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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十三章

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第百話 悪魔の誘い

 まだまだ暑さの残る九月の初め。短くなりつつある日がとっくに暮れた真夜中。

 時間の流れに従って人通りのなくなった路地に、二組の例外がいた。


 一方は仕立ての良いスーツを着た男性。歳は三十代頃。理知的で冷たい印象を受ける、感情の読み取れない顔をしていた。

 そして彼を囲むように、柄の悪い少年達が並んでいた。服装はバラバラだが、皆共通して派手なもの。数人が男性を威圧するようにバットや鉄パイプをかざしていた。

 粗暴な不良集団の先頭に立つ、一際大柄であったリーダーらしき少年が荒々しく声をかける。


「おっさん。俺らがどうして欲しいか、わざわざ言わなくても分かるだろ?」


 リーダーも彼の仲間達も下品に笑っていた。

 男性を単なる獲物としか思っていないような態度だ。

 しかしスーツの男性は恐れもせず、怒りもせず、ただ淡々と愚痴を吐き出しただけだった。


「やれやれ、全く運が悪いな」

「おーう、そうだ。分かったなら大人しく恵んでくれよ」


 男性の反応を気にもとめず、卑しい笑みを深めてリーダーは近づいていく。しかし、途中でその足をピタリと止めた。


 男性がスーツのポケットから何かを取り出したのだ。

 それは鈍い金色の細長い板を組み合わせ、先に糸を取りつけた物。操り人形を操作する部品のようだ。ただし人形はなく、糸は途中で切れている。


 壊れたがらくたを手にした男の間抜けな図。

 そうである筈なのに、不思議とそうは見えなかった。謎の部品を腰の高さで構える男性には底知れぬ凄味があり、奇妙な威圧感があった。


 何なんだコイツは、と少年達の顔に未知への疑念と恐怖が浮かぶ。

 馬鹿にしたり、嘲ったりする者はいない。一部が冷や汗をかき、一部が体を震わせ、一部が後退りする。全員が全員、男性の雰囲気に呑まれていた。

 そんな彼らをつまらないものでも見るように眺めていた男性は、やはり淡々とした声音で一言だけを口にする。


「出てこい」


 すると背後に虹色の光が出現した。幻想的で神秘的な、現実味の薄い景色だ。

 しかしそこからは、美しい光とは対照的な、醜い怪物が這い出してきた。

 全身灰色で歪な骨格を持つ、およそ地球上には存在しないであろう姿をした生物の群れだ。


「なっ、何だこりゃっ!」


 予想だにしない展開に、少年達は恐慌に陥った。何事かをわめいて固まるか、腰を抜かすか、背を向けて逃げ出すか。

 そういった者達から怪物の爪や牙にかかっていった。幾度もの悲鳴があがり、幾筋もの血が飛び散る。月と街灯の照らす静かな夜の路地が、瞬く間に惨劇の舞台となっていた。


 次々に襲われる仲間達。彼らを見ている内に、唯一正気を保っていた、しかしそれだけで何も出来なかった、リーダーの少年もまた冷静さを失ってしまう。

 怪物の注意を引くであろう大きな大きな叫びをあげたのだ。己を奮い立たせるように、あるいは狂ったように。


「……っだらああぁあああぁぁあ!」


 そして仲間が落とした金属バットを拾い、訳も解らないままに抵抗を始めた。

 怪物めがけてバットを乱暴に振り回しては叩きつける。意味のない叫びをあげながら滅茶苦茶に暴れる。

 技術も何もない力任せの攻撃だが、怪物への効果は確かにあった。殴れば手応えは感じるし、骨が砕けるような音も聞こえる。

 その代わり、牙に噛みつかれ、爪に引き裂かれ、全身で体当たりされた。殴った数の数倍の攻撃を食らった。

 それでも死の暴力を退け、しっかりと立ち続けている。

 それは必死に生へとしがみつく、半狂乱の抵抗。理性を失い獣と化したような獰猛な戦い。喧嘩とは比べ物にならない、本物の命のやり取りだった。

 小さくない怪我を負っていたが、気にしている余裕もなくがむしゃらに動き続けている。

 それでも怪物の数は減らない。いくら殴っても、手応えを感じても、倒せてはいないのだ。

 この戦いに終わりはないように思えた。


 しかし突然、一つの大きな変化が起きた。


「あっ?」


 一体の怪物を殴り飛ばした時、暗い緑色の光がリーダーの全身を覆ったのだ。しばらく留まっていたそれは、やがて手の中に収束。次の瞬間には光と同じ濃緑の鍵が出現していた。


「ああん?」


 リーダーは正体不明の物体に戸惑い、呆けた顔で間抜けな声を漏らした。

 しかしその一方で、場の変化は劇的であった。


 まず常に襲ってきていた怪物の動きが全て止まっていたのだ。主に従順な飼い犬よろしく大人しくしている。

 そしてずっと冷たかった男性の瞳に、初めて人間らしい感情の光が宿っていた。それは少年と彼が持つ鍵に対する興味を示していた。


「ほぉ、運は良かったのかもしれないな」


 男性は自らの言葉を訂正し、それから不気味な程に口角を吊り上げた。おぞましい怪物を従えた悪魔が笑っているようだった。


「兵隊は多くて困るものでもない。見たところ力が有り余っているのだろう? 報酬は約束する。そこらにいる仲間も全員纏めてで構わない。怪我の治療もしよう。どうだ、私の下についてみないか?」


 それは質問の形をとった、断る事の出来ない勧誘だった。静かで淡々とした口調であるのに、断ろうという気を起こさせない重圧が満ちている。

 畏怖を抱いたリーダーの少年はゴクリと唾を呑み込み、そして弱々しく頷く。

 彼に与えられた選択肢はその一つしかなかった。



  *



 二学期が始まってから一週間が経つ。

 透人は夏休み気分から平日仕様へと切り替え、学校に通う生活を送っていた。ちなみに、夏休みに始めた早朝の走り込みは日課として定着させ、今も大変ながら続けている。

 九月に入ってからはまだ非常識な事件は起こっておらず、ごくごく自然な日常的な日々だった。


 そんな平穏な時期に、透人は金悟から呼び出しを受けた。既に連絡先を交換していたので、口頭ではなくメールでの要請だった。

 直接の接触を避けたのは人に聞かせられない話をしたいからだろう。


 だから約束の放課後、透人は以前と同様に滅多に使われない棟の片隅まで出向く。

 そこにいた金悟は見慣れた不機嫌そうな顔で待っていた。彼は開口一番、用件を告げる。


「オイ、奴の事を知ってるか?」

「んー。いや、誰の事?」

「……廊下側の一番前に席に座ってる、女子にキャーキャー言われてる奴だ」

「ああ、御上君。が、どうかした?」

「……もしかしたら奴も鍵を持ってんじゃねえか、って話だ」


 前置きをしてから金悟は呼び出しの理由についての話をしてくれた。

 どうやら夏休みに、物陰から何らかの力で金悟の動きを止めて話しかけてきた謎の人物と接触したらしい。そして、その人物の声が清慈郎のものと似ているのだという。


 その話を聞き終えた透人は思う。

 金悟がいう人物が清慈郎である事に間違いはないだろう、と。ただし金悟の動きを止めたのは鍵の力ではなく霊能力だ。

 だから透人は正直に全て説明していいものかどうかと考える。

 ぼーっとした顔で上方を見上げて考えた末、当たり障りのない内容まで話す事にした。


「んー。まぁ、プライバシーに関する事だし勝手には言えないかな」

「やっぱ何か知ってんじゃねえか。だったら話せよ」

「いやぁ、本人の許可がないと。でも、まあ、とりあえず警戒しなくてもいいよ。悪い人間じゃないし」

「……チッ。それを聞いたのは二回目だ」

「ん? そうなの? 誰に?」


 透人は素直に感じた疑問をそのままぶつけた。無意識に身を乗り出し、興味津々の様子だ。


「……あの、宇宙人がどうとか言ってた女だ」

「日村さんか。何でいきなり出てきたの?」

「あの野郎を見張ってたら向こうから来たんだよ。怖い顔してどうした、ってな」

「それで日村さんに言ったの? お前には関係無いだろ、とか言って突っぱねそうなのに」

「無理矢理言わされたんだよ。秘密がある人間同士協力する、って、とにかくしつこかったんだ」


 意外に感じた透人が言うと、金悟は何処か疲れたような様子で答えた。

 どうも物怖じせずに世話を焼こうとする早喜は彼の苦手な相手らしい。もしかしたら一部を除いた女子全般が苦手なのかもしれない。


「で、結局役に立つ情報はねえのか」

「んー。だから、直接本人に聞いてみればいいと思うよ。犯人かそうじゃないか、どっちだとしてもさ」

「……んな簡単に聞けっかよ」


 透人は気軽に提案してみたが、金悟は不貞腐れたような態度で返した。声にも張りがない、独り言めいたものだった。

 何か理屈でないもの、例えばプライドが邪魔をしているとか、そんな印象を受けた。

 だとすれば金悟自身の問題だ。


「そう? まぁ、俺からはなんとも」

「チッ。分かった、もういい。迷惑かけたな」


 金悟はこれで終わりだという風にぞんざいに手を振ると、そっぽを向いてしまった。

 スッキリはしていないものの、今のところ透人に出来る事は無いようだった。




 ひとまず話が終わったので、透人は待ち人の下へと移動する。彼らは昇降口で待ってくれていた。


「二人ともお待たせ」

「おせーぞ透人」

「ううん。明海君、大丈夫だよ」


 それぞれ正反対の対応をした紅輝と力雄。彼ら二人と一緒に透人は帰路へとついた。

 勘違いが元で金悟と清慈郎がおかしな戦いをしなければいいなあ、と考えながら。


 金悟の戦う相手は清慈郎ではなく、しかも自分達もそこに関わるのだと知ったのは、それから間もなくの事だった。

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