(1)
「少し、よろしいでしょうか?」
その声を初め私は、空耳か聞き間違いかと思った。
私は今公園で、木造のイスに腰掛け、いつも贔屓にさせてもらっているパン屋で買った生クリームがたっぷり入ったパンにかぶりついている所だった。この店のパンにはハズレがないのだ。どれをとっても口に幸せを広げてくれる。その中でも私の中で不動のトップをひた走るのが、この生クリームパンだ。
暖かみのある狐色のふっくらとした生地に、柔らかい甘みが凝縮された純白のクリーム。
派手さは一切なく、むしろ地味すぎると言っても過言ではないベーシックなパンなのになぜこんなにも私の舌を魅了するのか。シンプルイズベストという言葉はこの目の前のパンの為に存在しているとすら思えてしまう。
そんな至高のパンに頬を緩ませている時に、ちょうどその声が耳に入ってきた。
聞き間違いと思った理由は至極単純で、それは今この公園に私以外の誰もいなかったからだ。平日の昼間の公園など、閑散としているのが当然だ。
昼休憩の時間は特に決まっていないが、ここで昼食を取るのが私の日課の一つだった。程よい緑の木々達に囲まれた静かな空間でこうして食事をするのが、ささやかな幸せの一つだった。
そんな中に紛れた一声の在り処は、どこにも見当たらなかった。
「あの、聞こえてますか?」
やはり聞き間違いだと思い、再び幸せを口に運ぼうとした時、またも声が聞こえた。
私はもう一度周囲に目を向ける。
やはり、誰もいない。
だがしかし、今間違いなくその声を私は聞いた。
更に言うと声は、私のとても近くから聞こえた。
「やっぱり聞こえませんよね……普通」
三度聞こえたその声で、私はどこから声がしているのか探り当てることが出来た。
私の左側。私は視線を声の主がいるであろう方向に向ける。
いつの間にそこにいたのか。私の隣にそれはいた。
「あ、どうも。突然すみません。」
――これは、なんの冗談だ?
私はひどく混乱したが、隣にいるその顔はやっと届いた自分の声に喜んでいるように見えた。だが本当にそうなのかは分からない。
喜んで笑っているのかもしれないが、自信を持ってそう言う事は出来ない。
何せ私は彼らが感情を表情に出す所を見た事もないし、出ていたとしても私に、というか人類にそれをちゃんと視覚だけで識別なんて出来ないだろう。
「少し、ご相談があるのですが……」
何はどうあれ、ただ目の前の出来事をそのまま伝えると。
確かにそう私に話しかけてきたのは、生クリームにも負けない純白色の一羽の鳥だった。