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星かぶり姫  作者: 春雨
2/6

あたまの上のねこ。



「今日から、ここを家と思いなさい」


 がたごとと馬車に揺られてうとうとしていた私は、突然揺り起こされてちょっとびっくりしていました。

 そうして、一緒に揺られてきた赤い髪の男の人が指さす先に、大きな大きなお屋敷があって、もう一度びっくりしてしまいました。


 お家がたくさんある辺りから、ちょっと遠くに来たのかもしれません。お屋敷の回りにあるのは、広いお庭と綺麗な森だけのようでした。よく見れば、暗い中でも、たくさんの花のつぼみが膨らんでいるのも見えました。 

 その緑の真ん中に立つお屋敷はやっぱり大きくて、茶色いレンガの壁を見上げたら、首が痛くなってしまうところでした。


 今度こそぽかんとしていた私は、なんにも言えないまま、男の人に手を引かれてお屋敷に向かいました。


 大きな門がぎいっと重そうな音をたてて開くと、そこは目が痛くなるくらいに明るいお部屋でした。つやつやした石の床は真っ白で、赤いじゅうたんが奥の方まで広く伸びています。広々したお部屋の左右には階段があって、緩くカーブしながら二階の廊下につながっているのです。

 お伽話のお城みたい、なんて思ってしまいます。だってこんなに広くてぴかぴかなのです。


 男の人は、いつまでもキョロキョロと落ち着きのない私なんか気にする事なく、今閉めたばかりの扉を指でノックして、高く音を響かせました。

 そうして、


「レイド、降りてきなさい。新しい友達が増える事になった」


 と、階段の上に向かって呼びかけるのです。


 この人は、友達、と言いました。私が、レイド、という人のお友達になるらしいのです。つまり、レイド、という人は、私のお友達になるのです。

 わくわくしてきました。


 男の人が呼びかけるとすぐに、階段の上で扉の音がしました。ぱたぱたと小さな足音も聞こえます。私は意味もなく、髪の毛やスカートを叩いてそわそわしました。


「旦那様、お帰りなさい」


 するりと階段の奥から現れたのは、とても、とても綺麗な男の子でした。


 歩くたびに、さらさらした銀色の髪が揺れています。女の子の私に負けないくらい白い肌は、明るいお部屋の中で、光っているみたいでした。なんだか高そうな服に包まれた手足は細くて、動くたびにすっと風を切っています。なにより、私の髪の毛と同じ ――夜空よりももっとずっと深い、吸い込まれるような黒色の瞳をしていました。

 そんなお人形みたいな男の子が、しっとり笑って近づいて来るのです。どうしたってドキドキして、私もにこにこ笑ってしまいます。


「ああ」

「今日は随分と遅かったのですね、…お仕事ですか?」

「まあ、そんなところだ。それより、新しい同居人に挨拶をしよう。広間へ行っていなさい」

「……はい、旦那様」


 あれ、と思いました。レイドと呼ばれた綺麗な男の子は、赤い髪の男の人 ――旦那様、の方ばかり見て、私のことなんかちっとも見てくれません。お友達になってくれるのでは、ないのでしょうか。

 男の人がにこりともせずに大きな扉を指さすので、レイドさんはちょっぴり不機嫌そうな、面白くなさそうな顔をしました。そうしてそちらに向かう時、一瞬だけ私のことを見た気がしました。


 綺麗な瞳をこれでもかと歪めて、触れば切れてしまいそうな眼差し。


 それが、ほんの一瞬だけ、見えたのです。

 器用な人だな、と思いました。



◆◆◆



 広間というのは広いお部屋のことを言うのだと、私は生まれて初めて実感しました。

 男の人は私のお洋服を整えて、どこから取り出したのか小さな櫛で優しく私の髪の毛を梳かして、それから手を引いて広間に連れて行ってくれました。

 さっきレイドさんが入って行った大きな扉を、恐る恐る通り抜けます。


 扉の先はこれまた気が遠くなるくらい広々していて、私はまた、ぽかんとお口を開けてしまいました。

 ここもやっぱり、床から壁まで真っ白です。今度は茶色のじゅうたんが敷いてあって、踏んだら足が半分くらい沈みました。なんだかとても踏みづらいです。

 目の前には大人が何人も寝転がれそうなくらい大きなテーブルがあって、たくさんある椅子の一つに、レイドさんがきちんと腰掛けていました。


 私も、男の人に促されて椅子に腰掛けました。

 ちょっとはしたないかな、と思ったけれど、飛び乗るようにして座りました。椅子は背が高くて、じゅうたんよりももっとふかふかしているのです。


 広いテーブルを挟んだ正面には、相変わらず冷たいお顔の、レイドさんがいます。

 私達を真横から見るように、男の人は椅子が一つしかない席につきました。えらい人が座るところです。


「まずは自己紹介を。私はガジュラス=グリナベルク。こちらは、」

「…レイド=ハーヴィネスです。よろしくね」

「ね、ネリア=コタールです」


 レイドさんは、男の人 ――ガジュラスさんの、子供ではないみたいです。お名前が違いますから。

 お父さんが知らない子を連れて来て、やきもちを妬いてしまったのかしら、と思っていたのに、あてが外れてしまいました。

 それよりも、さっきの冷たい視線はどこにやってしまったのでしょう。ガジュラスさんに続けて名前を教えてくれた彼は、にっこりと音がしそうなくらいの笑顔を浮かべていました。


 …あ、よく見ればお口の端がぴくぴくと震えています。ガジュラスさんからは、見えない方ですが。

 やっぱり、あまり歓迎されていないような気がします。困ったものです。


「よろしい。ネリアにレイド。今日から君達は一緒にここで暮らしていく。ネリア、急に連れて来られてびっくりしているだろう。無理もない。私が勝手に君を引き取ってしまったのだから。レイド、お前は急に仲間が増えて戸惑っているだろう。だが、それは二人とも同じだ。ネリアはまだ六歳だ。年上のお前がちゃんと物を教えてやらねばならん。二人で、仲良くするように」


 ほんのちょっぴり笑って見せたようなガジュラスさんの言葉に、私達はちょこっと目を見合わせて、それから黙って頷きました。

 私にだけ見えるようにじろっと睨んでくるレイドさんとは違って、私には怒る理由も、嫌がる理由もないのですから。


 怒りはしませんが、不思議なことは山ほどあります。


「…えと、あのぅ、ガジュラスさんは」

旦那様(・・・)


 何から聞けばいいかな、と考えながら尋ねた私の言葉は、怒ったようなレイドさんの鋭い声に止められてしまいました。どうやら、気安くガジュラスさんなんて呼ぶのは良くないみたいです。


「レイド、初対面の相手を怖がらせてはいけない。しっかりと言葉で言わなければ伝わるものも伝わらないだろう。そもそも、呼び方くらいで怒るものではない」


 でも当のガジュラスさん ――旦那様、はあまり気にしていない様子で、むくれるレイドさんを軽く窘めていました。


「ネリア、レイドがすまない。まあそんなに気にすることはない。私は伯爵という肩書きのお陰で丁寧に呼ばれることが多いが、同居人のお前たちまで私に敬意を払えとは言わない。先程のように呼ぶもレイドに従うも任せよう」

「じゃ、じゃあ旦那様、と呼びます」

「そうか、ならそうしなさい」


 はくしゃく、というのはとても偉い人の呼び方なのだと聞いたことがありました。それなら、こんなに立派なお屋敷をもっているのも不思議ではないのかもしれません。扉の横や部屋のすみには、白いエプロンの女の人も立っていました。きっと、あれがお金持ちの家にいるという、めいどさん(・・・・・)なのでしょう。


 呼び方を改めたら一先ずはよしとしたのか、レイドさんはまた旦那様の方ばかり見ることに専念し始めました。ガジュラスさん、なんて呼ぶたびに睨まれていたら、きっと疲れてしまうでしょうし、これでいいのです。


 それから旦那様は、また二言三言私達にお家の決まりを言い含めると、今度は私のお部屋を見せてくれると言いました。


「レイドは、もう食事を済ませただろう。ネリアは、」

「私、食べてあります、旦那様」

「そうか。では君の部屋に案内しよう」


 そうです。考えてみれば、今は真夜中なのです。

 晩ごはんは、お姉様達の所で食べていました。きっと食べていなくても、こんなにびっくりしていたらお腹は空かなかったでしょう。


 それよりも、お部屋、と聞いた私は急に眠くなってきました。

 よくよく見ればレイドさんもおんなじらしく、ぺこりとこちらに背を向けた後、こっそり目をこすっているのが見えました。


 早足で階段を上って行くレイドさんのあとから、旦那様に手を引かれて、私も二階へ向かいます。階段は広くてやっぱりぴかぴかで、ちょっぴり怖いです。


 やがてレイドさんは、一つの扉の向こうに入って行きました。綺麗に私を視界から追い出して、「おやすみなさい、旦那様」とだけ言って。なんだか面白くありませんが、それはレイドさんも同じなのでしょう。


 そうして私が連れて行かれたのは、レイドさんのお部屋から二つ隣のお部屋でした。

 高そうな家具と、大きな窓と、それからパンみたいにふかふかなベッドがありました。

「欲しい物があれば、屋敷にいるメイドに言いなさい」なんて旦那様は言いますが、これだけ立派で綺麗なお部屋には、足りないものなんてあまり無いでしょう。


 旦那様とおやすみの挨拶をした私は、ふかふかのベッドにもぐりこんで、すぐに眠ってしまいました。

 きっと、びっくりしすぎて疲れていたに違いありません。


2016/07/18 ちょこっと修正

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