(9)
「虹に憧れでもあったのか?」
「はい、やっぱり綺麗じゃないですか。空を飛んでいて見かける度に見とれてしまうんですよね。なのでせっかくの機会ですから、」
「ついでに虹とは、なんとも贅沢なお願いだな」
「すみません。わがまま言ってしまって」
「かまわないさ。私だって虹の鳥を見てみたいしね。ただ長丁場になる事は覚悟しておいてくれ」
「はい。お願いします」
作業場の机の上で静止するシキの体に私は丁寧に色を重ねていく。
単純に七色を体に塗るだけではもちろん駄目だ。あの優美な虹の七色の色彩を表すにはいかに自然にグラデーションさせていくかが大事になる。
空に架かるアーチがかくも人ならず鳥の心も魅了するのは、その色の滑らかな移り変わりという点だ。だから自然と描かれるあの色のバランスを人工的に生み出すのは、容易なものではないのだ。
赤から橙、橙から黄。色から色へのバトンがどれだけスムーズに行えるか。
そのリレーを私はシキの羽毛で繋げていく。
ついでで頼まれるにはなかなかに骨の折れる作業だ。だが、虹が空を駆け巡るシキの姿を想像し、私は黙々と作業に没頭した。
空はすっかり日が落ち、気付けば星達が地上を見下ろしていた。
どかっと私は椅子に腰を下ろし、ふうと息をついた。
「ご苦労さん。出来上がったよ」
「長い時間、本当にありがとうございます」
シキはいつものようにぺこりと頭を下げる。
「鏡、見てみるか?」
「――はい」
私はシキの方に鏡を向けてやる。
胸が波打つ。少し緊張している自分がいた。
シキがどんな反応を見せるか。
渾身の虹がシキの心を満たせるか。
シキはじっと鏡を見つめ、微動だにしなかった。その姿から何を思い感じているのか。私の心は不安に染まり始めた。
シキの気に召さなかっただろうか。「どうだ?」と一声を掛けたい衝動に駆られる。
だが私のその衝動はすっとおさまった。
「シキ?」
シキの目から雫が流れ落ちた。
一滴。また一滴。小さな水滴がシキの羽を濡らしていく。
「イクト、私は……夢を見ているようですよ」
シキの声は震えていた。
勝手に不安に襲われていた自分がひどく愚かに思えるほど、その声は喜びに満ちていた。
「なれたのですね。虹に」
「ああ、立派な虹だ」
「イクト、あなたは本当にすごいですよ!」
折りたたんでいた翼を大きく広げる。それはまるで私に虹の素晴らしさを伝えるかのようだった。
我ながら、シキは虹そのものだった。
溢れた喜びを抑えきれないのか、シキはその場を走り回った。子供のような無邪気な姿に頬が緩んだ。私は部屋のドアを開けてやる。
「飛んできていいぞ」
そう言ってやるとシキは羽をばたつかせた。
「なんだか、心が見透かされ過ぎて恥ずかしいですね」
そう言いながらも、シキは勢いよく部屋を飛び出し一瞬で遥か上空まで駆け上った。
夜空に駆け巡る小さな虹。
満天の星空に繋がっていく七色の橋。
こんな光景を見る事は、この先の人生きっとないだろう。
私の色で出来る事が、こんなにも大きなものだったのかと感慨深く、心が打ち震えた。
「ありがとうな、シキ」
一羽の言葉を話す鳥への感謝が、自然と零れた。
いつまでもいつまでも、シキは夜空を飛び続けていた。
私はその様子をしばらく眺めてから、部屋の中へと戻った。
よかったと、私の心は安堵で満たされた。
しかし、この世界はどこに居たって一寸先は闇だ。
その日を境に、シキは私の前から姿を消した。




