第二十一話 逢魔が時の怪
透人はゲームセンターを出た後、帰る方向が違う紅輝と別れて充と二人で自転車に乗って帰っていた。
ところが、ある程度進んだ辺りで充が急に自転車を止めた。
「あーっと、悪い。先に行ってくれ」
「別にいいけど、どうかしたの?」
「忘れてた事があってな。寄らないといけないところがあったんだった」
「……ふーん、そう」
そうして充は来た道を引き返していったのだった。
いつもと様子が違うような気がしたが、透人は問い正したりはせずに見送った。
それというのも、充が止まったのとほぼ同じタイミングで透人も違和感を感じたのだ。すぐにその感覚は無くなった上に何も無かったのだが、同じタイミングという事が気になった。
それに加えて力雄の件もあったので、この先に何かがあるかもしれないと思ったのだった。
それから透人は一人で自転車を走らせるが、しばらくたった頃ある事に気づく。
人が一人もいないのだ。
その場所は大通りで、時間は夕方。
普段ならば学校や仕事帰りの人間が大勢行き交っているのに今は透人以外に見当たらなかった。
しかも、通行人だけでなく道路にも車一台通っていない。
まるでゴーストタウンだ。
これは明らかにおかしいと思っていると、更におかしな出来事が起きてしまった。
「ん?」
まっすぐ進んでいた筈なのに、いつの間にか充と別れた辺りに戻ってきていたのだ。
少し考えてからその現象が何なのか確かめる為、透人は後ろに戻ってみる。
すると突然見えていた景色が切り替わってしまった。
そこは直前までいた場所だ。
その後、何度もいったり来たりして確かめたが、いつも同じ場所で景色が変わってしまい、それ以上向こうに行くことは出来なかった。
どうやらある一定の範囲に閉じ込められてしまったようだ。
そこで透人は真剣な顔つきで考える。
「これは無限ループってことだよなぁ。それに人払い、かな。結界かなんかかなぁ」
閉じ込められてしまったというのにやっぱり普段通りだった。
考えてみたが、他には力雄が関わっているだろうとしか分からない。やはり情報が足りない。
情報面だけでなく、脱出するにも力雄やその関係者と合流するのが一番早いだろう。
そこで、人を探しつつここの事を調べようと霊視を使いながら脇道に入っていった。
しばらく調べてみたが、大通りだけでなく脇道からも出ることは出来なかった。
人も見つからなかったが、建物の中にいるのは確認できた。ただ、外に出ようとする人は一人もいなかった。
結果として分かったことといえば、どこからも出ることは出来ないが、一般人が入ってくることもない、ということだけだ。
ならば何故自分は入ってこれたのだろうか。
イレギュラーだからなのか、それとも他に原因があるのか。
いくら考えても答えは出ない。
それでも考察を続けていると霊視による視界に人影を感じた。
誰か関係者がいるかもしれないと考察を止め、そこに向かっていった。
念のために角から顔だけを出して覗きこむ。
そこにいたのは、着物姿の女性。
何をするでもなく顔をうつむけて佇んでいる。
明らかに怪しかった。
しかし、敵か味方か分からない。
判断材料を探そうとそのまま観察していると女性の前に細い糸の様なものが見えた。
もしかしたら罠かもしれない。
そう思ったものの、他に手がかりは無い。そこで安全策をとる事にした。
まずティッシュを取りだし、サイコキネシスで操作する。見られても怪しまれなくする為に風に吹かれて飛んでいる様に糸に近づける。
するとティッシュが糸にくっついてしまった。どうやら強い粘着性があるらしくどうしても離れない。
そこでひとまず視線を外すと女性が糸に歩みよっていくのが見えたので、透人は身を隠して霊視で様子を見る事にした。
すると女性の魂に変化があった。
手と足が細くなり、新しく生え、体が膨れ上がる。
そのシルエットと粘着性のある糸。
それでもう女性の正体は分かったが、透人はつい角から顔を出して覗き込んでしまう。
そこにいたのは大の大人程もある巨大な蜘蛛だった。
蜘蛛は糸、いや蜘蛛の巣にかかったのがティッシュだと知ると動きを止めた。
罠に獲物がかかっていないと分かったのか辺りを見回す。
その赤く光る目に透人の姿が写ってしまった。
慌てて顔を引っ込めるがもう遅い。
蜘蛛が動き始めたのと透人が自転車に跨がり逃げだしたのはほとんど同時だった。
「宇宙生物……じゃないよな。今日は黄山君の担当みたいだし。やっぱり変化する蜘蛛ってことは女郎蜘蛛あたりかな。だとすると黄山君は妖怪ハンターなのかなぁ」
逃げながらも相手を分析し、恐らく妖怪の一種だろうと予測した。途中から分析する対象が変わっていたがそんな細かい事はどうでもよかった。
そうしている間にも追いかけてきた蜘蛛との距離はどんどん短くなっていく。
そこで透人は逃げきる為には手段を選ばない事にした。
相手は知能や意思がある訳ではないようなので別に堂々と使っても問題ないだろう。
透人は再びティッシュを取り出して後ろに投げる。そして、サイコキネシスで操作し蜘蛛の顔を覆いつくす。
その上ですぐ近くの角を曲がった。
視覚を封じたのでその場面は蜘蛛には見えていない。普通なら追ってくる事は出来ない筈だ。
しかし、蜘蛛は透人を正確に追ってきた。
嗅覚や聴覚で分かったのか。もしかしたら五感以外の感覚があるのかもしれない。
何にせよ、簡単に逃げきれそうにない。
なので透人は次の手を試す事にした。
鞄から一冊のノートを取りだして一旦止まる。そして、目当てのページを開き背後を振り返る。
今度試すのは、魔法。
「ショット」
圧縮された空気の弾丸が蜘蛛を吹き飛ばした。
何かあった時にいつでも魔法を使えるよう常にノートを持っているのだ。サイコキネシスと違ってバレないように練習するのは難しい為、使うのは久々だったが問題無く発動した。
とはいえ、この魔法一発で終わりではないだろう。
蜘蛛はすぐに体勢を立て直して透人に向かってきた。案の定、怒らせてしまったようだ。
そこで透人は道を抜け、広い通りへと移動した。戦いやすいように位置を調整して待ち構える。
そして、タイミングを合わせて魔法を放つ。
「ショット」
空気弾により吹き飛んだ蜘蛛はちょうど建物の角に激突した。
襲いかかってくる前にもう一度放つ。
しばらく様子を見たが今度はなかなか起き上がってこない。
この調子で魔法を繰り返し使っていれば撃退できるかもしれない。
そう安心したところで、別の懸念が浮かび上がった。
妖怪ハンター、かもしれない力雄に魔法を見られるのはマズイのだ。
そこで透人は目の前の蜘蛛に注意をはらいつつ、霊視を使う。
すると目の前の蜘蛛とは別の方向、真後ろに魂を感じとった。
振り返った先にいたのは着物姿の女性。
もう一匹の蜘蛛か。
危険を感じ、新しく現れた女性に魔法を放とうとして、躊躇した。似てるだけで味方の可能性もあるのだ。
少し迷い、どちらでもいいように急いでその場を離れようとした。
しかし、その場を離れる前に何かに引っ張られる様にして自転車は横転した。
その「何か」とは糸だった。
自転車に糸が巻きついていて、その先は最初の蜘蛛の口からのびてきている。
その事を確認した瞬間、透人は自転車を置いて走り出した。
「ブロック」
糸への備えとして後ろに魔法で空気の壁を作っておく。
今回の蜘蛛はこの前の土人形より強そうで強度が不安があり、使わなかったのだが糸なら問題ないだろう。
透人の判断が早かったのか、蜘蛛は僅かに遅れて予想通りに糸を吐いてきた。が、その糸は空気の壁によって遮られる。
その後、蜘蛛は時間をおいてから透人に向かって突き進んできたものの、それも空気の壁が防いだ。強度については杞憂だったらしい。
これなら壁に囲まれた狭い場所の入り口に空気の壁を設置すれば安全地帯を造り出せる。
とはいえ、二匹目がいたのだから他にいてもおかしくはない。三匹目がいるところに自分から飛び込んでしまったのでは笑えない。
しかし、それを防ぐ術ならある。
透人は意識を集中して周りを探る。
すると後ろに二つの魂を感じとった。
周りには自分を合わせて三つの反応しかない。
ただし、走りながらなのであまり広い範囲を探る事は出来なかった。練習は続けているので始めた頃よりも霊視の精度は良くなっているのだが、落ち着いた状態ならば更に良くなるのだ。
それでも近くにいないと分かれば充分だ。
透人は狭い路地に入ると再び空気の壁を作る魔法を使った。
そこで一旦呼吸を整えると透人は再び霊視を試す。
追いかけてきた蜘蛛はまだ空気の壁のところに留まっている。迂回するという知性はないのかもしれない。
そして、離れたところにもう一匹の蜘蛛がいた。やはりあの女性も蜘蛛だった様だ。いつの間にか変化していた。
しかし、何故かその一匹は透人から遠ざかっていく。
回り込んで後ろから襲おうとしているのか、そう考えたが違っていた。
二匹目の蜘蛛が向かう先に、魂の反応があったのだ。その魂は蜘蛛のものではなく人の形をしている。
蜘蛛が正体を表して襲っているというのなら変化した仲間ではないのだろう。
自分と同じように迷いこんだのか、それとも蜘蛛を退治しようとしているのか。
ここからではどちらだろうと何も出来ない。
透人に出来るのはせいぜい一匹を引き付けておく事ぐらいだ。
いや、こちらの蜘蛛を倒せば向こうに加勢する事は出来るのかもしれない。
そんな思考を重ねていく内に、離れたところの蜘蛛と正体不明の魂はもう接触しようとしていた。
時間は無かった。
結局透人には何も出来ず、それでも霊視で様子を探る事は続ける。
そして、ついに二つの魂が接触した。
それから少しばかりの時間をおいた後、
ドゴオォォォォォォン!!
轟音が響き渡り、透人の霊視から魂が一つ消えた。




