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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十章

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第六十二話 土砂崩れ

 力雄の一撃が初めてかしらに入った。


 確かな手応えを感じた力雄を前に、頭は苦しげに呻きながらよろよろと退がる。

 力雄の予想以上に効いたようだ。突然の妨害に困惑していたせいで防御体勢が弛んでいたのだろうか。


 何にせよ好機。

 力雄はもう一度拳を振り上げて、打ち勝つべき敵に向かっていく。


「ぐっ…………ガアァッ!」


 しかし、頭の闘志はまだ衰えていない。

 困惑と失態を吹き飛ばすかのように咆哮をあげる。そして力雄の追撃を左手で弾き、続けざまに右ストレートを繰り出した。

 頭の拳は空気を抉りながら無防備な力雄にまっすぐ迫り、


「っ!」


 当たる直前で飛来した白い物体に軌道をずらされた。

 そのおかげで難を逃れた力雄は凄まじい風圧を感じつつ前進して再び拳を放つ。

 今度は命中。またもやよろめく頭。

 攻撃はしっかり通じている。


 勢いに乗った力雄はこのまま攻めたてようとした。

 だがしかし、待ち受ける頭を見て思わず足が止まる。強烈な殺気がこもる一睨みに勢いを削がれてしまったからだ。


 ただしその殺気には妙なところがあった。

 頭は力雄を警戒しながらも、怒りの矛先は別の場所に向けていたのだ。


「…………またか。あの餓鬼ィ!」


 力雄は頭の視線を追って横目で確認する。

 その先では紅輝が三人の鬼を相手取っていた筈。だと思っていたのだが、その戦闘はもう決着に向かいつつあった。


 紅輝の怪我は大きいし、息もあがっていて辛そうである。

 しかし、それ以上に酷いのは鬼の方。二人は動作が鈍く妖気も弱まっている上に、残る一人は床に倒れこみ動く気配はない。戦闘不能になっているようだ。

 紅輝は一人で三人の鬼にも打ち勝てる実力者だったのか。


 そう思った力雄だが、すぐにそれは間違いだと気づく。問題の頭が放つ殺気の標的だったのは紅輝でなかったから。


 頭が目の敵にしていたのは、透人。


 鬼から逃げる為に、フロア全体をキョロキョロと見渡しながら動き回っている。

 一見頭の気に障りそうなところはない。


 変わった事があるとすれば、顔か。

 彼は普段通りの何を考えているのか分からない顔をしていた。こんな普段とかけ離れた事態におかれているにも関わらず。


 その姿には異常な何かを感じるが、頭が何故殺気を向けているのかは疑問だ。

 透人が何をしたというのだろうか。


 その答えの一端は、力雄が頭に対し油断なく身構えながら注視する中で示された。


 透人は自身目がけて飛来してきた白い輪を掴んだのだ。それは二度力雄を助けた物体。

 つまりあれは透人の仕業。

 まさか透人も紅輝と同じ、妖怪ではない不思議な力の持ち主なのか。

 そういえば透人が深山食堂でアルバイトを始めたのは、記憶が消えない原因を調査する為だった。


 眼前の敵から透人の謎へと意識が傾く。

 そんな思考を引き裂くが如く頭が豪快に吼えた。


「そんなに俺を怒らせてぇならテメエから先に潰してやろうかぁっ!!」

「……っ! させないっ!」


 頭が正面の力雄から視線を外し、透人に向かって突撃を仕掛ける。

 一瞬出遅れた力雄はそれを阻止しようと足に全力を込めた。

 すると、頭が急激に方向転換。無理をしたせいですぐには迎撃態勢をとれない力雄を襲う。

 初めからそのつもりだったのだろう。

 このままでは避けられないし、向こうの殴打に合わせるのも難しい。

 だったら勢いを活かして、一か八かカウンターを狙う。

 勝算はある。僅かな時間の後、期待通りに視界の端に高速で飛ぶ白い物が映った。


 そして頭は、ニタリと嘲笑った。


「……その顔を、歪めろぉっ!」

「っ!?」


 力雄に迫っていた右手を無理矢理引き戻し、左の拳で白い輪を殴り返す。

 本当の狙いはこれ。

 そのせいで力雄の拳を受ける事になっても平然と耐えている。


 一方、白い輪は壁に激突し凹みを作り、透人も頭を抱えてしゃがみこんでいた。

 危ういところで回避したのか、新たな傷はない。

 しかし、あの白い輪は粉々になったのか影も形も見えない。命の危機も味わった。


 それでも透人は、何事もなかったかのように無表情で立ち上がる。

 そしてポケットからティッシュの束を出した。

 それらは風もないのに宙を舞い、頭を取り囲む。


「まだ、やる気かよ……」


 やはり透人は不思議な力を持っていて、それを既に見て知っていたのか。頭は憎々しげに唸る。

 そんな透人への怒りを力雄にぶつけるように大音声を発した。


「だがな、こんなもん関係ねぇよ!」


 不十分な視界の中、視覚以外の五感にそれから妖気を頼りに力雄を攻めてくる。

 多少狙いがずれているしれ大きな差だった技術も正確さが欠けているので力雄の反撃もちゃんと当たる。だが、殴打の連続は今までよりも遥かに激しい。

 力雄も応戦するが、当たる数も一発の威力も相手が上。

 いずれ押しきられてしまうだろう。


 一人だったならば。


 壮絶な殴り合いを繰り広げる両者に、遠方から影響を与える存在がいる。

 何がどうなっているかはこの際どうでもいい。大切なものは結果だけ。

 頭の周囲では大量の紙がヒラヒラと舞い散り、耳元では金属音が響き、肌には小さな傷が生み出されていく。

 一つ一つは大した事はない。

 だが現在は気の抜けない攻防の最中。苛々しながら、舌打ち混じりに、では上手く事を運べる訳がない。

 どんどんミスは大きくなり、いつの間にか攻撃が命中する数も逆転していた。


 透人が攻撃しているのは頭の内面だ。小さな事の積み重ねで強大な敵に対抗している。

 そのおかげで力雄は互角以上に戦えている。


 守ろうとした相手に助けられて情けないと思う。でも、同時に感謝の気持ちもある。

 だから、彼が頼りにしているもう一人の為にも頑張らなければならない。


 滅茶苦茶に暴威を振り乱す頭の腕を強引に掴み、力比べに持ち込む。

 上から全身を圧され、あちらこちらから発生した嫌な音が耳に届く。肌が裂け、骨が軋み、激痛が走る。

 でも、いくらでも耐えられる。


 体も心も折れる気配のない力雄に業を煮やした頭が、今日一番の迫力を乗せた雄叫びを力雄にぶつける。


「さっさと潰れろテメエらぁぁ!!」

「お前がなっ!!」


 頭に応じたのは紅輝。

 残っていた二人も倒しきり、駆けつけてきたのだ。そして力雄と組み合っている内に背中側から近づき、掌を接触させていた。

 そこから発生したのは明るくて綺麗な輝き。高熱による光だ。

 それは鬼の肉体をも焼き焦がし、絶叫させた。


「があああぁあぁぁあ!!」


 身を焼かれた頭は身悶えしながらも反撃を試みる。しかし、力雄がそれをさせない。

 振り返ろうとする体を引き寄せ、腕を抑え、脚を踏みつける。

 これが最後の力比べ。力雄は勝たなくても、互角を保っていればそれでいい。

 そうすれば、仲間が勝ってくれるから。


 力雄が押さえている間にも頭の火傷の箇所は広がっていく。人間はもとより、妖怪ですら気絶していてもおかしくない状態。流石は黒鬼の頭といったところか。

 それでもだんだんと抵抗する力は弱まっている。それに脂汗をかいて苦しそうにしていた。


 もうすぐ戦いは終わる。

 そう力雄が確信した時、頭の苦しげな顔に変化があった。


 ニタァ。と、薄気味悪く嘲笑ったのだ。


「あひゃひゃひゃひゃあぁっ!!」


 そして盛大な笑い声をあげた。フロア中に響き渡る大声。

 まだ戦う力があるのかと力雄は身構える。

 だが、そういう訳ではなかったようで頭は白眼を剥いて気絶した。


 つまりこれで一件落着。


 とは素直に思えない。

 直前に浮かべていた嘲笑が気になる。何か意味があったのではないだろうか。


 そんな事を考えていた力雄だが熱を感じて振り返る。そこには渦を巻く炎が迫っていた。

 驚きつつ後退りし、さっきまで協力していた少年を見る。


「ウァアァッ!」


 正気を失ったように唸る紅輝。彼が漂わせているのはドロリとした濃厚で邪悪な妖気。


 まだ、終わっていない。



  *



 紅輝の様子がおかしくなってしまった。


 頭が倒れた事で安心していた透人が休もうとした途端、力雄に攻撃を始めたのだ。事情を知らなくても味方だと判断出来るだろうに。

 他にも目は血走っているし、唸るばかりで言葉が通じない。操る炎も過剰な量を周囲の空間に放出している。その上決定的なのはその身を覆う禍々しい闇だ。

 特攻を仕掛けてきた手下達と同じ暴走状態。

 原因は間違いなく頭の置き土産だろう。最後の最後まで性格が悪い。


 その頭はピクリとも動かないので気絶している様だが、それでは妖術(らしき何か)は解除されないらしい。本人に解かせるのが無理な以上、解らない事は専門家に聞くに限る。

 手下の鬼達を挟んで離れた距離にいる力雄に届くよう大声で問いかけた。


「黄山君戻し方知らなーい?」

「あ、うん! 知っ、てる!」


 力雄は力雄で紅輝の炎から逃げていて大変だったのだが、透人のその場にそぐわない口調の質問にも律儀に答えてくれた。


「僕の……妖術で、解呪すれば、大丈夫だと、思う!」

「それ、何でやらないのー?」

「大人しく、してて貰わないといけないんだけど、でも僕じゃ、力加減が……」

「分かった! 俺の方でも何とか出来ないか考えてみる!」


 要するに気絶させれば解決出来るらしいのだが、力雄が人間を気絶させるとなると難しいようだ。

 力雄も紅輝も既にボロボロ。

 超能力が使えなくなるまで持久戦を続けるというのは二人にとっても辛いだろうし、力雄が先に力尽きては元も子もない。


 となれば透人が何とかするしかない。

 ただ、そうは言ったものの、打てる手は限られている。


 あの炎では透人は近づけない。だからといって透人が持つ力も今の状況では当てにならない。

 一つ目、超能力。ビー玉で転ばせようにも、紅輝は足を止めて炎だけを動かしているので上手くいかない。釘等で攻めるのは論外。

 二つ目、魔法。射程距離まで近寄れない。魔法陣の紙だけを飛ばしても燃えてしまう。

 三つ目、霊能力。清慈郎(本職)みたいな事は不可能なので今は役に立たない。

 四つ目、管理者の証(よく解らない力)。あのリングは頭に殴り返された際に何故か鍵に戻り、それ以降何を言っても反応しなくなってしまった。


 今までに使ってきた戦法ではこの局面を打破するのは難しい。だから新しい使い方、新しい組み合わせを考える必要があった。


「何かないかなぁ……」


 新たな何かを求め、ショルダーバッグを探りポケットを漁る。

 ほとんど使ってしまった後だが、いくつかは物があった。

 財布や携帯電話は無理そうだ。折り畳み傘なら何とか使えるかもしれない。


「ん? これは…………」


 検討しつつ探索を続けていくと、違和感のある品物に行き着いた。

 それはお守りである龍の首飾り。

 いつもは全く気にする事のない、存在すら忘れているものだ。

 それを握った瞬間、動いた気がしたのだ。

 単なる気のせいとも思えず、じっくり観察してみる。

 ただ一見したところ特に変わった様子はなかった。しかし、もっとよく視てみるとはっきりした変化が分かった。


「ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」


 ただの物に話しかける。端から見れば何とも可笑しな行為だ。

 しかし透人はいたって真剣である。

 何故なら、霊視を用いて龍の飾りに魂が宿っているのを確認していたから。


「起きてるでしょ? ちょっと手伝ってくれない?」


 透人は呼びかけつつ無表情でじぃっと見つめる。反応がなくとも諦めずに見つめ続ける。

 すると龍の飾りの表面に水滴が出現した。その様はまるで冷や汗をかいているようだ。

 そして。


「…………はぁ~。……分かりましたよぉ~。手伝えばいいんでしょぉ、旦那ぁ~」


 龍の口が心底面倒臭そうに開閉し、やる気無さげな台詞を吐き出した。



  *



 熱い。

 体が熱い。


 紅輝は自らの炎によるものではない、ドロドロとした溶岩の様な熱が身体中を駆け巡っているのを感じていた。


 そのせいで頭がぼうっとしていて上手く働かない。細かい事が考えられない。


 それでも、すべき事は分かっている。


 それは目の前の赤い異形の敵を倒す事だ。


 何故こんな場所にいるのか。

 何故戦っているのか。

 何故倒さなければならないのか。


 それすら解らないが、そんな些細な事柄はどうでもよかった。


 紅輝は敵を排除する為の炎を生み出す。しかし、精密な制御が出来ない。出そうとした以上の余分な炎が周囲で渦巻き、熱気が辺りを支配する。


 明らかに本来紅輝が持っている能力の限界を超えていた。

 超能力の過剰な使用により、激しい頭痛が襲ってくる。

 しかしそれが全く気にならない。

 それどころか、力があとからあとから湧いてくる。その力を今すぐ思いっきり解き放ちたくてウズウズする。

 だからその力に全てを委ね、衝動に駆られるままに吼えた。


「アアアアアッ!!!」


 そして周囲で蠢く炎を標的へ差し向ける。多少狙いがずれようと、広い範囲でカバー出来るので関係無かった。

 敵は何度も炎に包まれてはそこから逃げ出している。多少の火傷はおっているだろうが、それでは足りないらしい。しぶとく逃げ回る敵を焼き尽くすべく、明々と燃える炎にひたすらに追わせた。


 自身の負担を一切省みる事なく。

 赤い色の敵を焼き尽くす。

 紅輝はただそれだけの為の存在と化していた。


 だから、敵が全く反撃してこなかろうが、何故か悲しそうな顔をしていようが、誰かと何かを話していようが、まるで興味がわかない。

 意識を敵の排除以外に向ける事は、紅輝自身でさえ出来なかった。


 ただ一つの例外を除いて。


 突如現れたそれ(・・)は、他のものが一切届かなかった紅輝の意識の奥深くをすんなり揺らした。


「何やってんのよアンタ。やめなさいよ」

「うるせえ! お前は黙っ、て……」


 不意に聞こえた耳慣れた声に、反射的に返してしまった後で気づく。

 それがここにあってはならない声だという事に。


「って……は? ……す、み? ……」


 紅輝は慌てて声がした方向に目を向ける。

 そこにいたのは呆れ顔をした少女、幼馴染みの澄。

 超能力の事を知らない人物であり、何が何でも隠しておきたかった相手だ。

 その彼女に、炎を見られてしまった。


 煮えたぎる熱さえ忘れる程の衝撃に動揺し、コントロールを失った周囲の炎が忽然と消える。

 紅輝はくすぶる熱を抱えつつも、呆然としたまま澄を見つめ続けていた。


「あ……?」


 が、そんな紅輝の前で澄の姿もまた忽然と消え去ってしまう。

 訳の分からない異常事態によって、紅輝は更なる混乱に見舞われた。


 だから、赤い敵が行動を起こしても、一歩も動く事が出来ずにそれを受け入れるしかなかった。

 駆け寄ってきた赤い敵は片手で紅輝の肩を掴み、もう片方を腹部の前にかざす。

 それから、今にも泣き出しそうな表情で一言。


「ごめん」


 そして衝撃が体を駆け巡る。

 現在感じているドロドロした溶岩のような熱が、爽やかな力強い風で急速に冷めていった。

 それと同時に、今まで気にならなかった頭痛が意識の表面に浮かび上がってくる。


 そうと認識した瞬間、紅輝の意識はプツリと途切れた。

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