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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十三章

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第百十七話 役柄には不足無し

「せいじろうくん、大丈夫?」

「……ああ、問題ない」


 校舎に近いグラウンドの端、防衛ラインと設定された空気の防壁が存在する地点。


 アンナの助けもあって細身の男を撃破した清慈郎は、周囲の安全を確保してから無事肉体に帰還した。

 戻った途端、体のあちこちから痛みを感じた上、疲れも重くのしかかってきた。足元をふらつかせてアンナに心配された程だ。だがそれでも本調子ではないだけで、リタイアする理由にはならなかった。

 邪魔をしていた男は倒れた上、後方に追加された怪物もいつの間にか消えていたとはいえ、怪物はまだまだグラウンドにのさばっている。

 奴らを全滅させて平穏を取り戻すまでは無理をしてでも戦い続ける所存だった。


「む?」

「ふぇ?」


 と、本気でそう思っていたのだが、途中で事情が変わってしまった。

 再開された二対多数の乱闘の最中、残っていた怪物が次々に正門の方へ向かっていったのだ。地面で気絶している男を放置して。


 突然の戦闘終了によりアンナはキョトンとし、不思議そうに呟きを漏らす。


「ふぇ? え、どうなってるの……?」

「撤退、か……?」


 清慈郎もまた戸惑いつつそう口にしながら、内心ではその可能性は低いと考えていた。

 無傷であった怪物が逃げるのはいいとしても、清慈郎が魂を斬って行動不能にした個体も全て遠ざかっていったからだ。しかも起き上がったのではなく、何者かに無理矢理引っ張られているような不自然な動きで、である。

 同じく気絶している仲間を置いて怪物だけを回収するという事についても違和感を抱く一因となっていた。


「せいじろうくん。私達の勝ち、なのかな? もう……戦わなくていいのかな?」


 アンナは細い声で問いかけてきた。その表情は期待より不安が勝っており、本人も信じていないのは明らかだ。

 すがる手を振り払うようで心苦しくはあったが、油断させるのはよくないと清慈郎はキッパリ答える。


「……いいや、違うだろうな。最後に何か大きな隠し玉が用意されていそうだ」

「やっぱり、そうかな。……じゃあ、私達もこんな所にいちゃ駄目だよね」

「ああ、すぐに追いかけよう。どうにも嫌な予感がする」



  *



「うああああ!? ちょ、待て! 何だこれ一気に来たぞ!」

「落ち着きなって早喜ちゃーん。主人公はピンチの時こそ堂々とするもんだよ。ほら笑って笑ってー」


 敵の援軍を見て慌てた早喜を、市乃は胡散臭い笑顔で励ます。そんなふざけている調子が今は頼もしく感じられた。


 砂を操る女を市乃が倒したおかげで再び怪物退治に専念出来るようになり、早喜達はひとまず周囲の怪物を倒し切った。

 そうして安心していたところを乱してきたのが逆走してきた怪物の軍勢だ。気持ちが緩んだ時に予想外の事態に出くわし、早喜は大きく混乱したのだった。

 条件は同じなのに市乃は至って平常なのが気に食わない。ふざけた態度に落ち着かされたのが更に気に食わなかった。

 しかし有難く受け取る他ない。精神的に助かったのは事実なのだから。


 改めて早喜は決意を固めた。散々繰り返してきた事を堅実にこなすだけだと。

 市乃が今まで通り棒手裏剣を投げて足止めし、早喜は止めを刺す。やる事はたったこれだけだ。

 それをこなすべく、早喜は深く腰を落として身構える。


「って、あり?」

「……あーれ? ……ピンチではない?」


 だが、怪物の群れは二人を綺麗に避け、前方へと流れていってしまった。

 市乃に視界を潰された怪物もだ。まるで海が割れたように、早喜達がいる近辺だけ空白地帯が広がる。

 あまりに完璧に無視されるものだがらかえって不安な気分になった。助かるのだが拍子抜けだ。

 根拠はないものの妙に胸騒ぎがし、落ち着かなくなった早喜は市乃に詰め寄った。


「おい、市乃。これが何だか知ってるか? 知ってるよな?」

「ちょっとちょっとー。私も全部知ってる訳じゃないってばー。けど……そうだね。もうクライマックスが近い、って事じゃないかな?」



  *



「お、増えた方は片付いたみてえだ。残りはあれだけだな」

「おっしゃ、あとはもうたった一つだけか。気合い入れんぞ!」

「うん。二人も、気をつけてね。皆で、勝とう!」


 鞘が出す反応から、金悟は心配事が完全に解消された事を確認した。それを受けた紅輝は握り拳を逆の掌に打ちつけ、力雄は真っ直ぐな眼差しで大きくシンプルな意気込みを発した。

 随分と暑苦しい事である。もっとも、金悟も人の事は言えなかったのだが。


 それぞれの相手に勝利した後、金悟達三人は合流していた。眼前の困難を協力して打ち破る為だ。

 虹色の光の前には、拠点を防衛する為の戦力が整っていた。ずっと戦いに参加していなかった、防衛専門の番兵だ。

 その護衛を退けて世界の入り口を閉じれば、この騒動はようやく終わりを迎える。

 意識せずとも気合いが入ろうというものだ。


 が、突撃をかける前に突如地響きが発生。

 だんだん大きくなってくるそれの原因は、後ろを振り返った事で発覚した。

 背後から獣の群れがUターンしてきたのだ。守りを優先するべく戦力を補充したのだろうか。


「チッ。挟み撃ちか! そっちは任せた!」

「そっちこそ、オレ達の背中は預けるぜ。ヘマすんなよ!」


 金悟と紅輝が互いに補助を求め合う。これも今回の件で形成しつつある信頼あってこそだ。戦闘開始当初では決して有り得なかった掛け合いだろう。

 ただし、そこに待ったがかかる。


「……待って! 二人共、あれを見て!」


 力雄が指し示したのは世界の境界である虹色の光。

 そこから不気味な獣が現れたのだ。


 丸っこくてブヨブヨした体。目鼻はなく、存在するのは鋭い牙がズラリと並んだ口だけ。この日ずっと見てきた獣の中でも、特に気味の悪い個体だった。

 その獣が、近くにいた獣を数体纏めて一口で喰らった。味方である筈なのに一切の遠慮容赦もなく。

 獣らしく音を立てて汚く貪る、その間にも餌が自ら口へ飛び込んでいく。後ろから来た獣の群れも金悟達を襲わず、真っ直ぐ口の中に入っていった。

 おぞましい光景からは背筋が寒くなる程の狂気を感じた。操作されての行動なのだから、その元凶たる人物が備えた狂気だ。


 しかも、不気味な恐怖はまだまだ加速する。

 生け贄を噛み砕く度に、口だけの化け物は威容を増しているのだ。

 決して気のせいでも雰囲気に呑まれた訳なく、現実に体積が増えていた。最初は人の背丈程度だったというのに、今では三階建ての建物程もある。

 喰らった分だけ巨大化する。そういう能力があるのだろう。


「なん……っ!」


 残虐で異様な光景に戦慄し、絶句する三人。目は限界まで開き、体も小さく震えていた。

 チャンスだと頭では分かっていても、攻撃を加える事が出来なかった。ただただ呆然とするばかりだ。


 やがて暴虐を働く口の持ち主が食事を終えると、その形は更に恐ろしく変貌した。

 そして大口が豪快に開かれ、奇怪な吠え声が放たれる。


 それは根源的な恐怖を呼び起こす、強大な獣の遠吠えだった。



  *



「ふぅ。やっと終わったかな……」


 涼風がザワザワと葉を揺らす音だけが鳴る、静かな校舎裏の木陰。

 透人は長く息を吐き出しながら額の汗を拭った。疲れているような動作だが、無表情な顔つきではそうは見えない。

 超能力、魔法、鍵。持てる力を使っての戦いだったので、体力的にも精神的にも消耗しているのは確かなのだが。


 彼は丁度今、追加で出現していた虹色の光を全て閉じ、出てきていたモンスターも全滅させたところだった。

 とはいえ全てが一人の手柄ではない。直接見かけてはいないものの、先生(と、誰かもう一人)も活躍していたのは知っているのだ。


 霊視による確認も終えた。あとの敵はグラウンドに残るのみである。


「というか神無月。何で俺は一人別行動だったの? いや、先生もいたし皆は皆で大変だったのは分かってるけど」


 主戦場へ行く道すがら、透人は今更な質問を笑亜に尋ねる。

 特に不満があった訳ではなかったが、それなりの理由がありそうで非常に気になったのだ。


『決まってるじゃない。貴方が幹部を相手にするなんて役不足だもの』

「……それ、どういう意味で使ってる?」

『役の方が不足しているという意味よ』

「幹部を相手するのは荷が重いから大人しくしてろって意味じゃなくて?」

『フフフ。そんな訳ないじゃない。秘密兵器は最後まで温存しておくものでしょう?』

「んー、まあ確かにそれは基本なんだけ、どっ!?」


 テレパシーを介した会話中に、緩んでいた空気を壊す騒音が轟いた。


 鼓膜が破れそうな程の、奇怪な大音声。恐らくはモンスターのもの。

 反射的に立ち竦み、耳を塞ぐ。肌の上を波が走り、音は振動なのだと実感出来た。

 咆哮が止んでもしばらくは残響し、見えざる枷となってその場に透人を縫いつける。


 だが、彼は平静さを取り戻すと、怯えを振り払って即時に行動を開始した。

 念の為リングに残していた力も使って全力以上の速度で走りつつ、霊視で敵の正体を探る。


 ただし、そうする必要はなかった。


「んー……。また凄いの来ちゃったな」


 校舎裏から抜け、グラウンドへの視界が開いた時、嫌でも目に飛び込んできたのだ。

 人間がちっぽけに見える程の巨大なモンスターが。

 モノクロ世界の住人らしく色は無い。目鼻がないので大口だけが目立つ、顔と胴が一つになった体。そこからは蛇のような首が幾つも生えていた。当然一本一本が、それだけでも充分強そうな大蛇である。

 規格外に巨大、かつ気色悪くおぞましいフォルム。確かに秘密兵器に足るボスモンスターの風格が備わっていた。


 そんな強大な存在と、七人のクラスメイトが戦っている。

 遠目からでも動き回る小さな影や、赤い炎が見えた。

 彼らに諦めはなく、しっかり希望を持って懸命に戦いを続けているのだ。


 彼らの力にならなければ。

 決断を下すのに、考える時間は必要無かった。

 透人は一刻も早く駆けつけるべく、より一層の力を込めて足を踏み出し――


「いでっ」


 たのだが、戦場に辿り着く前に通行止めにあった。ゴン、と中々にいい音を立てて何か硬い物に衝突し、頭をぶつけてしまう。


 ぶつけた頭を擦りながら戸惑っていると、噴き出した笑い声と謝罪が聞こえてきた。


『ごめんなさい。忘れたわ。観鳥さんの壁があったのよ』

「んー……成程」


 言葉少なく返答した透人は味方の張った壁を魔法で壊し、それからまた走り出す。気分は多少削がれたが、強い意思はなんとかまだ熱さを保っていたから。


 こうしてこの日最後の透人の戦いは、何とも締まらない形で始まったのだった。

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