SS イクシオの洗礼
カコン、カコンと夕餉の刻を知らせる鐘の音が響いた。
まだ陽は明るく青々とした空の下、鐘の門前広場で遊ぶのは男児ばかりが10数名。
大半は大好きな球投げに夢中で、木球が的である筒に入るたびに歓声を上げている。
「わたしは先に戻っている。アムリはいつものように」
「ありがとうございます。イクシオ様」
3方を壁に囲われた広場の一番奥では、球遊びをやめた2人が毎日のことではあるが必要な言葉を交わして別行動を始めた。
イクシオは登ったり、潜ったり、見つけたりするのが大好きで、球投げに夢中にならない変な男の子で有名だ。きまりではあるので木球を使って遊び、鐘の音が聞こえると務めは終わったとばかりに、山なりに飛ぶ球の下を転がった球を避けながら楽しそうに走って門へと帰っていく。
アムリは走りだしたイクシオが門を通って姿が見えなくなるまで見送ったあと、みんなが連れ戻される時間ギリギリまで球投げに参加するはずだった。
アムリが見ているその先で、全力で走っていたイクシオが砂場へ頭から突っ込むように勢いよく転んだ。砂場に打ち付ける音、砂と擦れる音が聞こえた気がした。
やがてイクシオは体を丸めて苦しんでいるように見えたが、そうなってもアムリは驚きのあまり声も出せず足も動かせないままだった。
「派手に転んだねー。さすがイクシオ君、期待以上」
いまだ動けないアムリのところへ子守役の可笑しそうな声が近づいてきた。
「大丈夫だって。彼女たちも慌ててないでしょう。ほら行くよ」
腰のあたりを押されてやっと歩き出せたアムリはイクシオを両側からのぞき込んでいる2人の門衛にようやく気が付いた。鐘つき棒でイクシオの体をつついているのが見えて憮然としつつも少し落ち着いた。
子供たちを引き連れてアムリと子守役が歩き着いた時には、気を失ったイクシオは門衛によって砂場の端まで引きずられて来ていた。
「ほら、お気に入りのひよこだ。眼に砂は入っていない。痙攣もなし。よかったな」
「もうひよこじゃないけどね。あー、砂まみれになってる」
「砂はあなたが新しくしましたから小さな怪我もありませんが、すぐに落ちたので様子見が必要ですね」
「洗礼で痛い目にあった方がいいって言うから好きにさせてたけど、これはちょっと心配よね」
大人たちが話し合いを続けるその下で、アムリはぐったりと動かないイクシオを心配そうに見つめながら髪に混じりこんだ砂をハタハタと落としていた。
「真剣に悩むな。こいつのことだ、すぐに忘れて同じことをやる。絶対にだ」
「そのように言われると、そうとしか思えなくなりますね」
「まぁ今考えてもどぅしようもないしね。あとでちょっと煽ってみようかな」
「中へは報告しておく。早く連れていけ」
「えー、すぐそこじゃない。手伝ってよー」
「乗せてやるからしゃがめ。ほら」
「おもーい」
「まったく大げさな。じゃあなイクシオ。アムリ、こいつの後始末がお前の仕事だ。冷静にできることだけをやれ。気負うなよ」
イクシオをおんぶした子守役が文句を言いながら立ち上り、門衛は気絶中のイクシオの背中の砂をはらってやりながら別れの言葉をかけた。アムリへの声かけは憐憫の響きもあるが応援でもあった。
もう一人の門衛は集まった子供たちを脅しながら再教育中だ。
「幸いもイクシオ君は大丈夫でしたが運が悪いと死にます。砂場は注意深く歩くように言ってますね。忘れたら死にますよ」
「仕方ない。いくよアムリ。あとよろしくね」
アムリはイクシオを打ち倒した鐘の門をちらりと見やったあと子守役の後について歩き出した。
イクシオはもう門の中に入ることは適わず、それは従者であるアムリにも適用される。
門の前に差し置かれた2本の槍と鐘つき棒は2人の侵入を阻んでいる柵のように見えた。




