫌そうに口を開きました。


「…黒い髪だからって、調子に乗るなよ」

「…え?」



「お前なんか、大したこと無いんだ。たまたま褒められたからって調子に乗るんじゃない!! 俺が、俺だけなんだ、旦那様が大事なのは、俺の目なんだ!!」



 情けないことに、私はぽかんと口を開けていることしかできませんでした。

 ちょっと睨んでくるのはいただけないけど、おとなしくて綺麗な男の子。なんて思っていたレイドさんが、白いほっぺをほんのり赤くして、吠えるみたいな声で叫んだのです。

 これはいくら私でも、びっくりして当然でしょう。


 はーはーと肩で息をついたレイドさんは、もう一回低い声で「お前なんかが」と呟いて、すごい勢いで扉を閉めてしまいました。

 痛いくらいにとげとげしていた声が、まだ、耳に残っています。

 分厚い扉の向こうからは、まだ小さく低い声が漏れていました。何を言っているのかは分からないけれど、怒っているみたいな泣いているみたいな調子です。


 なんで、どうして急に怒り出したのでしょう。そりゃあ昨日や今朝だって私は何度も睨まれていたけれど、向こうが歓迎しない代わりに、私だって何もしていないのです。

 こういうのを、りふじん、というのです。


 それにどうして、あんなに不思議な、――泣きそうな顔を、していたのでしょうか。

 私の見間違いかも知れません。すごく怒っていたから、泣きそうなはずはないのです。


 でも、それでもやっぱり、全部を溶かし込んだような黒色の瞳が、怒っているのとは別に、揺れていた気がするのです。苦しそうな顔にも見えたのです。

 苦しくて苦しくて、泣きたくないから怒鳴っているような、そんな顔に見えたのは、気のせいなのでしょうか。


 そんなふうな顔をするのは、きっとすごく辛い時でしょう。


 ちゃんとお話したことはまだないけれど、この扉の向こうで低く呟いているレイドさんが、苦しいんじゃないといいな、と思いました。ついでに、私のことをじろっと睨むのもやめてくれるといいな、と思いました。

 お食事の時のまねをして、パチンと手を合わせて目を閉じます。


「ごめんね、」


 お祈りは、神様よりもレイドさんに届いてくれるとうれしいです。




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