4. 聖国の神話
「聖国神話の萌芽の巫女と同じようなことが、イクシオ様の身に現実に起きたと考えてよろしいですか?イクシオ様のおひとりの身に」
「最初の7人の巫女のことか?女神の『鉄』でもって巫女たちが統べたあそこら一帯が、後にヘイムア=イゼル聖国になったのは史実だよな。女神の力で『鉄』を呼び、男を跪かせたとかなんとか。女神か『鉄』が巫女の前の世界の記憶とされているのか?」
神話なんて読んでない。無知な主ですまない。
「前の世界で崇めていた女神への信仰の気持ちを思い出したとされています。まぁ記憶と言ってもいいでしょう。
イクシオ様の場合は女神ではなく球投げですが。
きっとイクシオ様は球投げ以外にもたくさんの以前の記憶をお持ちですね?」
確信してるなぁ。うなずく。
「イクシオ様が生きていた前の世界では記憶を持ち越して生まれるのですか?イクシオ様から困惑をあまり感じませんので、この世界で生まれたこと以外は想定内なのでしょうか?」
「記憶保持は異例な出来事だ。というか、生まれ直すということ自体、お話しであり宗教や願い、戒めの部類だな。戸惑っていないのは物語ではよくある話だからだ。真実、起こってしまえば物語は現実、予想の範囲内となる。何故起こったかは知らない。知ることもないだろう」
ほんと、なんでだよ。転生なんか望んでなかったぞ。
「イクシオ様の洗礼が取り消されましたので、女神の国は本当にあって、イクシオ様は男に間違って生まれた女神の国の民の結実という可能性も少しは考えました。イクシオ様は信徒っぽくないのですぐに捨てましたけれど。何故イクシオ様には『鉄』が効かないのでしょうか?」
結実って何?転生者のことか?
「過去の記憶を得た代わりに『鉄』を感じる力も失ったということだろう。今はそうとしか言えない。なぜかなんては分かりようがない」
「『鉄』や思い出された記憶の内容以外に、槍投げの問題もありそうですね」
「まぁ想像はつくよな。おそらく、わたしから槍投げの加護は消えた。アムリのような不思議な力は湧いてこないこないだろう」
「槍投げは男社会に入れば、遊び、交流、祭り、どこにでもついてくるでしょうし、ごまかしようがありません。さしあたりは洗礼か移動時に腕を痛めたと言っておく他はないと思います」
「そうだよなぁ」
集団に属することを前提にすると、女神からお仕置きされないことは、槍投げスキルとバーターならマイナスになる。
個人で動くようになるほど、スキルの未所持はデメリットではなくなり、プラスに転じさせることは可能なはず。でもなぁ。
「槍投げについては、実際に領地で見てみるまで保留だな。ぱらぱらと知識は得ているが、そこでは違っていることもあるだろう。負傷で永遠に槍投げできない者の立場とかも調べる必要がある」
「正直に全てを打ち明けても、かえって面倒なことになりそうです」
「槍と『鉄』と記憶。アムリ、当然、前の世界の記憶のことも秘密とする。記憶のあれこれは追々、気が向いたときに話そうと思う」
「わかりました。イクシオ様の新しい問題にわたしがどれだけお役にたてるのか、これまでの学びだけでは全く不足です」
「アムリはこれまで通りでいい。わたしはこのような問題についてこれから先、沢山のどっちにするかをアムリに相談したいと思ってる。相談に応じてくれるだけでも大変気が楽になる」
「はい」
テンション低めだな。頭は切れても10歳児だもんな。そしてその10歳児に頼る転生者。
そのうち突っ込まれる覚悟はしておこ。
「正直なところ、何としても領主に成りたいなどとは思っていない。アムリにすべて任せて、のんびりと領主をして過ごすのが理想だが、領主の座は譲って仕事と責任が少なくお賃金のよい職務につくのもありだと思っている。アムリが領主側近の地位を狙っているのなら期待はずれで悪いが、無理を押し通しても続かないと思う」
「覚えていらっしゃいませんか?同じようなことを何度かわたしに力説されていました。怠惰なところはお変わりありませんね」
「そうか?じゃぁ焦る必要はないかな。とりあえず、父の人となりを見てから方針を決めることにしよう」
父親のことは、大人しくて無難に物事をこなす人って言ってたよな。高評価なのか?
「でだ、聖国神話とやらがちょっと気になるのだが、書棚にあったか?」
「こちらにはありません。宿舎の書室に子供向けの聖国神話物語がありました。
わたしはイクシオ様の前の世界の記憶が気になるのですが、
わかりました。簡単にお話しします」
「たのむ」
「まず、女神の国の1人の民が悪い神によってこの世界に投げ出されて死にました。
死んだその民の『存在』は放たれましたが、この世界の『存在』とは馴染ず長くひとところにありました。
そこは子が生きて生まれない不吉な場所として避けられていましたが、追放された7人の妊婦のお腹の子に同時に引き寄せられ、別れて入ることができ、ようやくこの世界の『存在』となりました。
それで、生まれたその子らは女神への信仰を思い出し、女神はその子らの境遇や己の失態に血涙を流し、落ちた涙は『聖雫鉄』となりました。そして『聖雫鉄』を手にしたその子らは女神の巫女となりました。だいだいこのようなお話しです」
だいぶ端折られたみたいだけど、そういう話か。
「結実は、女神の民の生まれ変わった巫女のことでいいのか?」
「女神の民の『存在』を、この世界の『存在』ならしめた象徴としての子のことです。
イクシオ様の言う生まれ変わりとは意味合いが違います」
「それで女神の記憶が復活したと」
「『存在』は記憶を有しませんので、信仰を思い出したのは奇跡とされています。女神の摂理の下にあった拡散していない純粋な『存在』を取り込んだためだそうです」
『存在』ねぇ。生きて増やして、死んで解放、胎児が吸って満ちれば誕生。
この世界の生死観では霊魂みたいな個人的なものはないから、聖国神話のおかげで転生が理解されやすかったと考えれば、ちょっとだけ女神に祈っといてもいいかも。
「なるほど、うまく『存在』を組み込んだ神話を作ったわけだ。
それで、我らが男神、守りの大地神が自らの半分を『存在』に溶け込ませ男どもに槍投げという勝つ力を与えたように、女神は巫女の死後に解放された信徒の『存在』を通して女性陣に『鉄』の力を与えたということか?ずいぶんと効率がいい話じゃないか?」
「いえ、女神の国の民の『存在』は今の巫女までずっと受け継がれています。増して解放された分だけが世界に広がり、作りだされた鉄に『聖雫鉄』の男を倒す力を誘発しているという理屈です」
うーん。まぁ神話って都合よく作られているもんだからな。でも俺の思う一番の神話は、巫女たちが聖国設立まで抹殺されずにいたことだよな。反転攻勢のピーク、無茶苦茶な男権社会だっただろうに。よほど優れた指導者がいたか、男どもが単純だったか。
「歴代の巫女も、お飾りではなく、聖国の中心人物と習ったがそのためか。
それにしても、現代まで継承されているという異常事態は、どういった神秘とされているんだ?」
「女神の国の民の『存在』は『聖雫鉄』に引かれますので、選ばれた聖母が死去した巫女の『聖雫鉄』を捧げ継承するそうです」
「そうきたか。生まれた子に巫女の気質がないなら最悪だな。いや、表でやる必要はないのか。がっつり政治の世界だな」
「新巫女誕生後は、『聖雫鉄』近くに残った『存在』を萌芽の巫女に習い7人の賢母の子に引き継がせて世界に広げるのだそうです」
「聖母も賢母も争奪戦が激しそうだな。まぁ関わることはないからどうでもいいが」
「そう願います」




