(3)
鳥がもちかけた相談というよりお願いに近いその言葉は、確かに矛先として向ける先が私である事には納得出来た。しかしその意図を知るにはまだ内容が足りなかった。
「どうして、色を?」
「あなたは、色を塗る事がお上手そうですから」
上手なのだろうか。
だが一つ言えるのは、普通の同じ歳を生きてきた者達よりは、多くのものに、多くの色を塗っている事に自信はある。
私は木のイスから立ち上がり、鳥と共に歩き始めた。
<Color Me Mine >
公園から5分程度歩くと、私の城もとい、仕事場である店の看板が私達を出迎える。
ペイント屋。とでも言えばよいのだろうか。ここに私は第二の人生の旗を挙げた。
店を始めたのは2年程前の事だ。
それまではどこにでもいるようなサラリーマンの一人で、ひたすらに自分の会社が扱う商品を押し付け、数字を上げる事に必死の毎日だった。
課されたノルマをクリアにしていく事に生き甲斐を感じる者もいたが、自分はそうはなれなかった。好きでもない自社商品の良い点をなんとか見出し、悪い点も騙し騙しの言葉で覆い、今あなたの目の前にあるものがいかに素晴らしい物かを伝える事は苦痛でしかなかった。
3年という一つの節目を迎えた時、私は今一度人生を見つめ直した。
果たしてこの先に幸せがあるのか。
その時の私には、そんなものは見えなかった。
これではいけない、そう思い職を辞した。
さて、次に何をするか。
辞める決心は鋼のように強固だったが、その先がなかった。
久々に手にした穏やかな時間の中で、私は特に焦る事もなく、頭の片隅に何をしたいか、何をやりたいかを住まわせ日々を過ごした。
ふと何気なく、絵でも描いてみようかと思った。
たまに私はそうやって思い立ち、デッサン用の画用紙と鉛筆を手に風景を模写したり、頭の中に思い浮かんだイメージを描いた。しかし仕事をし出すようになってからは、自分の時間は圧倒的に減り、絵に興じる事はなくなっていった。
今でも書けるだろうか。
少しの不安を抱きながら、私は頭の中に浮かんだ一本の大木を用紙の上に描いていった。
久々だったが、なかなかに上手くかけた。
他人から見ればそうでもないかもしれないが、いい出来じゃないかと自分の中ではそれなりの評価を下した。
だが、何か満足に足りなかった。
私は大木を見つめた。
その時、ふと頭を思い出がよぎった。
「綺麗だね、君の色って」
それは中学の時属していた美術部の先輩の言葉だった。
たった2つ年が上なだけなのに、私にとって彼女はすっかり大人の女性だった。
他の女子生徒達とは違う、いつも崩れない落ち着いた凛とした姿が印象的だった。
美術部というぐらいだから一応は部活動の枠組みの一つではあったが、そこまでしっかりとした活動はあまりしていなかった。
自由に各々が書きたい時に何かを書く。良く言えば自主性を重んじる、悪く言えば放任な部活動だった。
それでも意外と部員はそれなりに皆何かを書いた。仮にも美術部の門をくぐった者達だ。皆絵が好きだった。その中で件の先輩、紫水先輩は一番絵に対しての想いが強く、一番美術部らしい部員の一人だったと言える。
紫水先輩が人の絵を褒める所を私は見た事がなかった。
かと言って何も厳しい批評をずばずばとくだすわけでもない。ただ絵を見つめ何も言葉を残さない。彼女の心でどんな言葉が自分の絵にかけられているのか、誰も知る由がなかった。
「綺麗だね、君の色って」
だから私の心に、この言葉は深く残っていた。
何気なく書いたシャボン玉の絵。
その絵にあの紫水先輩が、ちゃんと自分の口から評価を与えた。
それだけでも驚きだったのに、綺麗だなんて。
私はその日嬉しくて嬉しくて気持ちが舞い上がって寝つけなかった。
ただ後にも先にもこれが最後で、それ以降紫水先輩から言葉を頂く事は叶わなかった。
そうだ。
色だ。
色が足りないのだ。
私は急いで絵具を用意し、木に色を与えた。
葉の緑や、幹の茶色を塗り込んでいく度に、絵の中の大木が生命を帯び始める。
これだ。この感覚。
懐かしかった。
そして思い出した。
私は絵を描くのが好きなのではない。
色を塗るのが好きなのだ。
風に揺らぐ画用紙の中の大木を見て、私は足りていなかった満足の欠片をはめ込んだ。
これにしよう。
私が進む道を決めた瞬間だった。




