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4.自らをウツすもの(3)

 

 枯れた花束を踏んだことに気付き、足を退ける。干からびた花はぼろぼろになり、砕けて床の埃と混ざっていった。

 地下室へと続く階段を下った先。そこは何か香水の原料のようなものを保管する場所だったようで、いくつもある棚には所狭しと匂いの素を詰めた小瓶が並んでいた。

 みーちゃんはそのうちの一つを拾い上げ、振ったり転がしたりして手の中で弄んだ。

「このぼろ家・・・香水屋だったってことか?」

「さあ・・・究極の香水を作ろうと人の道を外れたのか、それともあまりに素晴らしい香水に妖魔が引き付けられたのか――なんにせよ、もう普通じゃない」

 閉塞的な空間。満ちた陰の気と、そして今まで感じたことの無いほど濃く犇めいている「蟲」。恐らく【歪】と接しすぎたため此処はもはや常世ではなくなりはじめているのだ。

「あれっ・・・?」

 ・・・あれ?ってなに。凛が何かを感知したらしく動き出したので、その進行方向を確認すると、一番奥にある棚の向こうに何やら大きな異物があった。

 それは人間のようだった。くたびれた洋服を纏った老人らしき誰が、床に倒れていた。

「あの、大丈夫ですか・・!」

 突如として姫君が駆け出したもので、レノと雅の口から「「え」」という気の抜けた声が同時に漏れた。

「おいおい・・・」

 まったく、こういう場所に来てまで猪突猛進ぶりを発揮するか。

 すると倒れ伏していたご老体は起き上がり、いきなり、というか案の定彼女に襲い掛かった。

「きゃ――」

 吃驚きっきょうした凛の体は固まって、ぺしゃっ、とその場に尻餅をつく。

 レノはあらあら、と苦笑いしながら瞬間的に呪唱を紡いだ。だがレノが術を放つ直前、ヒトのものとは思えない長く鋭い爪が少女の頬を裂く紙一重のところで、彼女の周りを黒い焔が覆い包んだ。

「――この大馬鹿野郎が・・!」

 燃え盛る凶悪な焔に怯んだように、ソイツは飛び退く。雅は凛を担ぐと後ろに跳躍して間合いを取り、刃を構え直した。

「下がってろ」

「へ・・・?」

「下がれ」

「あ、うん」

 強い語気で命じられ、凛ははっとして物陰に・・・というかレノの後ろに隠れた。

 こらこらとよしよしを含めて凛の頭をぽんぽんしながら、そのとき、レノは奇妙な驚きを感じていた。

「(あのみーちゃんが・・・ねえ)」

 先程の様な一場面。通常営業中の彼ならば、レノに任せたまま手を出したりしなかっただろう。それなのにわざわざ自分の焔で――しかもレノよりも早く、誰かを助けるとは。

 自分でも気付かないくらい微かに笑い、白の青年は自らも一歩前に進んだ。

「起きろ、ベルフェゴール」

 握りしめた十字架を本来の姿に開放した相棒を横目に、黒の青年は吐き捨てた。

「・・・お前、何でコイツを連れてきた」

 足手まといだ、って。わざわざそんなこと口に出さなくったっていいだろうに。

 それを聞いて悔しそうに哀しそうに体を震わせている少女を慰めながら(あーあ、そうやってすぐ泣かせる)、レノはちょっとしたお節介で余計なことを言ってみた。

「だって、置いてきたらみーちゃん、心配で心配で集中できないでしょ」

 血色の眼光が、更に鋭くなる。対称的に、レノは慈しむように瞳を眇めた。睨むけれど、渋面を浮かべるけれど、それでも否定しないってことは多かれ少なかれ図星なんだろう。

 凛の驚いたような視線を受け、黒い相棒は「だから嫌いなんだ」と小さく呟いた。

「・・・もういい、早く片付けるぞ」

「(素直じゃないなあ、もう)」

 ま、素直でしおらしい雅なんてそれはそれで怖いけどさ。


 レノはわざとらしく肩をすくめ、自分もまた鎌の切っ先を敵に向けた。

「えーわざわざ狩るの?それは『依頼』の範疇外だったと思うけど」

「なんにしても、向こうはタダで返してくれる気は無いみたいだぜ?」

「・・まったく、血の気の多い人たちは嫌ですね・・・っと!」

 こら、人が会話している間はちょっかい出すなってーの。飛来してきたガラス片を避けながら、振り返りざま緊縛の術式を放つ。するとソレは人外の動きをして跳躍し、天井に張り付いた。

「わあお、大したオジーサンだ」

 て、感心している場合じゃない。

 濃さが増していく香水の匂いと、闇の広がり。これは、そろそろ真面目に対処しないと不味い。

 レノはベルフェゴールの刃で軽く指先を切ると、魔力を宿らせた血文字で物理結界(プロテクト)を構築し、それを四方の闇へとぶつけた。中和・分解されて四散する黒霧と、露出した亀裂の中から湧き出す異形の存在。一度出入り口を見つけてしまえばこちらのものだ。

「みーちゃん、オジーサンは任せた!」

 大鎌・ベルフェゴールを一閃し、一気に【歪】を叩き潰す。扉と同じで、その形を変形させてしまえばそこはもう「入り口」としての役割をなさなくなる。直ぐに戻って、右、左、そして下。

 ・・・え、下?

「うおッと!」

 不意に足元から飛び出してきた何かをすれすれで避け(前髪が切れた!)、空中で受身を取りながら改めてその影に向き直る。それは恐らくゲームでいうならステージのボスに当たるであろう、一番でかい遇蹄類型の異形だった。

「じーさんに牛か・・・よく解らない組み合わせだな」

 焔の拘束から何とか逃れると、オジーサンはそのでっかい牛の後ろに降り立つ。そのなんとも若々しいご老体を眺め、何故か感慨深く雅が言った。

 レノは無惨に千切れた前髪を涙眼で弄りながら、一応の確認というように相棒に尋ねた。

「・・それで、オジーサンはどう?」

「はっきり言って完全に末期だな。完璧に取り込まれてやがる」

「そう・・・」

 一度背後を顧みて――不安げにこちらを窺っている女の子の顔を見て――嘆息する。

 斬るしかないのか。凛に人を殺す場面は、見せたくなかったのだけれども。


「・・・時間が無い。お前がやらないなら、俺がやる」

「え、ちょ」

 言うが早いか、相棒の姿がその場から掻き消え、次の瞬間その偶蹄類型の異形がバラバラになった。

 正に一瞬の業。魔力による肉体補正で人外の五体を得ているレノをして、全くその軌跡が追えなかった。レノは苦笑を交え、ひゅっと息を吐いた。

 他の余計なものを燃やすことも無く黒焔が収まり、黒い刃の切っ先が牛の奥に潜んでオジーサンに突きつけられる。オジーサンは迷いの無い殺意に気圧されたように怯み、生得的な物なのか恐怖に戦いた。

「終わりだ・・・・・」

 振り上げられる断罪の凶器。


 そのとき、風を切るようにその剣撃の正面に飛び出してきた影があった。


 

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