第十二話 正常:測れる項目が、そこにはなかった。
最終話です。メールは午前九時ちょうどに届きました。
全十二話完結。最初からお読みでない方は第一話からどうぞ。
メールは午前九時ちょうどに届いた。
件名は「雇用区分更新のお知らせ」。
谷口航はベンチに座ったまま、画面を開いた。送信元は「NLAS-AUTO」だった。
「谷口航様。このたびの定期評価により、あなたの雇用区分がCからBへ更新されました。AIリテラシー向上プログラムへの参加実績、および就労支援ツールの活用状況が評価されました」
航はその文章を読んだ。
凌に教わって、プログラムを受けた。就労支援ツールも使った。三か月かかった。できることとできないことがわかった。できることは、思ったより少なかった。でも、ゼロではなかった。
区分がBになった。何かが変わるのかどうか、わからなかった。
川が流れていた。
隣のベンチに、知らない男が座っていた。四十代くらいだった。スマートフォンを見たまま、動かなかった。航は一度だけ見て、川に目を戻した。
男の顔に見覚えはなかった。でも、その顔を航は知っていた。半年前の、自分の顔だった。
スマートフォンが振動した。凌からだった。「区分、変わった?」
「変わった」と航は返した。
「よかった」と凌が返してきた。
航はその二文字を見た。よかった。そうかもしれなかった。でも何がよかったのか、うまく言えなかった。スコアが上がった。区分が変わった。制度の中で、少しだけ上に動いた。
それだけだった。
ハルのことを思った。今朝、出かける前に餌をやった。ハルは食べながら一度だけ振り返った。それだけだった。
男がベンチから立ち上がった。どこかへ歩いていった。行き先のない歩き方だった。
航はその背中を見送った。
川沿いの道を、無人のバスが走っていった。静かだった。整然としていた。どこへ行くのかは、わからなかった。でも止まることなく、走っていった。
スマートフォンにまた通知が来た。「AIリテラシー向上プログラム・上級編のご案内」。スコアをさらに上げるための、次のステップだった。
航はその通知を閉じた。
川を見た。水は変わらず流れていた。上流から来て、下流へ行く。どこから来てどこへ行くのかを、川は説明しなかった。ただ流れていた。
鍵を渡されたのに、どこのドアかわからない。
あの老人は、もうここに来なくなっていた。いつからかは、わからなかった。
区分はBになった。制度は正常に機能していた。航の中で何かが変わったのかどうか、誰も測らなかった。測れる項目が、そこにはなかった。
風が南から来た。
航はベンチに座ったまま、しばらくそこにいた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
全十二話、お付き合いいただけて嬉しいです。
制度は正常に機能していました。測れる項目が、そこにはなかっただけで。
またどこかでお会いできると嬉しいです。




