第二話 怪しい人達
「聞きたい事は山程あるし明日御上君に聞いてみるか」
そう言ったものの、聞いたところで簡単に教えてくれはしないだろう。それに、失敗したとはいえ記憶を消そうとしたのである。記憶が消えてないと知ればもう一度消そうとするかもしれない。もしそうなった時、二回目も大丈夫だとは限らない。せっかく覚えているのだから消させたくは無い。もしかしたら記憶が消えているか確認するために向こうから接触してくるかもしれない。その時はどうするべきか。
等と色々考えた末、透人は一つの結論を出した。
「とりあえずいつもより早く学校に行って、その後はその時考えよう」
答えの出ない問いを考えるのが途中で面倒臭くなり、とりあえず行動してみる事にしたのだ。
透人はこの年できたばかりの新設校である私立応征学園に通っている。家から自転車で十五分程の道程を朝の続きを考えながら進んでいたが、結局学校に着いてもいい考えは思い付かなかった。
ほとんど誰もいない校舎の中を進み透人が教室に入ると既に先客がいた。
ちょうど透人の隣の席に着く少女、神無月笑亜だ。
笑亜は長い黒髪の美人でスタイルも良いのだが、独特のミステリアスな雰囲気がありどこか近寄りがたい印象がある。そのため、クラスメイトとはあまり交流がなく中には気味悪がっている人もいる。
そんな笑亜に透人が平然と声をかける。
「神無月さん、おはよう」
「あら、明海君。どうしたの? 今日はずいぶん早いじゃない」
そう聞かれたが理由を説明する訳にはいかない。少し考えてから透人は言う。
「ん~。まあ、昨日色々あって」
「……そう。なら詳しくは聞かないわ。私も人の事は言えないもの」
透人の適当な答えに疑わしげな視線を向けるもそれ以上は追求してこなかった。
透人は笑亜と仲が良い数少ない存在の一人である。それは席が隣の上、性格上近寄りがたい雰囲気とか全く気にしていないからなのだが、透人は積極的に女子に話しかけるような性格でもない。
なら何故、笑亜と仲が良いかというと理由は笑亜が読んでいる本にある。
「それ、終わったら貸してくれる?」
「ええ、もういいわよ。今はもう一度読み返していたところだから」
そう言って差し出したのは週刊少年誌だった。
笑亜は漫画を読むのが趣味なのである。しかし、それで親しみが持てるようにはならずかえってミスマッチさが独特の雰囲気を際だてていた。
一週間前、透人が漫画を借りて内容について語りあったのが仲が良くなった理由である。ただし、何を考えているのか分かりにくい顔の二人が漫画について語っているのはどこかシュールな光景だった。
*
透人が漫画を読み始めると、笑亜は静かに教室から出ていった。そのまま廊下に立ち目を閉じる。しばらくすると電話がかかってきた。
「さあ、報告を聞きましょうか」
「そう、そちらに動きは無かったのね」
「ええ、明海君は魂に変化が見られるわね。それに昨日の記憶に違和感があるのか、もしかしたら覚えているかもしれないわ」
「その通りよ。このまま霊の関係者になるかもしれないわね。だから明海君の事を調べておいて頂戴」
「私は今日の計画に専念するわね」
「フフフフフ、ええ、本当に楽しみだわ」
笑亜は心から愉しそうに妖しい微笑みを浮かべた。
*
時間が進み、徐々に教室に人が増えてきた。透人は漫画を読みながらも耳をすませて清慈郎が来るのを待っていた。そこに後ろから声がかかる。
「おい、昨日は何があったんだよ」
声の主は充だった。昨日「今から届けに行くから」と聞いてからいくら待っても来ない透人を心配していたのだが、遅れてきた透人は携帯電話を渡すと何の説明もせずにさっさと帰ってしまったのだ。
「ああ、おはよう充。いや、ちょっと色々あってね。全部説明すると三時間はかかるかな」
「またそれか。面倒臭いからって適当にはぐらかそうとするなよ」
「いやいや、面倒臭いんじゃなくて本当に色々あってさぁ」
「はいはい分かった。もういいよ」
そう言って充はため息をつき透人の後ろの自分の席に着く。透人がこんな事を言い出すと何を言っても無駄な事は充はよく知っていた。昔からよくあるやり取りなのだ。
それから少したった後。
「御上くーん。おっはよー」
そんな女子の黄色い声が聞こえてきた。他にも何人もの女子が清慈郎に挨拶する。このクラスで定番となりつつある光景である。
清慈郎は女子からの挨拶に対し「ああ」とかしか返していないが、これは誰が相手でも同じである。他人との間に壁を作り不必要な会話は一切しない。
その孤高な感じがカッコいいとか気に食わないとかクラスの中では間逆の意見に別れている。
あれはやっぱり幽霊の事を知られないように、とか巻き込まないようにって事なのだろうか。
それより清慈郎の方からは接触する気が無いのだろうか。こうなったら自分から昨日の事について聞いてみるか。
透人がそんな事を考えていると前の方から大声が聞こえてきた。
「どいつもこいつも御上君って何であいつばっかりモテんだよ!!」
それに反応したのは隣の席の少女。
「そんなの誰が見ても明らかでしょ。紅輝とは顔の出来が違うのよ」
「あぁ!? オレとアイツとそんなに違わないだろ」
「はあ? 何言ってんのよ、バカじゃないの?」
「あぁ!?」
言い合いを始めたのは火口紅輝と赤井澄。
自己紹介によると、二人は家が隣同士の幼馴染みで昔からこんな感じだったらしい。喧嘩する程仲がいいとよく言われているが本人達は気に入らない様でいつも否定している。
この二人の口喧嘩もこのクラスではよく見る光景である。
「おい、前のアレどう思う?」
二人の口喧嘩を見ていた透人に充が聞いてきた。それに透人はいつも通りの真顔で答える。
「本当にいんだねああいうの。と、いつも面白いよね。かな」
「……あっ、そう」
充は呆れたような声で言った。
あと隣からも「フフフフフ」という笑い声がしてきた。
放課後、透人は図書室で時間を潰してみたりもしたが結局清慈郎からの接触は無かった。
自分から昨日の事を聞くにも清慈郎は既に帰ってしまっただろう。この事はまた明日考えてみるか。
そう思い、帰ろうとしたのだが空き教室の前を通り掛かった時。
「誰だ、お前」
そう怒りをにじませた声で呼び止められた。しかし、周りには誰もいない。声は教室内から発せられていた。
「オレに何の用だ」
続いてそんな声がきこえてきた。どうやら透人に話しかけた訳では無かったようだ。
それに透人はこの声が誰のものか気づいていた。それは今朝も聞いたばかりのもの、火口紅輝の声だ。普段と違う真剣な声音で最初は気づけなかったのだ。
透人は会話の内容が気になったが、舌打ちを最後に聞こえなくなってしまった。その事を不審に思いながらも透人はそのまま待ち続ける。
すると紅輝の焦った様な声が聞こえてきた。
「あそこの廃工場か……。クソ、今からじゃ誰も間に合わないよな。言われた通り一人で行くしかないのか……」
しばらくすると足音がしたので透人は少し迷った後、廊下の角に隠れた。
そして紅輝が教室が出てきたが、その顔は険しい。何か悩むような素振りをした後、透人と反対方向に歩いていった。
紅輝が完全に見えなくなった後、透人は紅輝が出てきた教室の前まで進み中を覗いた。だが、そこには誰もいなかった。
「ま~た怪しいところに遭遇しちゃったなぁ」
透人は普段通りの呑気な声でそう言って考えこむ。
ただしその内容は、
「火口君も気になるなぁ、御上君は今のところどうしようもないしなぁ」
というものだ。
つまり、透人は昨日危険な目にあったというのに全く懲りていないのだった。