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第8話

洞窟に戻ったビーデルは、荷物をまとめた。

盗んできた宝石類は既に、袋に入れて誰かの畑のそばに埋めてある。

彼女さえこの町を出れば、特に追いかけてくる人間も、彼女を不審に思う人間もいなくなる。

また一つだけ取っておいたダイヤの指輪を、アルデハイトから盗んできた宝石と一緒に袋に入れ、大事に鞄の奥にしまった。

少しだけ大きな鞄を持ち、再びスカーフで顔を隠した。

寒くなるといけないと、帰りに町で買ったショールを身に着ける。

これで支度は整った。

集めておいた落ち葉や枯れ枝を洞窟へ放り込み、彼女がいた形跡を消す。

これで町に出て、そのまま隣の村に向かうつもりだ。

この国は貴族や王族に金や土地を奪われ、虐げられている腐った国だ。

きっと次の村も誰かそういう虐げている人間がいるはずに違いない。

またそいつも殺してしまえばいい。

ビーデルは、いつしか本来の目的を失っていた。

イルネシアを守り、大好きな人たちを傷つけ苦しめた奴らへの復讐。

それが彼女の本来の目的だった。

しかし今、もうこの世にはイルネシアはいない。

彼女を苦しめる者もまた、いないのだ。

ただ逃げ切るはずだった。

彼女もそのつもりだった。

だが、町長夫人を見て、彼女の中で何かが音を立てて崩れ始めていた。

『私より上の階級の方以外、皆私たちの為に働く駒でしかないのよ。』

町長夫人が懺悔を求めたビーデルに放った言葉が、今もまた彼女の脳内に響いていた。

『駒なのだから、人権もないし感情も要らない。

家も要らないはずだけれど、駒にもしまう場所が必要でしょう。

だから仕方なく土地をくれてやっているのよ。

駒に睡眠なんか要らないわ。

いるのは私たちに尽くす時間、違いまして?』

この国はクズが支配している。

それを私が成敗してやるのだ。

クズを消して、この国を救うのだ。

ビーデルの中で小さく芽生えた新たな芽は、彼女のやる気に火をつけた。

罪人は処刑されるべきなのだ。

貴族だからとか、王族だからと免除されてはいけない。

彼女の正義感は曲がりつつあった。

ビーデルは鞄を背負うと、目立たないように町に降りた。

ちょうど昼時で、町の食堂は何処も人で溢れている。

小柄なビーデルは、押し寄せる人の波を避けながらも、町の雰囲気を楽しんでいた。

不意に誰かにぶつかり、彼女のスカーフが脱げた。

バランスも崩して尻もちをつく。

「すみません。」

慌てて頭を下げたビーデルの前に、黒い革の手袋の手が差し出された。

「こちらこそすまなかった、少しよそ見をしていたのだ。

大丈夫か?」

不安そうな声に顔を上げると、間違えるはずもない調査兵隊の隊長が手を差し出していた。

横からキョトンとした顔を覗かせているのは副隊長だ。

見上げたまま固まった彼女に、ルアドは戸惑った。

出来るだけ笑顔で話しかけたつもりだが、怖かったのだろうか。

すると、ビーデルは何度か瞬きをすると、ルアドの手を取って立ち上がった。

「あ、ありがとうございます・・・兵士様。」

「あ、いや、その・・・俺が兵士とかは気にしなくていい。

それよりも、怪我はないか?

あ、そうだ。

もし何かあったら、調査兵隊のルアド・モガータという男を訪ねてくれ。

私の名前だから。」

女慣れしてないのか、やけに慌てた様子のルアドに、ビーデルはクスリと笑った。

その顔を見て、ルアドが少し固まる。

「怪我はありません。

調査兵隊のルアド・モガータ様ですね。

ありがとうございました。

お名前覚えておきますね。」

ビーデルはルアドに笑顔を向けると、再びスカーフを被って人の波に消えた。

ビーデルが消えた方を見たまま固まるルアドに、ジョンはにやりと笑った。

「モガータ、もしかしてあのお嬢さんに惚れちゃったのかい?

まぁ、笑顔の可愛らしい方だったからなぁ。」

「なっ、違う!」

慌てて少し赤くなった顔を左右に振ると、ルアドは大股で食堂に向かって歩き始めた。

ジョンは楽しげに笑うと、彼女の消えた方に一度目をやってからルアドを追いかけた。

一方、ビーデルの方は姿を隠した直後、走って町を出た。

汗が一筋頬を伝って流れ落ちる。

「あ・・・危なかった・・・。」

どうやらばれていないようで、男たちは追って来ない。

詰まっていた息をそっと吐きだすと、ビーデルは汗を拭って大きく伸びをした。

「ルアド・モガータ・・・まぁまぁいい男かな。」

少しだけ高鳴った胸の鼓動が、自身の罪を見抜かれるかもしれないという焦りからか、顔がよく性格も良さそうな少しタイプだった男に対する乙女のときめきからか、ビーデルには分からなかった。

それでも、あの男とこれからも勝負していくのかと思うと、少し楽しみでもあった。

ビーデルが勝つか、あの男が勝つか。

誰もまだ知らない未来はとてもワクワクするものだ。

ビーデルは小さく鼻歌を歌いながら次の村に向かった。



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