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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第七章

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第三十四話 欠席

「しばらくだな、笑亜」

「あら理事長先生。こっちに来るなんて珍しいじゃない」

「久方ぶりにこの国から出演のオファーを頂いてね。それを君に任せたいと思う」

「私に? 例の計画を担当する代わりに通常業務は他のメンバーで対応する……という話だった筈だけれど?」

「ああ、そうだな。約束を破ってすまない。だがこの演目、君以上に相応しい役者はいないんだ」

「そう。一体どんな事件なの?」

「脚本ならここにある。見た方が早いだろう」

「………………フ、フフフフフ。私が、適任? 全く、相変わらず食えないお爺様ね」

「辞退するかね? 代役を立てたくはないんだが」

「いいえ、引き受けるわ。裏方ばかりでは腕が鈍るものね。私も久しぶりに……出演者に回ってみようじゃない」



  *



 週明けの朝の学校。

 これから始まる一週間を想像してか憂鬱そうにしている生徒が多く、交わされる会話にも愚痴が混ざる。

 そんないつもの風景に、一つの異変が起きていた。


「おはよう、充。ところで神無月は?」

「おう、透人。神無月さんなら今日はまだ来てないぞ」


 一人の生徒がまだ登校していない。

 始業前のこの時間なら特筆すべき事柄ではない。しかし、いない人物が笑亜となれば話は変わってくる。


「そんなの初めてじゃない? 今日はもう休みかな」

「ああ、かもな。今まであの人より先に来た奴は誰もいなかったらしいし」


 笑亜は入学してから今日に至るまで毎日教室に一番乗りしていたのだ。

 誰がどんなに早く来ても笑亜は当然の様に自分の席に着いていた。かといって別段用事がある風でもなく、本を読んでいるか、もしくはただじっと佇んでいるだけだった。

 理由は透人も教えて貰っていないが、"主人公"を見張る為だと思っている。


「そもそもお前は何も知らないのか? 仲いいんだろ?」

「いや、何も聞いてないけど」


 笑亜が知っている事を全て言わないのはいつものことだ。

 今回も何かしらの裏の事件絡みかもしれない。

 笑亜が自分から動くのは珍しいケースだが、心配する必要はないだろう。


 とはいえ、それでは問題が一つ発生してしまう。

 透人は困った様な顔つきで主不在の隣の席を見つめながら対策を考える。

 すると、一分も経たない内に面白そうな事を嗅ぎ付けてか面倒臭い人物がやってきた。


「明海くぅ~ん、どぅおぉうしたのぉ~? 笑亜がいなくて寂しいのぉ~?」


 その人物とはこれでもかというくらい口の端をつり上げたニヤニヤ顔の市乃だ。いつの間にやら透人の席の直ぐ前にしゃがんでいて、机の端から顔だけを出して見上げる態勢で実に楽しそうに問いかけてきたのだ。

 透人は一度市乃に視線を移して嫌そうな顔をした後、前を向いて面倒臭そうに話し始める。


「まあ、確かに。神無月に任せきりにしてたところがあったからなぁ。いないと寂しいというかつまらないというか。このままじゃ、月曜日なのに読めないんだよなぁ」

「………………これ漫画の話だ! しかも割と本気で言ってる目だよ、この人!」


 市乃はしばしの間ぽかんとしていたが、すぐに大袈裟なリアクションと大声で騒ぎたてた。

 そして騒ぎを広げながら教室の反対側へとは早歩きで移動していく。


「この人酷いよ、酷すぎるよ! こうなったら早喜! ラブコメのなんたるかを教えてやってー!」

「お前、いちいちこっちに来んな! 大体その話を何でアタシに振るんだよ!?」

「アンナちゃんには無理でしょうがっ!」

「何でアタシとアンナの二択なんだよ!? お前があのままいけばよかっただろ!?」

「自分でやったらつまんないじゃん!」

「知るかんなもん!!」


 自分で騒ぎを起こしては渦中の人物を放置して新たな騒ぎを始める市乃と、無理に付き合う必要は無いのにいちいち相手をする早喜。二人の漫才もどきは当初の話題からどんどん外れていく。

 その残念な事によくある光景をぼーっと眺めているところに苛立ち混じりの声が聞こえてきた。


「相変わらずうるせぇな、アイツ」

「ん? ああ、おはよう」


 声の主は紅輝だった。彼は自分の席に着きながら透人の挨拶に答えつつ質問する。


「おう透人、確か新連載あったよな? どうだった?」

「まだ読んでないよ。神無月がいないから」


 紅輝はハッとして回りを見渡し、透人が言った内容が事実だと確認すると思案を始めた。紅輝もまた愛読者なのである。

 ちなみに、笑亜が持ち込んだ週刊誌はクラスで回し読みされていたのだが、笑亜から直接借りるのは透人の役だった。というより笑亜とまともに会話出来るのが透人しかいなかったのだ。


「こうなったら他のクラスから借りてくるか……いや、この時間なら買って戻ってこれるか……」


 割と真剣に悩んでいた紅輝だったが、隣の席に座る澄によって現実に引き戻される。


「何馬鹿な事言ってんのよ、紅輝。それよりアンタ課題が終わらないとか言ってなかった?」

「おわ、そうだった! 澄見せてくれ!」

「別にいいけど、最近出来たお店のケーキが美味しいって評判なのよねー」

「…………透人」

「自業自得じゃない?」


 透人に拒否された紅輝は財布を確認すると、苦渋に満ちた表情で澄からノートを受け取った。


 そんなこんなで過ぎていく朝の時間。

 その間、透人は心の隅で普段とは異なる感覚を味わっていた。寂しいとまではいかないが、落ち着かない様な、しっくりこない様な、そんな妙な違和感を。

 それを言うと面倒臭い事態になるのは解りきっていたので決して口にする事はなかったが。



  *



 華美ではないが上等な調度品が揃えられた執務室。

 執務机に着く初老の男性は書類仕事をこなしていて、傍らには秘書の女性が控えている。

 そこに部屋の外から機械の様に無機質な声がかかった。


「"組織"の者だ」

「っ!……どうぞ、お入り下さい」


 すると、男性はすぐに仕事の手を止めて立ち上がり、堅い表情で声に応じる。

 許可を得て室内に入ってきたのは、フード付きのマントを羽織りフードを目深に被って顔を隠した人物。

 何処からどう見ても怪しい不審人物だが招待したのは男性だ。

 その怪しい客人を女性は警戒心を隠そうともしない目付きで迎えたが、男性は緊張した面持ちで腰を低くして接する。


「こちらにおかけください。すぐにおもてなしの用意をさせますので」

「結構。それより頼んでおいた物を」

「……はい。ここに揃えてあります。君、あれを」


 男性が目配せすると女性がファイルを客人に差し出した。

 客人は受け取ったファイルの中身に軽く目を通すとそれを懐にしまいこむ。


「新しい情報は」

「いえ。特にはありません」

「ではこれで」


 そうして客人は退出していった。

 必要最低限の言葉と行動だけで目的を果たした彼からは人間らしさが感じられなかった。

 代わりにあったのは人を不快にさせ、恐怖心を与える程の不気味な雰囲気。


 それを感じとって不安になったのか、彼の足音が完全に聞こえなくなるのを待ってから女性が口を開く。


「あんな得体の知れない輩にあの事件を、私達の仲間を任せてもいいんですか」

「……ああ。悔しいが、私達にはあの事件は手に負えない。任せるしかないんだ」


 そう答えた男性は極度の緊張から解放された影響からか、ぐったりしながらも何処かほっとした表情をしていた。

 その様子を見て男性が客人を信用している事、それ以上に恐れている事を女性は理解する。しかし、そこまでの感情を抱く程の存在がいるなど今まで思いもよらなかった。


「一体何者なんですか」

「……彼らは機関に所属していない実力者が集まる組織だ。圧倒的な実力でもって各地の面倒事の解決を引き受けているらしい。その活動は世界を股にかけているそうだよ。詳しい事は私も知らないがね」

「どういう事です?」

「彼らの情報はこの役職と一緒に先代から引き継いだものだよ。先代曰く、彼らに頼むのは『恥じも外聞も捨てあらゆる手を尽くし、それでも駄目だった時の、本当の本当に最後の手段』だそうだ」


 そこまで言った男性は遠い目をし、手を組んで震えを抑えながら続きを語る。


「同時にこうも言っていたよ。『要求は全て飲め。何があろうと絶対に敵に回すな。後悔すら出来ずに全てを失うぞ』とね。その時の先代の怯えきった顔が……私は忘れられない」

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