第百九話 移る局面
「カハッ。戻ってきたな」
グラウンドに戦士が集結し、一般生徒の避難が完了した頃。
霧に包まれた白黒の街で待機する徹盛は、つまらなそうだった顔に喜色を浮かべた。
待機場所を離れていた橘と百地が戻ってきたのを確認しての事だ。彼らがやって来た方向は大穴の反対側、学校の敷地の奥。
怪物の文字により下された命令を遂行していたのである。
「……実行しました」
「がはは。まだガキ共は落ちてねえよな? そうでなきゃ面白くねえ」
「ふざけるのも大概にしなさい。全く面白いだ等と」
橘は静かに報告をし、百地は愉快そうに軽口を言い、更科は厳しく小言を放った。
物騒な荒事を前にしても気負いは見られず、平常心を保っている。緊張も罪悪感も見受けられない。
悪行を躊躇わないのは、こういう仕事への慣れ以外にも性格的な問題だと感じた。
つくづく頼りがいの連中であると徹盛は再認識する。
二人の男が虹色の光の前に到着すると、現場をまとめる更科が改めて指示を出した。
「さあ、気を引き締めなさい。第二段階です。逆巻く秩序」
「……了解。警告の楯」
「ったく。ようやく暴れられるぜ。暴君砲口」
三人の大人達はそれぞれに独自の言葉を呟き、戦闘準備を終えた。
三本の鍵から変化を遂げた形は、砂時計、刃物と組み合わさった盾、大砲。見た目からしてユニークな、一癖も二癖もある力を持った武器だ。
「笹倉徹盛、あなたも行きなさい」
淡々と下された命令と冷ややかな視線。更科からそれらを受け取った徹盛は、返答もせずに前を向き静かに囁く。
「連縛頭」
独特な単語の発声によって濃緑の鍵は同色の鎖へと変化した。
頼もしい相棒を携えた徹盛はジャラジャラと音を立てながら、嘲笑と決意表明を口に出す。
「カハッ。生き残ってるようで安心したぜ、玄堂。今度こそオレが潰してやるから首洗って待ってろ」
そして彼は三人組より一足先に虹色の光へ足を踏み出した。ここを通り抜ければそこは用意された戦場。
いよいよ待ち望んでいた決戦の開始である。
*
「クッソ、何だってんだ畜生……!」
金悟はどうしようもない苛立ちを込めて悪態を吐いた。額には深い皺が刻まれ、目つきは凶悪と言える程に鋭い。
ここ最近心を乱すような事ばかりだったが、間違い無く今この時が一番の苛立ち具合。驚愕と混乱の叫び合いはとりあえず終息してある程度は頭が冷えたものの、冷静とは程遠い精神状態だった。
原因は切り無く襲ってくる獣、ではない。
あとから湧いてきて勝手に参戦してきた、超能力者だか妖怪だか訳の分からない事を言っていた彼らだ。
獣や証といった超常にどっぷり浸かっている上、宇宙人を既に見ている身としては馬鹿馬鹿しいと一蹴出来ない。
なので混乱が収まった今はそういうものだと無理矢理理解している。納得はしていないが。
驚愕と混乱は未知が主な原因だった。だが苛々の原因はまた別問題。
彼らが参戦してきた事自体だ。
近くに三人、後ろにも知り合いや怪しんでいたのを含めて三人、合計六人。
彼らが戦えるからといって、余所者に戦わせるのは金悟のプライドが許せない事なのだ。
確かに一人では果たせそうもない厳しい試練ではあったが、だとしてもこれは自分の役割である。
仲間でもない人間に手出しされるのは自宅に土足で踏みいられる気分であり、守るべき人間に助けられるのは屈辱的な気分だった。
だからといって追い返すのは時間と労力と戦力の無駄だ。
よって選べる道は苛立ちを呑み込んで戦う事のみ。鬱憤は晴らせもせず溜まる一方なのだ。
ただし、そんな苛つきで集中力を欠いては、周囲の人間どころか自分の身すら危うくする。それでは笑い話にもならない。
「オッ……ラアッ!」
だから金悟はせめて形だけでも勇猛に振る舞う。
牙を剥いて跳びかかってきた歪な狼を正面から一刀両断。
次に左から来た猿めいた獣の爪を剣で受け止めると、腰を捻り強烈な回し蹴り。獣の体勢が崩れたところで、回転動作を活かし大剣をフルスイング。そのままもう一回転し、奥にいた獣も真っ二つに斬り割く。
立て続けに三体を片付けても、息を整える暇はない。
足元に投影された影に気づき、重い剣を捨て軽快にサイドステップ。その直後に岩のような拳が頭のあった位置を通り抜けた。
安堵は時間の無駄。速やかに反撃体勢に移行する。
奇襲を空振りして背中を晒す獣に、雄叫びと共に新たな黒剣を降り下ろした。
「オオオォッラァ!」
また一体撃破。
蓄積する疲労を気合いと雄叫びで振り払い、ひたすら獣を打ちのめしていく。
ただ、両手両足をどんなに必死で酷使しようと、全方向からの襲撃をカバーしきれないのは事実なのだ。
前方に集中している間に背後から迫っていた獣には、熱い炎が走っていた。空を飛んでおり届かない獣は、ボールのように投げられた別の獣が命中して打ち落とされていた。剣を振り切って隙が生じた際に忍び寄っていた獣は目玉が潰されていた。
それらのおかげで金悟は今も戦い抜けている。助かっているどころの話ではないのは確かだ。
金悟だって似たような事をしているからお互い様ではある。
ただ、そのおかげでよく分かっていた。
協力によって得られる対価は大きいのだと。協力する必要があるのだと。
だが、いきなり出てきた訳の分からない奴を信用しろというのが無茶な話。
パーティーだか何だか言われて、勝手に納得して笑い出す方がおかしいのだ。小さな怪力少年も同調するのは間違いである。
そう心の中で否定するごとに、更に苛立ちは募る。
苛立ちの原因は、正確には助っ人ではないからだ。
信用出来る筈もない存在でも信用しなくてはならない、無力で情けない自分に苛立っているのだ。下らない八つ当たりだ。分かっているからこそ憎たらしい。
けれども金悟には重要な事項だった。
ずっと戦い続けていた金悟のプライド。強さは男の価値そのものだった。
けれど乱入者の行動がそれを否定する。
強くなければ決意は果たせない。それは正しい筈なのに。
激しく猛々しく立ち回っているこの間も、頭の中では振り払えない焦りと不安がぐるぐると渦巻いていた。
そんな雑念が一瞬にして遠ざかったのは、鞘に変化した鍵がずっと発していた不思議な警戒音が二重になったからだ。
それはすなわち二つ目の異界への出入り口が出現した合図。更に悪い事に、その指し示す位置は校舎の向こう側だった。
思わず悪態が口から漏れる。
「クソッ……向こうにも開いたか!」
このままでは反対側に現れた虹色の光から獣が校内に侵入してしまう。戦える人間が誰もいない場所に。
阻止するには金悟が行かねばならないだろう。
元々無関係であり証を持っていない増援には正確な場所は分からないのだから。
「オイ! ここはテメエらだけで抑えてろ! 俺は裏に回る!」
「ああ!? 今の人数でもキツいんだぞ! 一体何しようってんだ!?」
「裏門の方にも、あの獣が湧く光が出てきたんだよ! 野放しに出来ねえ!」
「何言ってんだ? そんなの分かるのか?」
「分かんだよ! だからここはお前らに……っ!」
金悟は話に無粋な横槍を入れてきた攻撃を、盾代わりにした剣で弾いた。相当に重い衝撃により、腕がビリビリと痺れる。
突然体当たりしてきたのは丸っこい獣だった。素早そうには見えず、寸前まで察知出来なかったとは思えない。
ただしその獣には濃い緑の鎖が何重にも巻きついていた。
連想して呼び起こされた記憶は近づいてくる足音の主を確信させた。
やがて見えた見覚えのある襲撃者を、金悟は燃える敵意を宿した瞳で睨む。
「テメェ……ッ!」
「よぉ……何処行こうとしてたんだ? 逃げてねえで俺と喧嘩しようぜ。今度は決着まで終わらせねえ」
「……はっ。上等だ。お前程度速攻で片付けてやるよ」
徹盛の挑発に金悟も強気な宣言をぶつけた。
リーチがある鎖が相手では撒いて裏門に駆けつけるのは難しいだろう。邪魔してくるというのなら相手取る他ない。
仕方がないので、新たな出入り口は他に任せる。
「裏門にはテメエらが行け! 急がねえと間に合わねえぞ!」
「お……おう、分かった。ここはお前に任せ……」
「紅輝君危ないっ!」
話の途中で、紅輝の前にいきなり力雄が飛び出した。
彼は高速で飛来した何かを受け、苦しそうにたたらを踏む。紅輝を庇って奇襲を受けたようだ。それも妖怪を打ち負かす程の重い攻撃を。
獣の仕業ではない。
金悟が徹盛を警戒しつつ視線を動かすと、発見した人影から野太い笑い声が響く。
「がははははっ。ちっこいのによく受け止めたもんだ。流石は人間じゃねえだけあるな」
新手は大砲のような物体を両手で構える、筋肉でガッシリした大男だ。徹盛と同じくこの事態を引き起こした敵であり、邪魔者らしい。
しかも、その後ろには更なる新手が現れていた。
「百地岩馬、ここは任せた。橘潤平、理解しているな」
「おうよ!」
「……勿論」
前に徹盛との戦闘を中断させた女と、初見の根暗そうな男。
合わせてもたったの四人だが、向こうには獣だっている。こちらの七人の戦力では釣り合わない。
あちらは万全に用意して事に臨んできているようだ。
「ウロチョロしてる女! テメエが裏門に行け!」
「ごみ~ん。無理っぽーい」
緊迫感に満ちた声音で金悟が叫ぶも、市乃は雰囲気を台無しにする謝罪をした。彼は苛立ちを大きくしながらも、重ねて要求しようと相手を探す。
そして息を詰まらせた。
そこにあったのは背後と足元から砂に追いかけられる彼女の姿だったからだ。
砂の妨害は今も記憶に焼きついている。女の仕業だ。潜り抜けて貰うのは酷な要求だろう。
暗い男も素早い動作で後方に走っていく。目的は明白。万が一後方の誰かが異変に気づいても抑える為だ。
形勢の著しい悪化を理解した金悟は表情に影を落とす。
「チッ。このままじゃあ……」
「校舎に逃げた奴らが捕まるよなぁ。で、それがどうした? そんな事どうでもいいだろ? 俺達ゃただの荒くれなんだからよぉ。屑は屑同士でツルむのがお似合いだ。仲良く暴れて、仲良く殴り合って、そんでもってオマエは潰れろっ!」
愉しげに台詞を奪い、饒舌に語った徹盛。
嘲りに歪むその顔は金悟を叩き伏せる事への狂的な執着を表していた。彼もまたプライドに生きてきた男なのだ。
「テメエが俺を決めつけんな。そっちこそさっさと潰れてろ」
守るべき一般人の危機。
挑発に乗りながらも、金悟は焦燥に冷や汗を垂らす。
ただし口元は獰猛につりあがり、肉食獣めいた笑みを形作っていた。まるで喧嘩を楽しむように。
徹盛の台詞は、金悟には到底否定出来るものではなかった。




