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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十二章

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第八十四話 真面目な話

 透人は立ち話もなんだし、と清慈郎を伴って近くの公園に移動した。


 丁度清慈郎の秘密を初めて目撃した公園である。

 途中にあった自動販売機で購入したスポーツドリンクのペットボトルを手にベンチに座る。これまた例の時に寝かせられていたベンチだ。

 対する清慈郎は立ったままだった。透人の右側に苦虫を噛み潰したような顔で佇んでいる。目を合わせようともしない。

 透人がスポーツドリンクを買った時も何か飲むか聞いたが、すげなく無視されていた。


 彼は誰にでも無愛想に接するところはあるが、そうでなはく意図的に避けられている印象を受ける。

 学校にいる時と同じ対応だ。

 紅輝や力雄と違い、清慈郎とは秘密がきっかけで交流が深くなったという事はない。

 あくまで孤高を貫くつもりらしい。

 もっとも、それは近頃複数の女子の影響により崩れてきている訳だが。


 清慈郎の横顔を見てそんな事を考えていた透人だが、中々話が始まらないのでペットボトルの蓋を開けながら促す。


「それで何の用?」


 その声を耳にした清慈郎は透人を一瞥すると、諦めが滲む溜め息を深々と漏らした。

 そして顔を前方に固定したまま、目の動きだけで透人を睨む。


「単刀直入に聞く。お前は何故力を鍛えている?」

「ん? ……どういう意味?」

「しらばっくれるな。霊能力を鍛えているだろう。四月に比べて魂が強くなっているぞ。夏休みに入ってから益々励んでいるようだしな」

「あー、そういうのも分かるのか」


 清慈郎の断言に、透人は観念した様子を見せた。

 どうやら誤魔化しようがないらしい。

 どう答えるか夏空をぼーっと見上げながら考えた末、結論だけを正直に述べる事にした。


「んー、まあ。何で鍛えてるかっていえば……便利だからかな。色々と使う機会も多いし」

「だからそれは何故だと訊いている。霊が視えるだけのお前には必要ないだろう」

「いやぁ、そうでもないよ? 道に落ちてる蝉が生きてるって分かってれば驚かないし。一度見つけたゴキブリも逃がさないし」

「真面目に答えろ」

「んー。じゃあ……まあ、危ない人に追いかけられる事とかあるし。あと、警察じゃ解決出来ない事件を起こすのは悪霊だけじゃないし?」

「火口に…………の件か」


 清慈郎は透人が明言しなかった部分を察し、確認するように口に出した。

 ただし一部は目を逸らしながら口にした聞き取れないような小声だった上に、若干顔にも赤みが差していた。瞬時に毅然とした雰囲気に戻っていたが全く隠せていなかった。


 武士の情けでそれらに気づかなかった事にしようと透人は決めた。スポーツドリンクを一口飲んでから話を進める。


「うん。まあ、大体そんな感じ? たまにそういうのと戦わなくちゃいけなくなるから必要になったりするんだよね」

「戦わなくちゃいけない? 元々一般人だったお前にそんな使命はないだろう。お前が戦う理由は何だ?」

「理由って、そんなの毎回変わるでしょ。まあ、でも大体は自分を含む人助けかな。やっぱり危険な目にあってる人を見捨てるのは気分が悪いし」


 流石にピリピリした空気を纏う相手に単なる好奇心とは言えなかった。

 だがこの発言もまた透人の本心である事に間違いはなかった。


 内容にそぐわない呑気な口調の台詞が終わると清慈郎は体の向きを変えた。

 眉間に皺が寄った難しい顔で正面から透人の目を見据え、力強い低音を響かせる。


「だったらふざけた態度をとるな。持っている力を持たない者達の為に行使するというのなら、相応の意識と覚悟を持て。軽い気持ちで首を突っ込むな。迷惑だ」


 確固たる意思、秘めた情熱、譲れない誇り。

 静かに、しかし何かを振り払う様にハッキリと発せられた言葉の端々からは清慈郎の心中に渦巻く様々な要素が感じられた。

 そんな彼だからこそ呑気に構える透人が許せないのだろう。


 しかし透人には態度を改める気も、首を突っ込む事を止める気もない。

 そもそもこの気質はそう簡単に変えられない。


「んー……そういうのは間違ってないと思うし、よく言われるけどさぁ。俺としては軽い気持ちじゃなくて真剣にやってるつもりなんだよね。ほら、精神的な余裕は大事だし。自然体でいるのが何かの奥義だって聞くし」


 真面目な持論に、無表情のまま淡々と普段通りの調子で返した透人。


 厳格なものとのんびりしたもの。二人の間に流れる空気は、お互いがまるで別々の空間にいるかのように異なっていた。


 僅かな間を置いた後清慈郎は舌打ちをし、端正な顔を苦々しくしかめて不機嫌そうな声を出す。


「……とぼけた顔で堂々と分かったような口を叩くな。だからお前とは話したくなかったんだ」

「顔がどうとか言われても、俺にはどうしようもないんだけどなぁ」


 そう透人が言うとまたも舌打ちが聞こえた。

 よっぽど強い苦手意識を持たれているらしい。解消は難しいだろう。


 それでも構わず、透人は穏やかに語りかける。今度は少し趣向を変えて。


「まあ、人の数だけ答えがあるって事だよ。御上君も間違ってないけど、紅輝にも観鳥さんにもそれぞれの考え方があるんだし。独りで悩まなくてもいいと思うよ?」

「……何の話だ?」


 最後の一文を口にした途端、清慈郎は素早い動作で顔を向けつつ問いかけてきた。


 今日は以前ふざけたような発言をした時に感じていた敵意がなかった。代わりにあったのは諦感や戸惑い。

 先程持論を展開した際も少しだけ違和感があった。

 それらから導いた予想だったが、反応からすると図星だったらしい。


「俺なんかよりも色んな人に相談したらって話。結構世界は広いんだから」

「そのっ……!」


 突然清慈郎が似合わない大声を張り上げた。しかし最後まで続けずに出かかった言葉を呑み込む。

 大きく舌打ちし、それからギリッ、と歯ぎしり。急激に不機嫌さが増した。

 彼の変化に透人が訝しんでいると、当の本人はゆっくりと深呼吸を始めた。

 そうして静かに落ち着いた状態を取り戻した上で、一言一言はっきり発音し、透人に拒絶をつきつけるように否定する。


「俺は、特に悩んでなどいない」

「そう? ならいいけど」


 断固とした否定を聞き、透人はあっさりと引き下がった。

 急ぐ必要はなく、そんな役割ではないと自覚していたからだ。

 代わりに些細な疑問をぶつける。


「ところで何で今更聞きに来たの? 夏休みの最初の方から気づいてたのに話したくないからずっと無視してたんでしょ?」

「…………ああ。正直言って無視しようかと思ってたんだがな。強い魂の持ち主がいると仲間内からも報告があったんだ。そうなると流石に放置してはおけない」

「あー、そういう感じ。じゃあ俺の事はどうするの? スカウトされるとか?」

「それはない。お前と一緒に仕事するなんて御免だ。悪霊に襲われた際に霊能力に目覚めた一般人が偶然霊視に気づいたと報告しておく」

「そんなのでいいの?」

「ああ、問題無い。……もういいか? それなら話は終わりだ」


 何処か投げやりに答え、公園出口へ進み出した清慈郎。

 彼の背中に透人は声をかける。


「あ、そうだ。御上君に言っとく事があったんだ」

「……何だ、用があるなら早く済ませろ」


 立ち止まった清慈郎は振り返らずに、警戒した様子で先を尋ねてきた。

 彼に悪いと思いながら、勝手に進めてしまったとある話を報告する。


「観鳥さんのお母さんに御上君の事紹介しといたから」

「…………それが、どうした」


 沈黙を挟んでからの、短い返答。

 予想よりも平静を保っていた。

 そこに追い打ちをかけるように情報を追加する。


「王子様が現れたって喜んでたよ。あの子が相手だと大変でしょ、とかも言ってた」


 清慈郎の顔は見えないが、耳は赤くなっていた。

 それを否定するように、彼は語気を強めて問い返してくる。


「……だから、それがどうした」

「んー……どうもしないね」

「それはそうだろう。俺には関係の無い話だ。それならもう用は無いな。帰らせてもらう」


 早口で話を片付けると、鼻を鳴らしてずんずんと歩いていってしまった。


 思っていたものより大分淡白な反応は彼なりの進歩の証なのだろうか。

 順調ならば悩みはアンナの事ではないらしい。

 だったら何を悩んでいるか。少し気になったが、これ以上の詮索は大人しく諦める。


 透人はスポーツドリンクで喉を潤すと、長くなった休憩を終えて走り込みを再開した。



  *



 月光がさしこむ、荘厳な雰囲気の和室。

 そこには厳格な顔つきをした和装の老婦人が一人、綺麗な姿勢で座している。

 彼女の前、文机の上には人を象った白い紙が置いてあり、それから男性の声が発せられていた。

 男性の声に耳を傾けていた老婦人は男性から受けた報告に対して、更に詳しい説明を要求する。


「いない? それは一体どういう事なんだい?」

『そ、それが、どうやら手引きした者がいるらしく……』

「らしく? それが誰かも判っていないんだね。お前達がそれ程無能とは思わなかったよ」

『も、申し訳ありませんでした』


 老婦人のきつい物言いに応えた男性の声は情けなく震えていた。明らかに怯えている様子だった。

 その反応により興味を失ったように老婦人は白い紙から視線を外した。しかし目付きは厳しいままで告げる。


「まぁ、いいさ。どのみちあれの行く当てなんて限られているからね。直ぐ居場所の特定に掛かるんだ。迅速な報告を期待してるよ」


 はっ、と震えを誤魔化すような力強い声音で男性の声は応じ、それきり人型の白い紙は沈黙した。


 暗闇と静寂が満ちる和室で一人、老婦人は夜の黒より深い影を湛えて、確信を確かめるように呟く。


「……やはり、私はまだまだくたばる訳にはいかないようだね」

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