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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第七章

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第三十七話 家族

「もしもし、母さん?」

『……透人? ……なあに? ……どうか、したの?』

「うん。今日色々あって友達の家に泊まる事になった」

『……そう……充君?』

「いや、高校で出来た友達」

『……そう……じゃあ……お夕飯は、いらないのね……』

「うん。明日はそこから学校に行くから朝ごはんもいらない」

『……わかったわ……御迷惑は、かけないようにね……』

「うん、分かってる。それじゃ」

『……ええ……』


 透人は組織のアジトに泊まる事を家に報告する為に電話をかけていた。適当に誤魔化しつつも嘘ではないそれがすんなりと受け入れられた為に話はすぐについた。母親の口調が原因で多少時間はかかってしまったが。

 通話を終えた透人は携帯電話をしまいつつ笑亜に声をかける。


「うん。家への連絡は終わったよ」

「随分簡単に外泊許可がおりるのね。逆にこちらが心配になってくるわよ」


 すると何やら心配されてしまった。

 理由を色々あって、で済ませてそれがあっさり通ったのが納得出来ないらしい。


「うーん、なんと言うか父さんの影響で放任主義なんだよ」

「……まぁ、いいわ。反対されるよりは面倒がなくていいもの」


 面倒がなくていい、というからには反対された場合は何かをするつもりだったのだろうか。

 そう思いつつも透人は気にしない事に決めた。


「で、アジトって何処にあるの? 結構時間かかったりする?」

「いいえ。それほど時間はかからないわ」

「じゃあ学校の近くにあるんだ」

「フフフ。さあ、どうでしょうね」

「ん?」


 笑亜の意味ありげな発言を聞いた透人は学校の近くには無いと確信した。そして、その上で時間のかからないという条件も満たすとはどういう事かと考え、いくつかの仮説をたてる。


「フフフ。悩んでいるようね。それでは答え合わせといきたいところだけれど、その前にこれを渡しておくわ」


 笑亜は悩む透人の様子を可笑しそうに見ていたが、しばらくするとテーブルの上に置いてあった紙袋を渡してきた。


「何これ?」

「貴方の靴と着替えよ。諜報員に持ってきて貰ったの。無いと困るでしょう?」

「うん。それはまあ、そうだね」


 透人が紙袋の中を覗くと、確かに自身の靴と家でパジャマとして着ているスウェット、それに下着が入っていた。

 わざわざ取りに帰る手間が省けて楽ではある。ただ、下駄箱にあった靴はともかく、家にあった着替えがどうしてここにあるのか。


「……不法侵入?」

「ええ、そうよ。私が抱える諜報員にとっては朝飯前の簡単な仕事ね」

「……」


 首謀者は否定せず、いっそ清々しい程にあっさりと認めた。

 その姿に流石の透人も何も言い返せない。のではなく、元々怒る気も文句を言うつもりもなかったので黙っていた。

 そんな事をする時間があるなら建設的な思考をしようとするのが透人なのだ。

 今回の問題は自宅のセキュリティ。

 窓の鍵はかけた筈だし母親もいるのに簡単に侵入されてしまった。何かしらの対策を講じた方がいいかと考える。

 が、諜報員に見張られているのなら逆に他の犯罪は防いでくれるんじゃないかと思い直した。


 そんな風に思考が変な所に着地してしまった透人を横目に笑亜はすすたすたと歩き出す。


「それでは行きましょうか。こっちよ」


 笑亜は理事長室の廊下側の扉ではなく、隣の部屋へとつながる扉を開いた。

 先を行く笑亜に続けて透人も入ると、視界に広がったのは何もない部屋だった。今入ってきた扉がある面以外は窓すらない壁。複雑な模様の高そうな絨毯が敷かれているものの、他に家具の類は見られない。


「……さあ、これがアジトの入り口よ」


 これが入り口、というからにはもう外には出ないらしい。つまり仮説の一つ、「学校自体がアジト」が当たったのかもしれないと透人は判断した。

 が、やはり出入り口らしき物は何もない。

 そこで透人は組織がやりそうな事は何か、考えを巡らせいかにもありそうな可能性を思いつく。


「……隠し通路でもあるの?」

「いいえ、違うわ。絨毯の模様が魔法陣になっているのよ。転移魔法のね」

「……つまり、ワープゾーンだと」

「フフフ。ええ、好きに呼んでくれて構わないわよ。それより貴方、やっぱりこういう事には食いつきが良いのね」


 予想を超えた、しかし確かに予想する事は可能だったかもしれないその答えに透人は目を輝かせて……はいないがそれに近い雰囲気をかもし出すという不思議な感情表現をしていた。

 そんな器用な真似を目にした笑亜の微笑は、呆れを若干含みつつも面白がっている様に見える。


「さて、と。楽しみにしているみたいだから早く転移してみましょうか。…………日ほ」


 僅かな沈黙の間に微笑みを消してキリッと表情を引き締める笑亜。それに続けて恐らく転移魔法を発動する為であろう台詞を口にする。

 が、透人の携帯電話の着信音により途中で遮られてしまった。

 良いところを邪魔されたと言わんばかりの笑亜はジトッとした視線で電話に出るように促す。


「あー、まあ、何かごめん。……えっと……カリーからか」


 透人の責任ではないが頭をかきつつ謝った後、妹からだと確認して携帯電話を顔に当てる。


「もしもし」

『うどん、お父さんは今日普通に帰ってくるってー』

「あー、そっか。じゃあ……一週間分のチャンネル優先権で」

『うん、分かったー。それでいいよー』

「んじゃ、よろしく」


 という短いやり取りだけで透人は電話を切り、笑亜に向き直った。

 ただ、省略された内容を理解出来たのは当の本人達だけであって、残る笑亜は訳も解らず困惑していた。


「…………全く話が見えないのだけれど?」

「ん? ああ、俺のいない間に父さんが俺の部屋を物色したり悪戯したりするから見張ってもらうんだよ」

「…………フフフ。話は聞いていたけれど想像以上に愉快なご家族ね」

「うん、よく言われる」

「そう。よく言われるのね……」


 透人の家庭の実態を知った笑亜は頬をほんの少し引きつらせてそう言った。

 今日は珍しいことに笑亜が色んな表情を見せる。

 と透人は思っていたものの、それはほぼ自分の言動が原因である。

 本人もそれを一応は自覚していたのだ。ただ、一切気にせず無表情でぼーっとしていた。

 それは笑亜が黙ってしまったからだったが、うつ向き加減にしみじみと呟きだしたので注意を向ける。


「やっぱり人格形成には環境がものをいうようね……今度徹底的に調べさせてみましょうか……」


 すると自分の人格に関する内容や不穏な計画が漏れてきた。

 しかし透人は、それはどうしようもない、と放っておく事にして待つ。

 やがて、笑亜は顔を上げてため息をついた。


「……まあ、いいわ。それより先に、とっととこのグダグダした時間を終わらせましょう。……もう、何も無いわね?」

「あー、うん。多分大丈夫」


 透人に確認をとった笑亜は再び表情をキリッと引き締め、先程言いかけた言葉を紡ぐ。


「日本支部へ転移」

「うあぉ」


 転移魔法が発動したのだろう。

 笑亜の台詞が終わると同時に絨毯の模様が光を放ち、目が眩んだ透人は腕で顔を覆った。

 次いで浮遊感が体を包む。突然空中に投げ出され、自由落下していく様な以前味わったものに近い感覚。

 ただし、それはほんの数秒。

 すぐに足が床を踏みしめているという実感が戻り、光も収まった。

 透人は腕を下ろし、恐る恐る目を開く。

 そうして視界に飛び込んできた景色はついさっきまでいた場所とは明らかに違う部屋。

 足下は絨毯ではなく、大理石らしきものでつくられた床。タイルの様に石が組み合わされ例の魔法陣が描かれていた。壁には複数の扉と窓があり、絵画や装飾品も飾られている。更に広さは学校の教室の倍程もあった。


「おぉ……凄いな転移魔法。で、ここ何処?」


 転移魔法に対して感嘆の声を出した透人は間を空けずに質問を繰りだす。如何なる体験をしようと他に興味の対象があればすぐに飛びつくのだ。


「ここは日本のとある山中にある建物よ。ついでに言っておくけれど、建物だけではなくて山一つが丸々私有地なのよね」

「やっぱ組織って凄いんだねぇ」


 さらさらと答えられた内容に透人はまたも感嘆する。

 そして、ここに来る前に聞いた台詞を思い出してそれについて質問した。


「いつもは自分の家に住んでて、ここにはたまにしか来ない感じなの?」

「いいえ、ずっと住んでいるわね。私が組織に拾われてからだから……かれこれ七年位かしら」

「……あー………………え?」


 笑亜が聞き流してしまいそうな程にさらっとと口にした内容に透人は言葉を詰まらせた。

 拾われた。それが本当ならば透人が理事長室に着いてすぐに言ったあの台詞はなんだったのか。

 両親がいないのは今日だけでなく今までずっと。

 あまりにも重いその情報を受けとめた透人は神妙な顔つきになる。

 しかし、そんな顔つきにした張本人は何事もなかったかの様に平然としていて、むしろ重苦しい空気を歓迎する様に妖しく微笑んでいた。


「どうしたの? 気になるのならいくらでも質問してくれていいのよ?」


 冗談に使った上に自ら話題を広げようとしているのだから、笑亜にとってはとうに乗り越えた過去なのだろうし、何があったのか興味がない訳ではない。

 それでも、他の話題と同様の扱いをしてはいけないと透人は感じた。


「…………いや、今聞くような事じゃないと思うんだけど」

「フフフ、そうね。私の身の上なんてよくあるつまらない話だもの。好き好んで聞くような内容じゃないわ」

「……」


 笑亜の体験した出来事がよくあるつまらない話。

 そんな事ある訳がないと思いつつも、透人には絶対にそうだという確信を持って否定する事は出来なかった。

 何故なら笑亜がいつも通りだったからだ。

 透人に振り回され気味だった時よりも、妖しい微笑みをたたえた今の方が笑亜らしい。

 しかし、その微笑みからは彼女が何を考え、思い、経験してきたのか、それらを窺い知る事は不可能だった。


「ほら、ボーっとしてないで移動するわよ。まだ早い時間だけれど夕食が用意してあるわ。貴方をここに呼んだ理由については食事をしながらにしましょう」


 ようやく招待の理由を教えてくれるというのに透人はなかなか思考の渦から抜けだせなかった。そして、何とか頭を切り替える事には成功しても、胸の奥にはもやもやとした思いが残ったのだった。

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