6. 出立の朝
「そういえば、いつまで領主後継者でいられるんだ?」
「次の後継者が育つか、イクシオ様が取り返しのつかない何かを、してしまうまでではないですか」
「きっちり上限が決まっていれば、なにかとやりやすいんだけどな」
朝食を終え、ドルテ姉さん待ちの俺たちは、昨日の夜の話の続きをしていた。
アムリは俺の解任後も従者を続けてくれるみたい。
理由はぼかして深くは教えてくれないが、他の従者との付き合いもあるので、その結果だそうだ。デレは近いのか?
「カッシャーンカッシャンカラカラ」
表口のドアベルがけたたましく鳴り響いた。
まったく。石が割れてしまうだろう。
俺は昨日アムリに敬礼などと一緒に教えた、肩をすくめるいわゆるシュラッグジェスチャーをしながら立ち上がり、栓を抜いた水筒を持って待ち構えた。
アムリも隣にやって来て同じようにして待つが、感心しませんという目で見られた。
そうだよな、やっちゃいけない場で出やすくなりそうだものな。
「おはよう! 起きてるわね。水ね、水ね」
「「おはようございます」」
ぬるま湯を入れてもらった水筒の栓をしっかりはめ、紐を掛けてからずた袋に入れて、ドルテ姉さんに行こうと促した。
「行く気満々ね、そんなに退屈だった?」
「ドルテ姉さん、寄り道とかどうかな? 城門なんてすぐそこだし」
「城門かー、近いといえば近いかなー。でも待たせちゃってるしなー。どうしようかなー」
はいはい、行かないやつね。
自らの足で出荷を行ない、初めての道を歩き出した。
目につく建物はほぼすべてレンガ造りで出来ている。
「このあたりは、まぁだいたい倉庫ね。他のところもそんなに変わらないけど」
四辻で曲がると建物と建物の間に浮かぶ、白い月が見えた。
回転する月、およそ18日周期でそれほど豊かではない表情を変えていく。満ち欠けの周期は25日程度だったかな? アムリとだいたいの自転周期を計算してみようかな。
そんなことを考えていると、ぽつぽつと今まで気にしなかった違和感を感じ出した。
建物の出入口扉や窓扉、看板や囲いなどの木の板には年輪が見えず、まるでボードみたいだ。食堂のテーブルなんかもそうだったな。
この世界は四季の変化なんて無いと言ってもいい。
一年を通して昼、夜の長さはほぼ変わらない。大恒期、小恒期と言われる季節を表す言葉はある。ほんの少しだけこの星は楕円軌道を描いているのだろう。
頭の上をレンガで出来た雑用水路が通る。建物の壁を這うように、くまなく雑用水路が走り、壁の端で空中に飛びだす。木材で補強しているところもあるが、折れないかと不安になるほど華奢な造りをしている。
セルラシア都市は雑用水はそれほど不足していない。元々、山から流れ出る大量の水を当てにして築かれた都市だからだ。ただ飲用水はまったく足りていない。
この国、大陸の平野は雨雲が見えることさえめったにないのに、河川水や地下水は豊富だ。
それでもセルラシア都市は人口が増えすぎて、井戸はかなりの取水制限をされている。
これから行くエステはセルラシア都市向けの薄い麦酒を大量に生産している街、俺たちは麦酒配送の帰り便にお邪魔するわけだ。
「見える?あの建物、黒い線引きがされてるでしょ、隣の建物も。
同じようにぐるーっと黒線で囲われて、その内側、路地ひとつ奥がお仕置き区画なわけ。
ほどほどの街の目印はだいたいこれと同じようなものね」
お仕置き区画って。もしこの国にSMクラブがあれば、女王さまではなく女神様がピシピシやるんだろうか?
建屋のある区画を抜けると少し先に、荷車が止まっている小さなターミナルが見えた。
「あそこから出発よ、時間調整所を兼ねた休憩所なの。荷下ろしは倉庫か首都セルラシアのいろんな受付でやるのよ」
近づくいて行くと同じような荷車が5台止まっていて、ひとつだけ荷台が空になっているのが分かった。
どの荷車も後ろに赤い旗を高く立てている。
そして否応なく目に入る白い輓獣、スト。
「おはよう、ククルさん。今日はよろしくね。これ出荷票」
「おはようございます、ドルテさん。お預かりします」
ククルと呼ばれた男は、何とも困った顔をしながら小封筒を受け取り中を確認した。
そういえば、初めてみる大人の男だな。普通のおっちゃんだ。
小屋からも普通のおっちゃんが4人出てきた。
「こっちがイクシオ君、カラギナ領主後継者よ。ちょっとやんちゃで迷惑かけるかもしれないけど、困ったらこっちのアムリ君に相談して。とても優秀な側近よ」
「イクシオです。よろしくお願いします。お互い苦労しますね」
「アムリです。よろしくお願いします」
「はは、こちらこそよろしくお願いいたします。輓具の確認を終えたら出ますので、荷台に乗ってお待ちください」
「ありがとうございます。ちょっとストに近づいても大丈夫ですか?」
「おとなしいので大丈夫ですが」
ちらりとドルテ姉さんを見てから許可してくれたので、ずた袋を荷台に置き、ぐるっと回ってストの正面から近づいた。
「やぁ、僕はイクシオ。エステまでよろしく」
「メ゛ェー」
フォルムは山羊、でかくてごつい山羊。日本でよく見た白い山羊のサラブレッド版だね。
荷を引いているストが、宿舎から何度か見えたので気になっていたんだよね。
つま先だけは、これは何だろ? 3本指のラクダ? そんな感じの足だ。
顔を下げてくれたので、頬をガシガシと撫でてやる。
アムリは後ろにいて近づいてはこない。道々、触れ合う機会もあるだろうから今はいいよ。
この大陸の国には大型動物は山羊と犬しかいない。
ほかは、堅革竜に食いつくされたか、人が食べ滅ぼした。
スト以外にアプラと呼ばれる乳山羊もいる。ストとアプラは山の麓に定住していた山羊を人類のパートナーとして引きずり込んだ種だ。
プレグネと呼ばれる、ストが子山羊に見えるほと超でかい山羊は山の支配者なのだそうだ。プレグネのリーダーはそれよりもさらにでかい世紀末山羊で、ある程度の意思疎通もできるらしいので、ぜひ会ってみたい。
「じゃぁ出発みたいだから、ご安全に」
「メ゛ー」
荷台に上がり込み、ずた袋を枕に寝っ転がる。
「慣れておいでですね」
「いや、こういうものだろう?」
「ストにも慣れておいででした。あちらで?」
アムリが最後は小声で聞いてきた。俺も小声で返す。
「見た目は違うけどな。今度いろいろ話してやるから期待していろ」
「はい、楽しみにしておきます。イクシオ様の学びの目が生き物や自然にばかり向けられていた理由が分かった気がします」
俺たちの乗る荷車が5列隊の一番最後として動きだした。
荷台は縦より横幅の方が長い。頭側はゆとりを持って寝ころんだから、足先は荷台ギリギリになった。
「いい天気だな」
言ってから気が付き、直ぐに返事のなかったアムリに手を振って取り消した。
荷車が軽快に走る。
まさにサラブレッドだ。人との付き合いは1万年近くになる。
より輓くために成長し続ける種、でも決して人を背に乗せないデレツンなやつらだ。
「アムリは寝転がらないのか」
「はい、今も落ち着きません。横になるのはためらいます」
「まぁ直ぐに慣れるさ。快適な道だしな。おっ、山が見えている」
立ち上がって山を望む。
アムリは座ったままでいいよ。
壁の中では無秩序に積み重なった建物のせいで少しも見えなかった山が、こんもりと姿を現している。
反対側のひよこたちは、山が見えているのか?
そういえば、全く交流がなかったな。
「メ゛メ゛ェー」「メ゛メ゛ェー」
ストたちが声を挙げだした。
振り向くと、向こうの方からも聞こえる。
こちらの道、赤路と15mくらいの距離を置いて並行して走る『鉄』ありの道、黒路を駆けてきた荷車列とすれ違う。あちらの旗は黒地に白菱だ。
「ククルさん、ストたちがなんて言ってるのか分かる?」
「えっ、ええと、みな顔見知りですので、こんにちわでしょうか?」
ドルテ姉さんにおもちゃにされるククルさんにはボケは無理だったか。
でも意外と正解かもな。
「変なことを聞いてごめんね
アムリ、ほら力を抜け、まだまだ先は長いぞ」




