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4.自らをウツすもの(1)

 

 ヤブヘビ?否、タナボタ。

 凛を連れ去った連中から偶然得た情報をもとに、レノはその根源を辿っていた。

 あれはどこぞの地方マフィアの末端、下っ端の運び屋たちだったわけだ。お貴族様たちのもとに「商品」を届けるドライバーさん、つまりはその流通の大元とも関わりがある運送業者であるということで。凛にちょっかいを出して白黒コンビに伸されたあの夜も、丁度その「運び」の仕事をしていたって話だった。

「ちょっと可哀そうだったね」

 凛の一言に、レノは目を通していた(連中から奪い取った)マル秘住所録から意識を離した。

「可哀そうだった?」

「だって、あの人たち半分失神してたよ?」

 凛が、あの夜レノがマフィアの下っ端達にした「お仕置き」に震え上がったのは解っている。でもこの子の手前、拷問的なことや人道的に問題があることはしなかったし、まだいい方だと思うけれど。・・・いつもに比べたら。

「優しくした方が良かったかな?君を攫った人たちだっていうのに」

「・・・・・・」

 レノの一言に凛はどうしようかと押し黙り、やがてしゅんとなった。

 なんだかネチネチ苛めてるような気分になって、レノは苦笑した。

「うん・・・元はと言えば私の所為ね。ごめんなさい」

 いや、そういうことじゃないんだけど。突っ込もうと思ったが、その前に凛は言葉を続けた。

「わたし、やっぱり二人に迷惑かけてるのかな」

「迷惑?」

「だって、いっつも困らせているでしょう?」

「そんなことないよ」

 そんなことない、と繰り返しても、彼女はまだ塞ぎこんでいた。やれやれ、繊細なお年頃だよな、全く。

 レノはソファの上の書類を一度片付け、おいで、と彼女に隣に座るよう促した。

「リンは、もう充分以上にオレ達に気を遣っているだろう?」

「え?」

「それこそ、気を遣っていることを気付かれないようにって、また気を遣っている。・・・今みたいにね」

「えっと・・」

 凛は何か言い返そうとしたが、レノの有無を言わせない視線を読み取って、何を言っても仕方ないと感じたのだろう。ちょっと困ったように俯いてただ一度だけ首を横に振り、口を閉じた。

「いいんだよ。強がらなくて。もっと、甘えてくれて」

 すると凛が、ぎゅう、と抱きついてきたので、レノは彼女の肩を撫でてやった。幼子をあやすように、緊張で強張った体を解きほぐすように、優しく。

 やっぱり、こうやって側で触れ合うと感じる。小柄な骨格、手のひら。ああこの子は、こんなにもか細いんだ。

「ありがとう・・」

 本当に小さな声で言われた言葉。でも「どういたしまして」というのは何だか可笑しい気がして、レノは聞こえなかったふりをして黙っていた。

 凛はレノの肩に額を埋めたまま、ぽそりと呟いた。

「・・・この頃思うんだ。レノって、なんだかお父さんみたい」

「お父さん?」

「うん」

 それはまた、まあ。

「(まだ一応二十代なんだけどね・・)」

 でもそれがこの子に必要なら、凛が望むのなら、べつに今はお父さんでもいいかなって思った。

 住所録をテーブルに置き、彼女の腰に腕を回す。そして、その子のまん丸な頭を撫でようとしたときだった。

「――お前らイチャつくなら場所を選べ」

 後ろから小馬鹿にしたような一言。全く、空気を読んでいる。

 振り返ると、情報収集から帰って来た彼がいつもの嫌味ーな面をして壁によしかかっていた。

「あ、お帰りみーちゃん。何?ヤキモチ?」

「・・・居所がわかった。フザけたこと言ってねえで、とっとと行くぞ」

 言うが早いか、さっさと踵を返して扉の向こうに消える。相変わらずだなあ、この究極的マイペース。あんななのに女の子にモテるんだから、やっぱり世の中わからない。

「お出かけするの?」

「うん。凛は・・・」

「一緒に行かせて」

「そう」

 危ない目に遭うかもしれない。いや、きっと遭わせてしまうだろう。そう言おうと思ったが、止めた。一度決めたら何言ったって絶対に撤回はしないのだ、この子の場合。

 レノは立ち上がり、染み一つない白い上着を羽織り、音も無く短い息を吐いた。

「ほんだら、ゆるゆると行ってみますかね――」



***




「――すまなかったな、ルーシア」

「・・ああ、来ていたの」

 褐色の肌をした妙齢の女はゴーグルを外し、遥か高みにあるデスクからその男を見下ろした。

 対称的に、相手の男は黒いスーツに黒いネクタイと、相変わらず味気の無い格好をしている。

「別に。私はただフツーに仕事をしただけよ。なのに何故か『余分な報酬』を貰えちゃったわけだから、こっちには大ラッキー」

 男は「そうか」と頷くと、三重四重と続く螺旋階段を昇りはじめた。

 彼女と面と向かった位置で話そうとする人間などこの男ぐらいだ。毎度律儀なものだ、とルーシアは笑った。

「でもまさか、アナタがあの子達みたいなのに目を付けるとはね」

 あっという間に長い階段を昇りきった男は適当な場所に腰掛け、楽しそうに答えた。

「面白い組み合わせだとは思わないか?」

「まあ、そうかもしれないけど・・・」

 それでも、物好きなことに変わりは無い。

 ルーシアはふふふと喉を震わせ、此処まで辿り着いた労いにと、いつものように自らコーヒーを淹れた。

「ありがとう。・・・・だが、君は本当に大丈夫なのか?」

「何が?」

「彼らに恨まれるのでは?」

「大丈夫よ、そのためにこの件の情報はお安くしてあげたんだから。まあ、少しくらいは臍を曲げられるでしょうけど・・」

 それはそれで楽しそうだ、となぜか彼女は愉快そうに、夢見る少女のように囀った。 

 

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