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3.あなたはどこへ(1)

  

 セントラルホテル。正式名称、第3セクターセントラルロイヤルホテル。

 ノワールでも筆頭の権力者たちが利用するこの高級ホテルでは、パスと身分証明書の無い一般人は宿泊どころかまず敷地に入ることも許されない。ホテルと名を打ってはあるが、その用途は多種多様で、各界の名士たちの集いや国家的協議の殆どはここで行われる。誰もがその場所を知っているが、殆ど誰もその場所についてよく知らない。いわば、公のグレーゾーンとも言える場所である。

 そんな閉じられた孤島に、物理的警備も魔術的包囲も完璧なまでになされたある種の要塞の中に、彼らはいた。

 柄の悪いサングラスと、滅多に着ない堅苦しいスーツを身にまとって。

「・・・助かったよ、クラリス。さすがに此処は強行突破、ってわけにはいかなかったからね」

 サングラスを浮かせて周囲を見渡すと、白い前髪が黒い着色レンズの上を流れる。思惑通り、周りにいるお偉いさん方はここにいる場違いな人間のことなど気にも留めていない。

「彼女」はくすくすと笑い、ウェーブのかかった長い蜂蜜色の髪を揺らした。

「全く、いきなり電話がかかってくるなり何かと思えば‥まさか『一緒にホテルに行ってくれ』とはね。一瞬、どうしようかと思ったわよ」

「そりゃ、悪かった」

 色々な意味で、ノワールの住人として悪目立ちしている二人だ。下手をすると、待っていましたとばかりに地元警察にしょっ引かれかねない。そんな彼らが考え出した潜入の方法こそが、これであった。

 そう、此処にいる高貴なレディのボディーガード、という。

「・・・ああ、お久しぶりです、クラリス嬢。お父様・・・テイラー議長はご壮健ですかな?」

 近づいてきた恐らくはノワールの高官であろう男に、クラリスは一度会釈して笑いかけた。

 独立自由都市ノワールの最高執政機関「民衆議会」の首長の娘。それが、バー・エルドラドでも名うての歌手である彼女のもうひとつの、否、公の顔である。

「議長や母君は今日、おいでではないのですか?」

「ええ、今日は完璧なプライベートですわ」

「それはそれは。では、お父君に今宵貴女とお会いしたことは伏せておきましょうか」

「まあ、ありがとうございます」

 次から次へと寄ってくる、政治家や富豪たち。クラリスはそれを一つ一つ慣れたように相手しながら、隙を見てレノに耳打ちした。

(一体此処に何の用があるかは知らないけれど、人が集まってきたわ、早くいって)

 ちらりと、うちで預かっている少女を一瞥する。只今現在、凛ちゃまはフードを目深に被り、長いコートのボタンを一番上まで留めているという、ある意味逆に怪しい装いで柱の側に立っていた。

 やっぱり「大和人」っていうのは目立つから、こういうときには面倒くさい。いっそ事務所に置いてこようかとも思ったけれど、それもそれで心配だったから連れてきたのだ。

 そんなレノの懸念を察したように、クラリスは続けた。

(大丈夫。リンちゃんは、私が見てるから)

(うん。悪いね、いつも)

 とにかく、とっとと用事を終わらせよう。

 クラリスに感謝しながら、レノは先に去った雅を追って密やかにその場から掻き消えた。



***



 低級の防御結界とはいえ、下手に揺らせば警備の人がやってくる。だから、身体強化魔法も転移法陣も使えない。ああ、めんどくさい。

 そんなことをぶつぶつ言いつつ、レノは非常階段を駆け上がっていた。

「ねえみーちゃん、やっぱエレベーターで上がろうよ~」

「面が割れるとまずいから、裏から行こうとかぬかしたのはお前だろ」

「オレは基本的にはデスクワーク派なんだよ。直攻系実働部隊と一緒にするな」

 あなや哀れ二十代。日々、体力の衰えを感じていく。

 だがそれにしても体がみしみし言っている。運動不足かな、やっぱ。

「・・・ったく、先行ってるぞ。ウスノロ」

「あ!ひどい!」

 ひらりと、それこそ「飛ぶ」ように上へと舞い上がる雅。

 戦闘の際、レノが人外の動きをなせるのも魔力による肉体補正があるからなのだが、彼の場合あれで普通なのだから驚きだ。いっそ、なんかのスポーツの世界大会にでも出たら優勝できるんじゃないか?

「はあ・・・あと二十階・・」

 レノはあーもう、と息を吐き、鈍く痛む膝を押してまた一歩足を進めた。


「・・・・・・やっと付いた」

 祝・五十階到達を迎えたのはそれから更に十分後のことだった。

 物陰に身を潜め、続々と集まりつつあるメンバーの様子を探っていた相棒は、憔悴しきったレノを見て呆れたような顔をした。何もそんなに馬鹿にしなくてもいいだろうに。

「・・・んで?変わったことは?」

 見てみろ、と雅が無言であごをしゃくる。

 広い会場の中に集まった無数の人影。ひっそりこっそり行われる非合法の集会だっていうのに、こんなに派手でよいのだろうか。

 そこで、レノはふと気づいた。会場のさらに奥、ステージの中央で煌々とライトアップされている、高級感あふれる青い布に包まれたナニカ。それが何なのかは考える必要もなかった。

「・・・薔薇の幻」 

 扉の向こうから香ってくる、その胸焼けしそうなほどに濃厚な芳香。恐らく、間違いは無いだろう。

 雅は開いた扉の隙間から会場内を探りつつ、言った。

「アレの出品者は胸に青いプレートをしてるって話だ。どうする?」

「そりゃまあ、正攻法でしょ・・」

 静まり返るざわめき。

 どうやら、始まるらしい。レノと雅は照明が落ち暗くなるそのときを見計らい、会場の中へと滑り込んだ。

 夜目があまりきかない中でもなんとなく解る、そこに居る各界の著名人の姿。

「(金持ち、政治家、宗教団体の代表、社長会長にスポーツ選手、芸能人・・・なんでもありだな)」

 この薄暗闇でも、相棒は迷わずに「青のプレート」を探す。さすがは不可視を視る真紅の眸。その間レノは神経を研ぎ澄まし、周囲の魔力の気配を探った。

 あれほど強力な“蟲”だ。裏で糸を引く何らかの人間が居るはずなのだ。

 ――否、それが果たして「人間」なのかはまだ解らないのだが。

 そのうち雅がレノの方にサインを送り、目的の人物が居たことを示した。


『――さて、お待たせしました!皆様、今日のお宝はもう頭の中のリストに入りましたか?今宵集まった皆様は胸に一物も百物もあるお方ばかり・・・。ですがその猛者達の中勝ち残り、是非ともお目当ての品を手に入れてください!』


 司会者に呼応して起こる歓声。ちょうど良いとその間に二人はその人物に近寄った。

 その男性が出入り口の扉に近づいたそのとき、雅は脇に居る本物のボディーガードたちをスマートに気絶させ、半ば無理やり彼を会場の外に引きずり出した。

「な、なんだね、君たち!?」

 目をくるくる回して、事態が飲み込めていないその人は二人の青年を見つめる。正攻法、即ち、八割方力尽く。

 悪いことをした自覚はあったので、レノはその初老の男性が全てを理解する前に、持参した休眠香を使って眠らせた。

「・・・すみません、ちょっと記憶、覗かせてもらいますね」

 額に指を当て、そこから思念を読み取る。魔力を用いての保護がない意識の同調はリスクを伴うが、対象が常人であれば相手に障害が起こることはないはずだ。

 なるべくプライバシーの侵害にならないように必要な引き出しだけを開け、情報を探す。

 移り変わり、めぐりめぐる景色。薔薇の幻。札束。ガラの悪いお兄さん方。そして、古びたどこかの部屋――。

「・・・・・・ッ」

「視えれ」ば「視える」ほど、じんじんと、脳内に直接響くような痛みが走る。なんていうか、臓器を直接刺激されたときみたいに気持ちが悪い。

 耐えられなくなって指を離すと、相棒は気遣わしげな色など微塵も感じさせない態度で尋ねてきた。

「・・・何が見えた?」

 何だかちょっと寂しい気分になりながら、レノは首を横に振った。

「やっぱりその出所について詳しくは解らない。・・・だが、最後に変な場所を見た」

「変な場所?」

「うん。古くて、埃っぽい場所。なんだかよく知らないけれど・・・ちょっと引っかかってさ」

 雅は不満げに眉を動かして、それだけじゃあな、と肩をすくめた。

「・・・ここまで来て結局進展なし、か」

「いつものこと、だろ?」

 レノが苦笑いすると、そのとき、胸ポケットのモバイル・セルが震えた。


「もしもし?・・・クラリス?」

 レノは少し驚いた。電話の向こうの彼女が、思いがけないほど切迫した様子だったからだ。 

『ごめんなさい、レノ。リンちゃんが』

「リンが?どうしたの?」

 その「りん」の一言に、不意に背中を冷たい汗が流れるのを感じた。

『それが、目を離したら、居なくなってしまったの。迷子かと思って探したのだけど、見つからなくて。それで私、さっき変な車を見たのよ。・・・まさか、とは思うんだけれど』

 ・・・この結界の中にまで奴等は現れないだろうと高をくくっていたが、甘かったか。

 まさか。その「まさか」が当たっている可能性も大いにあるから笑えないのだ、あの子の場合。

「わかった、すぐにいく」

 レノがそう返事をする前に、相棒はもう非常階段から外に駆け出していた。地上100メートルから半ば飛び降りるように、下へと向かう。相変わらず、人間業とは思えない身体能力。一般人だったらただの投身自殺のワンシーンになるだろうが。

「(ニンゲンワザ、ね・・)」

 もうこの際魔術の使用不可など気にしない。

 レノは吹っ切れた気分になって自分の周りを電子で覆い、電磁誘導で重力を打ち消しつつ雅の後を追った。


 

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