第十九話 彼女の苦労はまだまだ続く
「はぁ~~~~」
登校した生徒で賑わいだした朝の教室。
そこで早喜は机に突っ伏して盛大なため息を吐いていた。
登校してきたのはいいが昨日の疲労が残っているのだ。このまま授業が始まるまで寝てしまおうかという考えが頭をよぎる。早喜は基本的に真面目なのでサボろうという気は最初から無かった。
だが、聞きなれた声が耳に届いた為、その考えが実行される事はなかった。
「………えっと、さきちゃんどうかしたの?」
早喜に声をかけたのは中学校からの友人であるアンナだ。
早喜が顔を上げるとアンナは心配そうな表情をしていた。
しょうもない事で心配させるのも悪いと早喜は姿勢を正して答えを返す。
「ああ、アンナか。何でもない。ちょっと疲れてるだけだから」
「でも、いつもなら部活くらい平気だよね?」
「……あー。まあ、昨日はちょっとな」
早喜は野球部に入っていた。一応マネージャーという立場なのだが、人数が少ないので練習に参加させてもらっている。
この学校には、宇宙人の存在を知っているという怪しい連中にほとんど強要される形で入学していた。
それでも野球が続けられているので割と気に入っていたのだった。
しかし、疲れているのは部活動で体を動かしたからではない。
宇宙人がミスをやらかしたからだ。
そのせいで宇宙生物と闘ったというのが肉体的な疲労の原因。
そして、宇宙人とその存在を知ってしまったクラスメイトへの対応が精神的な疲労の原因だ。
アンナにさえ秘密にしているのによく知らないクラスメイトにバレてしまった。しかも、次々変化していった状況にも平然としていて、会ったばかりの宇宙人と意気投合までしたのだ。
もう意味が理解できなかった。
言いたい事を思い出したので話題を変える。
あまり疲労の原因に触れられたくないのでちょうどいい。
「アンナ、よく明海と仲良くできるな」
「ふぇ? とうどくんがどうかしたの? 別に普通のいい人だよ?」
「……ああ、そうか。天然同士気が合うのか」
唐突な話題変換だったがアンナは妙に思わなかったようで、すぐに不思議そうに首をかしげて言った。
それを聞いて早喜は何だか納得してしまった。
その後、早喜はため息をつき、アンナに頼み事をする。
「アンナ、なんか甘いもんくれ。少しでも回復したい」
「うん。わかっ…………さきちゃん、どうして私がお菓子持ってるって知ってるの!?」
「…………だからこれ以上疲れさせないでくれよ」
いつの間にか始まってしまうアンナとの漫才。
それがいつもの一幕であったのだが今日はやる気が起きなかった。
*
放課後の理事長室。
裏の事件があった為にそこを訪れた透人はいつもと様子が違う事に気づいた。
テーブルの上にはジュースが注がれたグラスとスナック菓子が並んでいたのだ。
笑亜が用意したのだろうが自由に振るまい過ぎである。
だが透人は「イメージと違うな」と思った位で、すぐに用意されたものを口にしながら笑亜との会話を始めた
すっかり馴染んでいる。
というより、考えてみれば最初からそうだったかもしれない。
「なんか今回の事件は大した事無かった、というかそもそも事件て呼ぶようなもんじゃなかったよね。自分達で起こして自分達で解決しただけだし」
「フフフ、そうね。日村さんの場合は他の"主人公"とは違って敵なんていないのよ。……強いていえば身内の宇宙人が敵なのだけど」
透人の台詞を微笑みながら肯定した笑亜はそこで一旦言葉を切った。そして、真剣味を帯びた目つきで続ける。
「でも、宇宙人全体がそういう訳でもないのよ。シリアスな宇宙人なら他のところにいるもの」
「他?」
透人は笑亜の話に食いつき、スナック菓子にのびていた手を止めた。どうでもいい事だが透人は全く遠慮していなかった。
その反応を確認した笑亜は満足そうに笑った後、真剣な表情に戻って頷く。
「ええ、無差別に人を襲うエイリアンや地球を侵略しようとする宇宙人相手に戦闘をしてる人達がいるのよ。世界のあちこちにね」
「じゃあマコトさんは特殊なケースなの?」
「そうでもないわ。漂着したり移住してきたりと事情は様々だけれど、地球に友好的な宇宙人も多いもの」
敵対的なものと友好的なもの、合わせると一体どれだけの宇宙人が地球にいるのか。いくつか聞いた事のある宇宙人に関する都市伝説は真実なのか。
そんな風に透人が考えていると、笑亜は再び透人の興味を刺激する発言をした。
「まあ、一度UFOの大艦隊が本格的に戦争を仕掛けてきた事もあったらしいのだけど」
「………前に言ってた地球の危機ってやつ?」
「フフ、そうね。友好的な宇宙人の協力なんかもあって追い返したらしいのだけれど、規模としては前代未聞のものだったようね」
地球の危機だったという事を認めておきながら、笑亜はあっさりと何でもない出来事のように語った。既に終わった事とはいえ、笑いながら語る内容ではない筈なのだが。
ただ、それらの言葉に透人は引っ掛かりを感じていた。
「神無月もよく知らないの?」
「ええ、それがあったのは何十年も前の事だもの。知っているのは参加していた理事長先生から聞いた話からよ」
「理事長が参加してたの? ……どんな風に闘ってたの?」
透人は興味津々といった様子で尋ねる。
怪しい組織のボスの戦い方に興味が湧いたのだ。もしかしたら自分が戦う時の参考になるかもしれない。
しかし、笑亜が答えた内容は透人の予想外のものだった。
「宇宙人もUFOも素手で殴り飛ばしてたらしいわよ」
「……魔法とかじゃなくて? 理事長も格闘家なの?」
「違うわね。理事長先生はマッドサイエンティスト、いえ錬金術師といったほうがいいかしら。とにかく趣味特技が怪しい薬の開発なのよ」
「さっきと言ってる事が違うけど」
素手で殴るという戦い方と薬の開発という趣味は噛み合わない、と透人は感じた。
それに、理事長はがっしりした体格で薬の研究者にはとても思えなかったのだ。
だから透人は、笑亜が妖しく微笑みながら話すのを聞き漏らさないようにしていた。
「フフ、理事長先生が作るのは、魔法薬に妖怪の秘薬、それからありとあらゆる世界の素材を使った薬よ。それで身体能力を強化して闘うのが理事長先生のスタイルなの。それ以外にも大抵の怪我や病気を治したり、特殊な効果を持たせたり、理事長先生の薬は何でもありなのよ」
どうやらあの体はドーピングだったらしい。
しかし、イレギュラーという存在の特性を生かした、他の誰にも真似できない薬の開発。それが理事長の趣味特技であり、アイデンティティなのだろう。
「成程。そういう感じなのか。でもあんまり組織のボスっぽくないね」
「そんな事ないわよ。いくつもの薬で何段階も強化していくもの」
「ああ、それは確かに悪のボスっぽいね」
確かに悪のボスらしいのだが、それは同時に主人公に倒される役でもある。
そんな存在の下につくというのがどういう事か考えた透人だったが、別にいいか、と簡単に結論を出した。今のところは特に問題無かったからだ。
「話が逸れたわね。どうでもいいことはおいて宇宙人の話に戻りましょうか。何か聞きたい事はあるかしら」
理事長の話はどうでもいいことだったらしい。自らの組織のボスに対してその扱いはどうなのだろうか。
ただ、それは笑亜だけでは無かった。透人も聞きたい事があった為にすぐに笑亜の話に従って質問をしたのだ。
「移住してきた宇宙人がいるならマコトさんも宇宙に帰れるんじゃないの?」
「ええ、協力してもらえば帰れるでしょうね」
「何で放っておくの?」
宇宙人を帰してしまえばこの辺りでは宇宙人に関わる事件は起きなくなるだろう。
その当然の疑問の答えを笑亜は少しの間をおいてから話し出した。
「……そうね、私達はあまり干渉するべきでない、という理由もあるのだけれど。大きな理由としては、やって貰わないといけない事があるから、かしらね」
「それは?」
含みをもたせた台詞が気になり、期待を込めて透人は続きを促す。
「前に言った通りよ。他の"主人公"達に経験を積ませる為だったり、いざという時の戦力だったりね」
「それだけなら別にマコトさんはいなくてもいいと思うけど。まだ何かあるの?」
その言葉に笑亜は妖艶に微笑んだ。
透人はその何度か見た覚えのある表情によりある予想を思いついていた。
「そんなの決まってるじゃない。星の枠を越えた友情、もしくは恋愛ストーリーよ」
笑亜は愉しそうに言い切った。完全に面白がっている。
自分が楽しむ為だという透人の予想は当たっていた。そんな笑亜と勝手に期待されている早喜に対して色々と思うところがあったが、何を言っても無駄そうだと透人は思った。
だから、透人は代わりに根本的な問題について聞いてみた。そうやって自分の好奇心を優先する辺り、透人も笑亜の事は言えない。
「……友情はともかく恋愛はどうなの? 本来の見た目はあんな感じだけど」
「フフフ。だからこそ面白いんじゃない。貴方はそういう話は嫌いなのかしら?」
「いやー、まあ、たまにカリーから少女漫画借りて読んだりするけど」
「フフフ、そう」
透人は笑亜の問いに直接は答えなかった。だが、笑亜はそれで満足したのか笑って頷いた後、話を進める。
「最初は友情でもいいと思っていたのだけど、その枠は貴方が適任になりそうよね」
「確かにマコトさんとは仲良くなれそうだけど」
「そのせいで日村さんには友情以外に期待するしかなくなってしまったじゃない」
「それって俺のせいなの?」
透人の言葉に笑亜は笑い声だけを返した。元々何か返答を望んでいた訳ではない軽口なのでそれはいい。
ただ、笑亜の態度を少し不思議に思っていた。
「というかそんなにそういう話が見たいの?」
「フフフ、勿論。私だって女の子だもの」
「………んー、なんか凄い違和感があるんだけど」
「あら。それは失礼じゃない? どんな存在だろうと私も女の子なのよ?」
笑亜は言葉とは裏腹に微笑んでいた。
しかしながら、透人が抱いた違和感は笑亜が自分を女の子だと言った事に対してではない。
恋愛話を見たい理由についてだ。単に女性だからそういった話を好んでいる、という話ではないと思ったのだ。
だが、それについて尋ねる前に笑亜が先に話を進めてしまった。
強引ではないが透人の言葉の意味を理解した上でわざと違う方向に話を持っていった気がした。
それに笑亜のはっきりした口調からも簡単に聞いてはいけない事の様に感じた。それが何故なのかは想像もつかない。
知り合ってから一ヶ月以上経つがまだまだ知らない事ばかりだ。
透人はそう思うと同時に、今まで会った裏の世界に関わる人間を思い出した。そして、その中で一番長い時間を一緒に過ごしているのは笑亜だと改めて認識したのだった。
その割には情報が少ない笑亜がどういう人間か知る為にも話は多くした方がいい。
という訳で早喜には悪いが、異星間の恋愛がどういう結果を生むかお互いの予想を踏まえての話し合いを始めたのだった。




