第二十話 非日常の予感
視界にはおぞましい姿のモノがうごめいていた。
動く死体、すなわちゾンビの群れだ。
それらはゆっくりだが確実に前へ前へと進んでくる。
その内の一体に銃弾が命中する。
それを切っ掛けに次々と銃弾は放たれ、それを浴びたゾンビは倒れていく。
しかし、ゾンビはあとからあとから湧いてくる。
それでも放たれる銃弾は一発も外れることなくゾンビを殲滅していく。
それを成し遂げる為に銃の持ち主の意識からは自分と敵以外の存在は消え去っている。
だからこそ、余計な雑音など聞こえていなかった。
「オイ、オーイ。コラ麻生無視すんな」
「いやぁ。これは無視してるんじゃなくて集中してて聞こえてないんだよ」
紅輝が苛々しながら発した言葉に透人はのんびりした調子で返す。
透人達は今日、学校の帰りに近くのゲームセンターに寄っていたのだ。
ところが一緒に来ていた充は店内に入ると、脇目も振らずに今やっている筐体のところにやってきて一人でゲームを始めたのだった。
充に呼びかけるのを諦めた紅輝は充を見ながら透人に聞く。
「コイツ、そんなにこれが好きなのか」
「うん。といっても好きなのはこのゲームというより銃なんだけど」
「つまりガンオタクって奴か?」
「火縄銃からSFな光線銃まで好きだね」
「……コイツも結構変な奴だったのか。やっぱ透人と昔からつるんでるだけのことはあるな」
紅輝は一人で納得したように頷いている。
紅輝は透人が超能力者になった一件以来、透人とよく遊ぶようになっていた。充とは透人を通して友達になったのだが、銃の事は今初めて知ったのだ。
紅輝の発言に何かを言い返すことはせず透人は提案する。変人扱いされているのは分かっているが別に気にしていなかった。それに紅輝も充分仲間である。
「しばらく続けてると思うけどどうする? 見るの飽きたなら他のゲームやろうか?」
「えっ、えーと。置いていっていいの?」
おどおどとした返事をしたのは小柄で気弱そうな少年だ。見た目から中学生、下手すると小学生に間違えられることもあるが立派な透人達のクラスメイトである。
今回のメンバーは透人と充と紅輝、それにこの小柄な少年、黄山力雄の四人だった。
力雄は充の隣の席で、話している内に友達になったらしい。今日はゲームをあまりしたことが無いという力雄を充が半ば無理矢理連れてきたのだった。
だがその力雄を放っておいて充は一人で自分の好きなゲームをやっていた。
無責任だが好きな事が絡むとよくある事なのだった。
「まあ、昔からよくやってたし。終わったてから合流すればいいよ」
「なら行くか? オレは格ゲーがやりたい」
紅輝はあっさりと透人の提案を受け入れ、他の場所へと歩き出そうとした。
「えっ? ちょっ、えぇと…………待ってよー」
力雄もおろおろと迷っていたが結局は透人と紅輝のあとを追っていった。優しいのだが流されるタイプなのだ。
その後は初心者である力雄に色々と教えながら遊んでいた。
ただし、それは透人だけの話だった。
紅輝は格闘ゲームでの対戦で力雄相手に一切手加減しなかったのだ。
小柄な力雄は一部の女子からマスコット扱いされていた。それが気に入らない、というか羨ましかったというのが理由だった。
そんな理不尽にも力雄は文句を言わずにつづけていた。よく分かっていなかっただけかもしれないが、紅輝の仕打ちは気にしていないようだった。
だが、紅輝は報いを受ける事となる。
それは充が合流してきたという事で四人でできるエアホッケーをやった時に起こった。
その際、力が強かったのか力雄が打ったパックが盛大に垂直方向に弾けとんだ。そして紅輝の顎に命中し、悶え苦しむこととなったのだ。
そして力雄があたふたしながら何度も謝った後、紅輝は力雄への対応が少し優しくなった。
そんな感じで色々あったが楽しんでいた。
しかし、しばらく遊んだ後、突然雲行きが怪しくなった。
力雄が携帯電話を見ると突然顔色を変えたのだ。まるで何かに怯えているかのように。
紅輝がその様子を見かねて声をかける。
「オイ、どうかしたのか?」
「……あ、ええっと、ごめん。すぐに帰らないといけなくなっちゃった」
「何があったんだ? 大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫。急がなきゃいけないからいくね」
「……あぁ、分かった。じゃあな」
紅輝は力雄の様子を見て心配していたが、先程までとは違う強い口調で言ったのであまりしつこくは聞かなかった。
そして、力雄は慌てた様子で出ていこうとする。
明らかに怪しい挙動だ。
透人はもしかしたら裏の世界に関係することかもしれないと思ったが特に行動は起こさなかった。いや、起こせなかった。
何故ならその時、透人はあるゲームで充との協力プレイをしていたのだ。しかも、調子が良くてハイスコアを出せそうだった。それでなくても途中で投げ出す事は透人には出来なかった。
ただの可能性に過ぎないこともあった為、仕方なく黙って見送った。
そうして無事記録を塗り替えた後は三人で遊んでいたが、それほど時間をかけずに帰ることにした。紅輝も家の手伝いがあると言ったからだ。
ゲームセンターを出た透人は残る二人から少し距離をとる。そして、誰にも聞かれないような声で呟いた。
「黄山君は何だったんだろ? まあ、これから巻き込まれるかもしれないからその時に分かるか」
透人はそう予想したが、今までの経験から何とかなるだろうと気楽に構えていた。
*
「遅いっ! 何やってたのよ力雄!」
力雄がとある建物の前にたどり着くと待っていた少女に厳しい声をかけられた。
「えぇっと、ごめん。ちょっと……遊んでて」
「遊んでたぁ? アンタ自分が何なのか解ってないんじゃないの!?」
「……ごめん」
少女は力雄の台詞で更に声を荒げる。
それに対し力雄がひたすら謝っていると、建物から一人の女性が出てきた。
「まあまあ。そのくらいにしてあげなさい。私達にとって友達との繋がりは大切なのよ。美夏も解るでしょう?」
「…………それは、まあ。そうですけど」
女性が優しげに言った言葉に美夏と呼ばれた少女は渋々納得した。
「じゃあこの話はおしまいね。早速お仕事の話を始めましょう」
女性は力雄と美夏を建物の中へと促す。
三人が中に入り、地図が置かれたテーブルに着くと力雄が口を開いた。
「えっと、泉さん。状況はどうなっているんですか?」
「兆候はあっても出現まではまだ時間はあるわ。これなら人払いも間に合うわね」
「だったら今日は大丈夫そうですね」
泉と呼んだ女性の言葉に力雄は安心したような表情を見せる。
しかし、美夏は力雄とは反対の浮かない顔で否定した。
「……そうでもないわよ」
「え?」
「今日はね、数も多いし範囲も広いのよ」
「ええ。十体くらいの反応がバラバラにあるの」
美夏が説明し、泉が補足を入れた。
しかし、その情報を聞いても力雄は表情を変えなかった。
「だったら、やっぱり大丈夫ですね」
「……何言ってんの力雄。ちゃんと話聞いてたの!?」
美夏が怒ったように言うと力雄は押され気味に、しかしはっきりと答えた。
「えぇと、だって危ないのは僕たちだけで、関係無い人達に危険はないんでしょ? だったら僕たちが頑張ればいいだけの話だよね?」
力雄の言い分を聞いた美夏は一瞬たじろぐ。しかし、すぐに気をとり直して不満そうに言い返す。
「……だから、それが危ないんじゃないのよ!? 関係無い人が無事ならウチらはどうなってもいいの!?」
「えっ、いやっ、そ、そんな訳ないよ。美夏も泉さんも大事な仲間だよ」
力雄がそう言うと美夏は力雄から顔が見えないようにそっぽを向いた。
「………そういう事を平然と言わないでよ」
「えっ、あれっ? 何? どうかしたの?」
力雄は美夏の様子にどうしていいか分からないようでおろおろしていた。
そこに今まで傍観していた泉が微笑みと共に告げる。
「二人共、お話もいいけどそろそろ準備を始めないと逢魔が時に間に合わなくなるわよ~」




