第七話 三番目
空が赤く染まり、遊んでいた子供達が帰った事で人気が無くなった公園。透人とアンナはそこのベンチに座っていた。
ここに移動してきた時からしばらく経つが、アンナはその間一言も発していなかった。これから話す事に対して不安に思っているのかもしれない。
やがて覚悟を決めたのか、顔を上げ透人に向き直る。
「さっきはね、空気を固めてクッションみたいにする魔法を使ったの」
そこでアンナはにっこりと優しく微笑み、次の言葉を口にする。
「私はね、魔法使いなんだ」
それは秘密にしてきた自らの正体の告白。
ただしアンナのその口元にはクリームがついていて、何だか台無しだった。
黙っていたのも覚悟がどうのという理由ではなく、ただシュークリームを食べていただけだった。
交渉の結果、透人が大量のコンビニスイーツをおごる代わりにアンナは二人が助かった理由やメモ帳の事を教える事になったのだ。
だが透人はそんなアンナを気にせず言われた事について考えていた。
魔法、その言葉を聞いた透人はアンナとは別件で一つ気になる事があったのだ。
「ふーん。魔法かぁ……もしかして幽霊とかもいたりするの?」
「ふぇ? 幽霊? 私は見たことないよ?」
「そうなの? ならいいんだけど」
キョトンとするアンナを放置し、透人は今の情報をもとに思考を巡らせる。
幽霊の存在を知らないって事は神無月さんの仲間じゃないんだよな。
つまり魔法があったから第三じゃなくて第零勢力なのか。
そうなると魔法の存在も知ってたけど隠してたって事になるよな。
でも、それを言ったところで『魔法の事なんて聞かれなかったもの』とか言われそうだな。
また謎が増えたけど直接聞くしかないか。
考えてもどうしようもない、今はアンナの話を聞こうと思考を止める。
これとは別に腑に落ちない事もあるのだ。
「そんな秘密何で教えてくれたの?
簡単に言っていい事じゃないでしょ?」
食べ物で釣っといて何だがアンナが心配になったのだ。前の二人と違って簡単に教えすぎじゃないだろうか。
「あっ、その、それはね、別におごってくれたからってわけじゃないんだよ。教えたのはとうどくんには魔法の才能があるみたいだったからだよ」
「ん? そうなの?」
予想外の返答に透人は身を乗り出し、続きを促した
そこでアンナは例の黒いメモ帳を取り出す。
「これには魔法を使うための魔法陣が描いてあるんだけどね、魔力が無い人にはただの白紙に見えるような魔法をかけてあるんだよ」
「ふ~ん。ん? だったら会った時に教えてくれても良かったんじゃないの?」
「魔力があるからってその全員に教える訳にはいかないよ。でも、とうどくんには魔法を使ったところを見られちゃったし、私が何かやったってばれてたみたいだから。それで教える事にしたんだよ」
アンナはそう言うが交渉の時の反応からすると嘘だろう。と透人は判断した。
魔法の才能とか隠し通せないとかいう理由があったのは本当だろう。しかし、食べ物の誘惑の影響も大きかったのではないか。
食べ物とそれ以外で理由は半々といったところじゃないか?
「え~と、どうかしたの?」
アンナは失礼な事を考えているとは知らず黙り込んだ透人に不思議そうに話しかけてきた。
ただ、その手には食べかけのエクレアがあったので文句を言える立場ではないだろう。
「ん? ああ、何でもないよ。それより魔法ってどうやって使うの?」
「え、うん、あのね。魔法にも色々種類があるんだけど、私が使ってるのは精霊魔法とか自然魔法って呼ばれてるものなんだよ。それでね、この魔法を使うにはまず精霊との契約が必要なんだ」
「精霊との契約かぁ……ファンタジーでいうと火水土風の四属性が基本だよね。最近の小説とかゲームだともっとあったりするけど」
透人は表情はいつも通りだが口数が多い。どうやらテンションが上がっているらしい。こういった話が好きなのだ。
アンナはその勢いに押されつつも答える。
「え? えっと、うん。火水土風の精霊がいて人それぞれ相性のいい精霊と契約するんだよ」
「ちなみに観鳥さんはどれなの?」
「私は風だよ」
「あー、うん。確かに何となく風っぽいかな」
「え……そうかな? 私ね、風とか空とか好きなんだ」
「あー、俺も雲を見るのとか結構好きだな」
アンナは嬉しそうにはにかみ、透人もつられて和やかな雰囲気になった。が、ずっとそうしている訳にもいかないと無理矢理話を続ける。
「……えーと、それで契約さえすれば魔法を使えるようになるの?」
「うん。契約した後なら呪文とか魔法陣で魔力に命令を出せば使えるよ」
「ふーん、そんな感じなのか。じゃあ、車を止めた魔法は『クッション』が呪文ってことでいいの? そんな感じじゃないんだけど」
「それは呪文じゃなくて魔法を発動するためのキーワードなんだよ。魔法陣にはね、魔法そのものの情報だけじゃなくて魔法の発動条件も必要なんだけど、それはある程度自由にできるんだよ。あの時の魔法は『クッション』って言ったら発動するっていう風にしてたんだ」
「成程。つまり技名は個人の自由だと」
「え? ……うん、魔法が暴発しないようにとか気を付ける事はあるけど自由だよ?」
透人は重要な事を話しているかのような雰囲気で言ったが、アンナは意味がよく分かっていないようだった。
これは二人の趣味の違いのせいだろう。
「ところで俺も精霊との契約ってできるの?」
「……それは流石に難しいかな。契約のための魔導書は持ってるけど、いくら魔力があるといっても時間をかけてやらないと危険だし。勝手にやったら怒られちゃうし」
「ああ、うん。駄目ならいいよ」
透人はあっさり引き下がった。
駄目もとで言ってみただけでそれほど期待はしていなかったのだ。
それに今の台詞には他にいくつか気になる事がある。
「それより魔法使いだってばらしたのは怒られないの?」
「……………」
アンナが見るからに落ち込んでしまったので透人はなんかごめんと謝ってから話題を変えた。
「じゃあ、その魔導書はいつも持ち歩いてないと魔法が使えないの?」
「あっ、ううん。別になくてもいいんだけど魔法の基礎とか色んな魔法陣とかも書いてあるから勉強用に持ってるの」
アンナはそう言って鞄の中から古くて重厚な本を取り出す。
「これがそうなんだけど」
その瞬間、透人は視線を感じた。それも悪意がこめられているような嫌な視線だった。
辺りを見回すと人相の悪い男がこちらに向かってきているところだった。
「とうどくん、どうかしたの?」
「……観鳥さん。気を付けた方がいいよ」
「ふぇ?」
悪意に気づいてない様子のアンナに代わり、透人は立ち上がって男の前に進み出る。
「観鳥さんに何か用ですか?」
「ああ、そうだ。確かにその子に用があるんだ。通してもらおうか」
「いやー、無理です」
「……何故?」
「どこからどう見ても怪しい者だからです」
「……そうか。だったら仕方無いな」
透人の返答を聞いた男は表情をニヤァという恐ろしい笑みに変えた。
「出でよ、我が杖よ」
男がそう唱えた途端、右手に木製の杖が現れる。
透人はその光景に驚いていると頭に衝撃を受け、地面に倒れこんだ。男が杖で殴り飛ばしたのだ。
「とうどくん!」
アンナはメモ帳を手に倒れた透人へ駆け寄ろうとする。
しかし、その前に男が声をかける。
「やれやれ、邪魔しなければ見逃してやってもよかったんだがな」
アンナは振り返り男をキッと睨む。
「あなたは一体誰なんですか?」
「それを言う訳にはいかないな。だが大人しくついてきてくれるならもう手荒な真似はしない。君にもお友達にもな」
「!…………」
アンナは透人をチラッと見ると苦しそうに悩み始め、男はニヤニヤと笑いながらその様子を見ている。
二人は対照的な表情のまま沈黙を続けていた。
しかし、沈黙を破ったのは下の方から聞こえた呑気な声だった。
「あー、やっぱり悪の魔法使いだったか。あの状況だとそれ以外ないよね、うん」
透人は頭を押さえて上半身を起こした。それほど深い傷では無かったようだ。
男はアンナを見たままニヤニヤ笑いを消して凄む。
「貴様に用は無いがこれ以上邪魔をするならどうなっても文句は言わせんぞ」
「魔法使いの誘拐か。うん。どっかで聞いたような話だけど本当にあるんだなぁ」
脅し文句を無視して言った透人の言葉に男は表情をより恐ろしいものにした。
しかし、やはり透人はそれも一切気にすることなく状況を整理していた。
悪意を持った魔法使いの男と狙われている魔法使いの女の子がいる。
こんな裏の世界の戦闘に遭遇したのは三回目だが今までとは違う点がいくつかある。
まず今回の魔法については既にある程度情報がある。
そして自分は既に戦闘に巻き込まれていて人質のような扱いをされた。
さらに重要なのが清慈郎や紅輝と違ってアンナが荒事には向いてなさそうだという事だ。
しかし、状況を把握したからといって透人にはどうする事もできない。
例え素手で殴りかかっても返り討ちにあうだけだろう。
それでも、この場に居合わせてしまった以上、目の前の悪行をただ見ているだけにはなりたくなかった。
そこで透人は戦力にならない今の自分にできる事がないか手にしている情報をもとに考える。
そして一つの答えを実行に移す。
「じゃあ観鳥さん、俺は足手まといみたいだから」
そう言った後、透人は二つの鞄を持つてこの場を離れようとした。
その自然な動きに二人はポカンとして見ていたが、すぐに男は立ち直った。
「待てガキ!」
苛立ちの混じる声をあげ男は透人に杖を向ける。
透人はそれに気づくと走る速度をあげた。
しかし、充分な距離をとる前に男は魔法を使おうとした。
「ガスト!」
が、それは突然吹いた突風によって遮られた。
男は突風に押されアンナと距離が離れるが、風が止むと何でも無かったようにアンナと対峙する。
「まあいい。この辺りには結界を張ってある。時間の問題だ。それに、抵抗してきた以上、こちらもそれなりの手段を取らせてもらうしかないよなぁ」
男は嗜虐的な笑みを浮かべてアンナを見ると更に距離をとる。そして手にした杖を地面に打ち付け「我が僕よ」と唱えた。
すると男の周りの地面がボコッと膨らみ、何らかの形を作り出していく。やがて完成したのは一メートル程の土の人形。それも一体ではなくいくつもの数が揃っていた。
「あの娘を捕まえろ」
その男の命令に従い土人形の群れがアンナへと殺到する。
「クク、さあ楽しませてくれ」