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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十三章

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第九十九話 犬も歩けば棒に当たる

「うわっ……本当に全部終わってる……」

「ようやく信じたかよ。だから言ったろ。澄に頼らずに終わらせたって」

「その代わりに他の人に頼ったんでしょうが」

「それになにか問題でも?」

「くっ……それにしても、まさかアンタに頭のいい友達が出来るなんて……」

「はっはっはっ。賭けはオレの勝ちだな」

「くっ……都合のいい労働力が……」


 夏休み明けの学校、二学期初日。

 透人が登校すると、教室で幼馴染み二人が早速騒がしいやり取りを繰り広げていた。相変わらず仲がいいようだ。

 彼らを含む自分の席周囲の面々に向かい、透人は気軽な調子で挨拶をする。


「皆おはよう」

「おう」

「おーす、透人。お前のおかげで澄の奴に一泡吹かせられたぜ」

「俺の苦労も大きかったけどな」


 真横からの悔しそうな視線を無視して頬の緩みきった顔をしている紅輝と、彼に淡々とした声をかけた充。

 約一月半ぶりの教室での会話ではあるが、彼らとは昨日も遊んでいたので特に感慨もない。

 透人は平然と着席すると、隣に座る笑亜の囁くような小声に迎えられた。


「フフフ。今日からまた、毎日貴方の隣に座るようになるのね」

「ん。……まぁ、それが学校だからね。別に普通だし、何かある訳じゃないと思うけど」


 透人は若干ぎこちなく返答した。

 不敵な微笑と流し目でそう言われては軽く流してしまう訳にはいかなかった。直前までは昨日も会っているから懐かしい感覚なんてないと思っていたのに、不思議なものである。

 久しぶりに横の笑亜を向いて当たり障りのない内容を話す。

 しばらくそうしていると、小柄な友人がやって来た。彼ははにかみながらも弱々しく挨拶をする。


「おはよう……」

「うん、おはよう。黄山君」

「おーす、力雄。でももっとシャンとしろよなー」

「うん……頑張るよ」

「そんな真面目なのは要らないって」


 挨拶を交わしがてらの紅輝の軽口に、妙に真剣な顔で返した力雄。

 気の弱い雰囲気はそのままだが、努力しようとする態度が見てとれる。


 皆、夏休み前とほとんど変わっていない。

 そう思った透人は何気なく教室全体に視線を動かしてみる。


 まずは縁の深いクラスメイトから、と右側に注目すれば、そこには仲良くしているグループがあった。以前からの親友同士に、珍しい人物が加わっている。


「さきちゃん。新作のお菓子が出てたの。どうしても食べたいほどじゃないしお腹が減ってるわけでもないけど、どんな味か気になるよね。一緒に食べよう?」

「わざわざそんな言い訳しなくていいからな? ……お、これはうまいな」

「だよね。甘くて美味しいよね。せいじろうくんもどう?」

「俺は甘い物は苦手だ」

「だったらこっちのはどう? 甘さ控えめだよ」

「ああ、それなら貰おうか」

「なあアンナ。御上といつの間に何があったんだ?」


 清慈郎が簡単な応対だけでなく、言葉は少ないが会話をしていた。以前と比べると非常に大きな変化だ。早喜が怪訝そうにしているのも無理はないだろう。

 清慈郎の心境に何かしらの変化があったらしい。あの事件の影響かもしれない。

 だが残念な事に、その様子を市乃がこっそり盗撮しているのが見えてしまった。ニヤニヤとした意地の悪い笑顔で実に楽しそうである。

 記録は順調に集まっているようだ。清慈郎には悪いが、透人にそれを止める事は不可能である。


 心の中で詫びて次に向かおうとした時、騒がしい空間が一瞬だけ静まりかえった。

 ガラッ、と力強く音を立てて戸を開けて入ってきた人物がいたからだ。

 それはだらしなく制服を着崩した、機嫌の悪そうな表情の金悟だった。肌が日に焼けており、精悍な印象が増している。

 教室が静かになった理由は彼を恐れて、ではない。彼より遥かに恐ろしい先生が来たのかと警戒したからだろう。

 だから何事もなかったように教室中のお喋りは再開された。

 そんな事を気にせず大股で歩いていた金悟だが、急に立ち止まった。そしてゆっくりと首を巡らせる。


「…………」


 金悟は教室の前方廊下側を見ていた。視線を追えば、清慈郎をじっと見据えているらしかった。

 横顔には警戒と緊張の相が浮かんでいる。なにやら物騒な雰囲気だ。清慈郎の方も視線に気づき、話を止めて顔を険しくしている。

 しかし金悟は何をするでもなく、ただ首を横に振っただけで再び歩み始め、自分の席に着く。その後は机に突っ伏してしまった。

 それを見届けた清慈郎も、スッキリしていないような表情ではあったがアンナ達との話を再開させていた。

 ひとまずは何も起こらなかったようである。


 二人の間に何があったのだろうか。

 気にはなるものの、推理する為の材料は無い。笑亜や市乃なら知っているかと思い訊いてみたが、「フフフ。その内分かるわよ」と言われたので大人しく諦めた。


 その後も観察していった結果、裏の世界の関係者にもその他のクラスメイトにも、多少の変化はあれど驚くような変化は無かった。

 透人はざっと見回してして得た感想を述べる。


「そんなに変わった人はいないなぁ。夏休みデビューとか」

「あら、そんなものを期待していたのかしら?」

「いや、期待って程でもないけど。あったら面白いかな位で。でもなかったね」

「フフフ。さあ、それはまだ分からないわよ?」

「ああ、何かあるんだ」


 笑亜が含みを持たせた事を言ってきたので、そういう意味だと解釈した。大いに好奇心を刺激され、興味が湧く。

 わくわくしながら笑亜と話して待つ事しばし、遂に見た目に大きな変化があった人物が現れた。


 彼はどこにでもいそうな平凡な容姿の男子生徒だった。

 そんな彼は見ただけで怪我人だと分かる変化をしていた。左腕を骨折しているらしく、ギプスをして三角巾で吊っている。更に目立つ事に、心配そうな表情を浮かべる三人の少女に付き添われていた。


吉野(よしや)。本当に大丈夫?」

「わたくしの支えは必要でしょうか?」

「困った事があったら何でも言ってくれよ?」

「だから何度も言ってるけど、ほとんど治ってるからもう大丈夫だってば……」


 甲斐甲斐しく世話を焼こうとする少女達に少々うんざりした様子の吉野。

 彼に多くの男子生徒が敵意と嫌悪の眼差しを向けた。透人のすぐ近くからも舌打ちが聞こえてきた。怪我人に対しての配慮は皆無である。


 ただしそんな状況は、騒々しい人物が吉野に言葉をかけるまでだった。

 その彼女、髪をなびかせて素早く駆け寄った市乃は黄色い歓声をあげるように爆弾発言を放った。


「おおっ、カッコイイよ吉野君! それが熊殺しの代償なんだねっ!」

「熊殺し?」


 教室内の誰かが呟いた。それは他の大勢の代弁でもあった。

 当の本人は「いやいやいやいや。ないぞ、そんな無茶苦茶な事実は存在しないぞ」と、目を忙しなく泳がせながら否定している。その様子が疑惑と混乱を増幅させていた。


 一方、そんな混沌とした空気を作り上げた元凶は楽しげなままだった。あくまでマイペースに、瞳をキラキラさせて語りを続ける。


「山奥で女の子を守って熊をちぎっては投げちぎっては投げの大立回り! いやぁ痺れるね! 流石の大活躍だよ」

「オイ待て、盛りすぎだ! オレは一頭追い払っただけだぞ!」


 捲し立てられる誉め言葉を否定すべく言い返した吉野だが、そのせいで多くのギョッとした眼を向けられた。変化した視線の群れに気づき、彼は「あ……」と口と目を大きく開けて固まる。


 クラス中は一部を除き、絶句していた。飛び交っていた声がシンと静まる。

 吉野は女の子に未だ囲まれている上に優しく慰めていたが、男達は最早気にしていない。


「おい力雄、アイツってお前の仲間か?」

「え? ええっと……妖気がないから違う、と思うよ。紅輝君の方は?」

「んあぁ……もしかしたらそうかもしれないか……? ……いや、違うよな……」

「またひそひそやってる……」


 紅輝と力雄のような内容は例外であるが、あちこちでコソコソとした話が交わされていた。真実かどうかの議論や扱いの相談、おおよそ普通の高校生の話題とはかけ離れている。

 興味津々であった透人もまた同様に、隣の事情通に説明を求める。


「神無月、白葉が言ったのは本当なの?」

「ええ。市乃の情報は正確よ」

「んー。出来る出来ないとかはもういいとして……染井君も大変だね」

「フフフ。おかしな宿命を背負っているのはこの世で貴方だけだと思っているのかしら?」

「あぁ、うん。成程」

「染井君もこの世界に渦巻く混沌の一部なのよ。今から彼の武勇伝を聞かせてあげましょうか?」

「うん、面白そうだからお願い」


 透人が興味津々な態度を示すと、笑亜は楽しそうにテレパシーを用いて語り始めた。


 その内容は、彼女が吉野を高く評価しているのが素直に納得出来る、裏の話にも負けず劣らずの武勇伝だった。

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