(8)
日々は否応なしに過ぎていく。
涼しさはやがて寒さに移り変わっていく。
空からは、白い雪が降り注ぐ季節になっていた。
シキの記憶を掘り当てる事はいまだに叶っていなかった。
少し時間のかかる要件がいくつか入って来た事もあり、シキの色塗りに時間を割けなくなった事も要因の一つだった。
「かまわないですよ、慌てているわけではありませんから」
と、シキも特別慌てる様子はなかった。私に気を遣ってくれていたのかもしれないが、そんな言葉に甘えているうちに、すっかり外出するのにコートが手放せない季節になってしまっていた。
だから今こうやって向き合ってシキに色を塗るのは久しぶりの事だった。
「すまないな。遅くなってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ」
シキはいつもと変わらない穏やかな様子で答えた。
「さてと、今日はどうするか。何か決まっているのか?」
「ええ。決めてあります」
「そうか。それで、どうしようか?」
「ニジに、してもらいたいのです」
「ニジ?」
「はい、ニジです」
ニジ。そんな鳥がいただろうかと考えてみる。私はそんな名前の鳥を聞いた事はなかった。
いや、いない。図鑑を見返せば載っているだろうかと思ったが、鳥が意味するものがそういう事ではないとなんとなく分かった。
「ニジって、まさかあの七色の?」
「はい」
「急に、どうして?」
「ちょっとした、気分転換ですよ。イクトなら私の事を、綺麗な虹に変える事も出来るかと思いまして」
「――虹か」
七色を纏った空を舞うシキの姿を思い浮かべる。
頭の中のイメージだけでは、その姿は正直ひどく周りの景色に不釣り合いに思えた。
――出来るだろうか……。
私は少々不安を覚えた。
しかし断るという判断は私の中にもちろんなかった。
シキの願いを、私は形にするだけだ。
「分かった。その前に、昼飯にしよう」
「はい!」
虹の鳥。
シキはそれを気分転換と言った。
“慌てているわけではありませんから”
シキの言葉を私は鵜呑みしていたが、実際は違うのかもしれない。
心になんらかの焦りであったり不安があるのかもしれない。
でなければ、気分転換なんて言葉は出て来ないはずだ。
シキの気持ちを考えずに置き去りにしていた時間を私は悔やんだ。
私は、何も分かっていなかったのだ。
先程うまくイメージ出来なかった虹の鳥を私は再度頭に描く。
シキが空を巡り、縦横無尽にアーチを描く姿を空想する。その空想を強く強く意識する。強度を増した空想は現実に近付いていく。不釣り合いだった七色が、徐々にその空に自然と入りながら輝くように、鮮明に明確な色合いを持って頭の中に広がる。それと共に不安が掻き消えていく。私は今一度、自分の色を信じた。
――私の色が、シキの力になるように。
頭の中の虹が零れないように、強く頭の中で私は色を描き続けた。