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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十二章

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第八十五話 ちょっとしたお節介

 数えきれない程多くの、老若男女様々な人間がいた。

 彼らは一人残らず倒れており、ぴくりとも動かない。

 たった一人の少女のみが、直立してその光景を眺めていた。

 彼女は全身真っ白で色彩に乏しかった。

 しかしそんな中に一つだけ、鮮やかな色があった。


 その正体は彼女の手を覆う、真っ赤な液体だ。


 それを少女が認識した途端、倒れる人間も立ち尽くす少女も、全てが赤く紅く染まっていく。

 赤の侵食はとどまる事を知らず、むしろペースを上げてどんどんその領域を広げていく。


 そして、少女の視界は一面の真っ赤な海に支配された。






「……ひゃああぁっ!」


 カレンは甲高い悲鳴と共に跳ねるような勢いで飛び起きた。

 髪はバラバラに乱れ、酷い汗をかいている。震える顔に浮かぶのは恐怖にひきつった表情。


 最悪の寝起きだ。

 原因は夢。悪夢。現実でない幻。

 そうと分かってはいたが、醒めても尚心臓は未だバクバクと激しい動きを続けている。

 夢が見せたのはそれだけ見たくもない恐ろしい光景だった。


「……はあっ……はあっ……」


 荒い息を吐きながら周りを見渡す。

 カーテンを通した淡い朝の光が照らすそこは、家主から彼女に与えられた客室だ。

 普段使われる事がないからか、最低限の家具が揃っているだけの質素な部屋。しかし綺麗に整えられた心地好い場所であり、幼い頃の優しい思い出が残る空間。

 ここは安全だと己に何度も言い聞かせ、脳裏に染みついてしまっている記憶を振り払う。

 そうしてやっと徐々に呼吸が落ち着いてくる。

 もう大丈夫。

 そう口に出した上で大きく深呼吸。


 しようとした時、ノックもなく急に扉が開いた。


「カレンちゃん、もう起きてる? ご飯出来てるよ!」

「ひゃ!」


 突然の元気な大声は、余裕を取り戻しかけていたカレンの心を激しく揺さぶり、驚きで飛び上がらせた。

 声の主は従姉のアンナ。びっくりしたものの、平穏の象徴のような優しい笑顔に今度こそ本当に安心する。


「……うん。おはようアンナちゃん。すぐ着替えるから待ってて」

「驚かせちゃったみたいでごめんね。カレンちゃ……」


 アンナは目を見開くと同時に台詞を途切れさせると、ずんずんと大きな歩幅で中へ入ってきた。

 おびただしい汗に気づいての事だろう。ベッドのすぐ横に膝を着き、申し訳なさそうに尋ねてくる。


「どうしたの、エアコン壊れてた?」

「……ううん。少し、怖い夢を見ただけ」

「大丈夫?」


 アンナが憂いの表情で発したのは簡単な問いかけ。されど心配する感情が伝わる思いやりのあるものだ。


 カレンがこの家を訪れた目的を果たすには丁度いい機会かもしれない。初日に伯母から問われても答えられなかった、家を出てきた理由はすぐにでも打ち明けるべきなのだ。

 だがしかしカレンは喉まででかかっていたそれとは別の言葉を口にした。


「うん、もう平気。心配しなくても大丈夫だよ」


 口元を緩め、目を細め、笑った顔になるよう意識して。


 また、本当の事を言えなかった。




 にぎやかな朝食の後、カレンは客室のベッドにうつ伏せで寝転んでいた。曇った顔が彼女の沈んだ心情を表している。

 親戚一家にも朝食にも不満があった訳ではない。むしろ弱っていた心を癒し、活力を与えてくれている。感謝はしても不満などあるはずもない。


 しさし今朝の一件を思い返すと気分が沈んでしまう。


「……はぁ」


 この家を訪問してからもう二日。

 なのに何も話せていない。

 何故ここまで来ておいて果たせないのだろうか。

 理由は分かっている。


 傷つけたくない。巻き込みたくない。

 そしてそれ以上に、傷つけられたくない。知られたくない。嫌われたくない。軽蔑されたくない。

 そんなつまらない理由だ。


 心地よい現状に甘えて、それを壊したくないと事情を隠して演技を続けている。

 下らない事柄を恐れている、どうしようもなく小さな自分が嫌になる。


 そんな薄汚い自分なんて最初から全て諦めてしまえばよかったのに。

 自嘲し、乾いた笑みを浮かべる。


 暗くて重くて寒くて痛くて恥ずかしい。どうしようもなくて動けない。


 そんな暗欝とした心情を晴らすように、


「カレンちゃん遊びに行こ!」


 暖かい、弾んだ声が軽やかに響き渡った。



  *



「あらぁ、早喜ちゃん。ごめんなさいね。上がって待つ?」

「いえ、ジニーさん。お構い無く」


 柔らかな表情の女性の提案に、スレンダーで爽やかな印象の少女、早喜は姿勢と礼儀を正して応えた。

 アンナと遊ぶ約束をしていた彼女は、玄関先で以前からの顔見知りでもある友人の母と話をしていた。

 予定の時間より少し早く着いたせいか、アンナは「ちょっと待ってて」と言って引っ込んでしまったのだ。


 そんな訳で立ち話をしていたのだが、しばらくすると廊下の奥からバタバタと急ぐ足音が近づいてきた。


「さきちゃんお待たせ。準備出来たよ!」


 幼さすら感じる楽しそうな声音を出したのは、にこやかな笑顔のアンナ。

 先程は妙な態度だと思っていたが、変わりない元気な姿に安心した。


 アンナから遊びの誘いがあったのは前日。

 彼女にしては急な話だと思ったが、一刻も早く遊びたい理由があるとの事だった。

 その理由である人物をアンナの背後に見つけ、確認する。


「後ろにいるのが例の従妹か?」

「うん、さきちゃん。従妹のカレンちゃんだよ。一昨日からうちに遊びに来てるんだ」

「そうか。アタシは日村早喜。よろしくな」

「あっ、はい。芦野カレンです。アンナちゃんと友達だそうですね。よろしくお願いします」


 簡単な初対面の挨拶に、育ちの良さが窺える丁寧な対応を返された。


 今まで従姉妹がいるという話は聞いていた。簡単なプロフィールも知っている。

 その話の通り、カレンはアンナと顔立ちは似ているが、そっくりとは言えない見た目をしていた。

 金髪は赤みがかっており、目の色も灰色に近い。元気なアンナとは違い、落ち着いた雰囲気。


 ただそんな見た目は関係なく、アンナとの仲は呼び名から分かる通り良好そうだ。

 それに礼儀正しい態度には好感が持てた。

 早喜は爽やかに笑い、くだけた言葉遣いで話しかける。


「あー、敬語はいいよ。アンナと同じようにしてくれれば」

「そんな、そういう訳にはいきませんよ」

「それなら慣れてきてから少しずつでいいさ。……んじゃ、行くか?」

「うん!」


 そうして三人は遊びに出発する。

 たが数歩も進まぬ内に、前からやって来た自転車の上から声をかけられた。


「ん。おはよう」

「あ、おはよー」

「おはよう、って。え? 明海?」


 ごく自然に挨拶したアンナにつられてしまった後で、思わぬ人物の登場に戸惑いを見せる早喜。

 その目の前で、自転車に乗った透人はアンナ宅の門をゆるゆると潜っていった。


「おい、アイツお前ん家入ってったぞ!?」

「ふぇ? うん、そうだね」


 アンナが浮かべたのは、それがどうしたの、と言わんばかりの顔だった。

 早喜は脱力してしまった。


 透人の行動には色々とおかしな所があるのだが、心当たりはないこともない。

 アンナが隠している秘密に関わるのかもしれないのだ。


 ただ、それについては無理に詮索しないと早喜は決めている。

 アンナがよしとしているのなら、早喜が口を出すのはお門違いだろう。

 とりあえず今は、心配しなくていいのならそれでいい。


「アイツ放っておいていいなら今度こそ行こうか」


 そうして今度こそ三人は出発した。


 遊ぶ約束はしていたが、明確な目的は決めていない。街中を適当にふらふらと見て回るつもりだった。

 そんな無計画な散策の中、自然と足が向かったのは洋服や小物を扱う店だ。

 野球に打ち込んでいた早喜や食い意地の張ったアンナだが、ファッションに興味がない訳ではないのだ。

 年下の女の子を交えて色々と感想を言い合いつつ、女三人でかしましく買い物を楽しむ。

 矢のように時間は過ぎていった。


 ただし、その間ずっと早喜はカレンの無理矢理作ったような笑顔が気になっていた。

 今日会ったばかりだから緊張している。そんな理由とは違う、根深いものだと感じたのだ。

 アンナもそれに気づいているからこそ、皆で遊んで気分を晴らそうとしたのだろう。

 アンナはアンナなりに手を尽くしているらしい。


 そうなれば放っておけないのが早喜だった。


 原因が自身にあるとはいえ、面倒な知り合いの世話と尻拭いをずっと続ける程度には責任感がある。要するにお節介な性分なのだ。

 初対面だろうが、カレンは親友の従妹。彼女には心から笑って欲しかった。


 とはいえ、悩みの内容も分からない上、初対面の相手にこみいった相談をしてもらうのもハードルが高い。

 何が出来るか、どうすればいいかと悩んでいると、人の気も知らないアンナから提案がなされる。

 彼女は心から期待するような、にやついた顔をしていた。


「もうお昼だね。そろそろご飯に行きたいんだけど、二人ともいいかな?」

「私はいいけど……早喜さんはどう?」

「まあ、いいんじゃないか。アンナだしな」


 今回のお出かけは無計画だったが、食事をとる店だけは最初から決まっていた。

 勿論アンナのこだわりである。

 彼女の選ぶ店なら味は保証出来るという絶大な信頼から任せていたのだ。


 その結果、アンナが選んだ先はランチビュッフェが行われている店舗だった。

 彼女にとって今日のハイライトだろう。見本のような明るい笑顔は実に楽しそう。列に並ぶ間も全く苦に思っていないようだった。


 自分達の順番が来て案内されるなり席を立ち離れていく。

 早々に戻ってきた二人とは異なり、アンナはあちこち回っているようだ。


 そうなれば必然に早喜はカレンと二人きりになる。

 こうなる事を予期していた訳ではないが、お節介をするには丁度いい機会だ。

 アンナを視線で追いかけているカレンに話を切り出す。


「二人は従姉妹って割にそっくりだな。本当の姉妹みたいだ」

「そうで、そうかな。あんまり似てないって……」


 敬語を言い直し、それでも丁寧に否定しようとするカレンの声を強めに遮る。


「あぁ、違う違う。見た目の話じゃない」

「え?」

「秘密とか悩みを隠そうとしてるのにバレバレなところとかそっくりだ」


 瞬間、カレンは表情を強張らせた。

 やっぱり分かりやすい。

 震え気味の声で言い返してくる。


「……そんな事、ないですよ」

「アタシは元々無関係だ。人の秘密に軽々しく踏み込むべきでもない」

「……だから悩みも秘密も……」

「だから少しだけ言っとく。もっとアンナに甘えてやれよ。あいつ、子供っぽい割に案外包容力あるからさ。どんな悩みでも優しく受け止めてくれると思うぞ?」


 カレンの言葉をあえて無視し続け、言いたい事をキッパリと伝えた。

 対するカレンの反応は目を見開いての沈黙。

 そして、クスリと小さな苦笑。無理矢理さが薄れた自然らしい笑顔で答える。


「……はい。分かってます。やっぱりアンナちゃんは昔から変わってないんですね」

「みたいだな。……ま、分かってるならこれ以上は言わないさ」


 早喜もつられてふっと表情を和らげた。

 同じ人物に惹かれた者同士、通じあえたようで嬉しくなる。


 そんな折アンナが戻ってきた。料理山盛りの皿が満載のプレートを携えて。

 周囲の客からの注目が集まっている。容姿も理由の一つであろうが、見とれているというより驚いた顔が多い。


「ごめん、混んでたから時間かかっちゃった」

「明らかに理由はそれだけじゃないよな」

「だって二人の分もあるんだよ」

「はいはい。さんきゅーな」


 早喜は冷たく、アンナは拗ねたように。過去何度となく繰り返したやり取りだ。

 その横でカレンは未だ不自然さが残る顔で笑っていた。


 お節介はここまで。

 役目を終えた早喜は、あとを本来の役者である親友に任せた。

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