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「虹に憧れでもあったのか?」

「はい、やっぱり綺麗じゃないですか。空を飛んでいて見かける度に見とれてしまうんですよね。なのでせっかくの機会ですから、」

「ついでに虹とは、なんとも贅沢なお願いだな」

「すみません。わがまま言ってしまって」

「かまわないさ。私だって虹の鳥を見てみたいしね。ただ長丁場になる事は覚悟しておいてくれ」

「はい。お願いします」


 作業場の机の上で静止するシキの体に私は丁寧に色を重ねていく。

 単純に七色を体に塗るだけではもちろん駄目だ。あの優美な虹の七色の色彩を表すにはいかに自然にグラデーションさせていくかが大事になる。

 空に架かるアーチがかくも人ならず鳥の心も魅了するのは、その色の滑らかな移り変わりという点だ。だから自然と描かれるあの色のバランスを人工的に生み出すのは、容易なものではないのだ。

 赤から橙、橙から黄。色から色へのバトンがどれだけスムーズに行えるか。

 そのリレーを私はシキの羽毛で繋げていく。

 ついでで頼まれるにはなかなかに骨の折れる作業だ。だが、虹が空を駆け巡るシキの姿を想像し、私は黙々と作業に没頭した。


 


 空はすっかり日が落ち、気付けば星達が地上を見下ろしていた。

 どかっと私は椅子に腰を下ろし、ふうと息をついた。


「ご苦労さん。出来上がったよ」

「長い時間、本当にありがとうございます」


 シキはいつものようにぺこりと頭を下げる。


「鏡、見てみるか?」

「――はい」


 私はシキの方に鏡を向けてやる。

 胸が波打つ。少し緊張している自分がいた。

シキがどんな反応を見せるか。

渾身の虹がシキの心を満たせるか。

 

 シキはじっと鏡を見つめ、微動だにしなかった。その姿から何を思い感じているのか。私の心は不安に染まり始めた。

シキの気に召さなかっただろうか。「どうだ?」と一声を掛けたい衝動に駆られる。

 だが私のその衝動はすっとおさまった。


「シキ?」


 シキの目から雫が流れ落ちた。

 一滴。また一滴。小さな水滴がシキの羽を濡らしていく。


「イクト、私は……夢を見ているようですよ」


 シキの声は震えていた。

 勝手に不安に襲われていた自分がひどく愚かに思えるほど、その声は喜びに満ちていた。


「なれたのですね。虹に」

「ああ、立派な虹だ」

「イクト、あなたは本当にすごいですよ!」


 折りたたんでいた翼を大きく広げる。それはまるで私に虹の素晴らしさを伝えるかのようだった。

 我ながら、シキは虹そのものだった。

 溢れた喜びを抑えきれないのか、シキはその場を走り回った。子供のような無邪気な姿に頬が緩んだ。私は部屋のドアを開けてやる。


「飛んできていいぞ」


 そう言ってやるとシキは羽をばたつかせた。


「なんだか、心が見透かされ過ぎて恥ずかしいですね」


 そう言いながらも、シキは勢いよく部屋を飛び出し一瞬で遥か上空まで駆け上った。

 夜空に駆け巡る小さな虹。

 満天の星空に繋がっていく七色の橋。

 こんな光景を見る事は、この先の人生きっとないだろう。

 私の色で出来る事が、こんなにも大きなものだったのかと感慨深く、心が打ち震えた。

 

「ありがとうな、シキ」


 一羽の言葉を話す鳥への感謝が、自然と零れた。

 いつまでもいつまでも、シキは夜空を飛び続けていた。

 私はその様子をしばらく眺めてから、部屋の中へと戻った。

 よかったと、私の心は安堵で満たされた。

  

 しかし、この世界はどこに居たって一寸先は闇だ。

 



 その日を境に、シキは私の前から姿を消した。


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