1.クラリス・テイラー(2)
「――それで結局、ただ働きになったのでお金は入りませんでした・・と」
物分りの良さそうな言葉を吐いたその人に「よくできました」と手を叩き、白髪碧眼の優男は頷いた。
「うん」
前髪がサラリと額を撫でる。そのあまりの爽やかさに、くたびれたコートを着た茶髪茶色目の男はこめかみに血管を浮かび上がらせた。
「うん、じゃないよ!レノ!」
「ンなこと言っても、今回はガンバったんだよ。不可抗力だよ」
「そこ!勝手に完結するな!」
件の大事件があって数日。
仕事の事後処理でいろいろと立て込んでいて、すっかりその存在を忘れていたところに彼はやってきた。運がいいのか悪いのか、相棒は今お外でこの事務所にやってきた新たなる住人とお買い物中。それで、いつもの如くレノは一人彼の怒鳴り声を延々と聞いていたわけだが・・・やっぱりヤル気が出ない。お陰でついに取り立て屋ウォードくん(注:実際の仕事はサラリーマン兼仲介屋)は怒り心頭になっちゃった。
「もうこうなったら仕方が無いっ!この前言っていた通り、君たちにはここから出て、」
そこで玄関のドアが開く音がして、(ウォードを無視して)レノはにこやかに立ち上がった。
部屋の扉がレノや相棒では考えられないほど勢い良く開き、そこから小柄な背丈の女の子が現れた。
「ただいまっ!・・・あれ、お客様?」
少し長めのおかっぱ頭に黒曜石の瞳。幼げだが整った異国情緒溢れる面持ち。真っ直ぐな黒髪を揺らし、少女は「よいしょ」と荷物をテーブルに置いた。
見慣れない東洋系の顔立ちにウォードは目を瞬き、呟いた。
「あの・・・どちらさま、でしょう」
結構、それ困る質問。
この子はこの前の一件で紆余曲折会った挙句、“アフターサービス”としてウチに住むことになったのだった。けど事情が色々と複雑で、そうそう本当のことは言えない。だから同じ大和人のゆかりでこういうことにしておいた。
「ミヤビの親戚」
少女は頷き、ウォードの前でぺこりと頭を下げた。
「お初にお目にかかります。凛といいます」
「リン・・・さん?」
「はいっ」
「・・・!!」
レノはおや?と思い彼の様子を観察してみた。
そして――全てを察したレノはそれはそれはあくどい形相を浮かべた。
「(なるほどねー)」
萎縮してもじもじとうつむいている取立て屋さん。こりゃまた面白いモノが見れたもんだ。・・・うん、これを利用しない手はない。
「あの、どうかなさいましたか?」
「い、い、いえ・・・」
口ごもる彼に背後から近付き、ふうっとその耳に息をかける。彼はびくっと体を上下させた。
(かわいいでしょ、あの子)
(ななな、何の話だよ)
(うんうん、わかるよ。今までにないタイプだもんね。でもどーしよっかなあ・・・今此処追い出されたら・・あの子も行くとこなくなっちゃうんだけどなー)
(だ、だから何だって、)
(べっつにぃ。でも、ウォード君ってば、たしか紳士なお兄さんだったよねえ・・・・?あの子を困らせるようなまね、できないよねえ・・・?)
ウォードは押し黙り、一度レノをにらみつけた。だが凛の不思議そうな(キラキラした)視線を感じ、彼は「また来るから覚えてろっ!」と耳まで赤くして事務所を走り去っていった。
凛は妙な男性の急すぎる退場に首をかしげ、レノを見上げた。
「どうしたんだろう」
少女が疑問をぶつけた先の白髪の青年は、何故かケラケラと笑いながら言った。
「いや、助かった」
「?」
「でもウォード・クラインも、なかなか難しいお人だことで・・・ねえ、ミヤビ?」
先ほどから気配を絶ってその壁によしかかっていた黒髪の青年――レノの(一応の)相棒・雅は興味もなさそうに溜息をついた。
「なんだかよくわからないけれど、大変そうね」
凛はぼふんとソファに座り、服の飾りを弄んだ。着物姿のイメージしかなかったけれど、洋服も普通に似合うじゃないか。・・・ってなんか、いつの間にかパパの心境になってる気がする。
「そうだ、今夜はお出かけするんでしょう?」
言われ、ああそうだったと思い出し、レノは彼女の頭に手を乗せた。
「うん。お酒を飲むところだけれど・・・リンはまだジュースしか駄目だよ?」
「はぁい。でも、わざわざどうしてそんなところに?」
「ちょっとね。人に会いに行くんだ」
あの人のことを思い描く。彼女のことだ。きっと喜んでくれるだろう。
そうやってどこか嬉しげに相好を崩すレノを、凛はじっと不思議そうに見つめていた。