3. 出荷部屋の二人
「湯冷ましです」
知ってる。煮炊き用の火がないんだよなここ。ありがとな。
自分のカップを持って俺の正面に座ったアムリは今は話を聞く気がないらしい。
腰を据えて話すほど整理もできてないし、まずは肝心なことだけさらっと伝えるだけでいいんだけど。
食堂横の両引き戸は今は開放されていて、隣の部屋には振り子時計が見えた。
「巻き上げて、鐘の刻で合わせました」
「振り子も錘も石に変えられてるじゃないか。せめて最初から石だったって思わせるような形の石に変えろよ」
「中で使わなくなった時計の再生品でしょう。話の種にはなりそうです。ここでは普段無用ですのでしかたないかと」
「宿舎の時計はゼンマイ式だったよな」
「特殊な青銅と聞きました」
「出立が遅れるようなら、抜け出して石を探しにいくぞ」
「おしゃれな感じですので、わたしはこのままでよろしいかと思います」
「リンリンリンリンリンリン」
鬱陶しい!呼び鈴が壊れるじゃないか!
はぁ、やっぱりドルテ姉さんが来たか。鍵掛かってないって聞いただろうに。
俺たちには紐を引いたら食事抜きって言うくせにこれだよ。
「無視でいい」
「言い忘れていましたが、昨日はドルテ先生がイクシオ様をおんぶして運んでくださいました」
「わーわー文句言ってただろう」
「そうですが楽しそうでしたよ。イクシオ様が派手に転けたところを見てご機嫌でしたし」
「それなら礼を言う必要はないな」
「おまたせー。びっくりした?」
立ち売り箱だなあれ。俺たちの私物と朝食とケトルを入れた平たい箱を肩から下げて食堂に入ってきた。
「手伝います」
「よろしく。アムリ君は洗礼受けたのね、教えてもらったわ」
「はい、ご無理を言って見守っていただきました。勝手に出て申し訳ありません」
砂場の足跡かな、それで聞き出したんだろう。
「アムリ君が謝る必要はないわよ。あそこで洗礼を受けるのが一番安全だからツイてたわね。で、女神のお仕置きはどうだった?」
「はい、不意打ちだと場所が悪ければ大怪我になったかもしれません。イクシオ様のご判断のおかげです。外ではどうしているのでしょう?」
「あんまり詳しくないけれど土地それぞれらしいよ。基本的には圏外に追い出して、時々まとめて点検?」
アムリは槍投げ以外にもう1つスキルがある。スルースキルだ。
でも、お仕置きの方が現実に即した呼び名だよな。アムリと共有しとこ。
「イクシオくん。洗礼は受け入れてたけど、悪化してたって言ってたわよ。門番が」
「理解を超えた圧倒的な力にひれ伏してしまえば、誰でも生まれ変わりますよ」
「お別れしたくないわぁ。やらかしちゃったら戻って来なさいね」
ドルテ姉さんに動いてもらいながら、朝食を置いてケトルを置いて、私物入れはテーブルの端に、昨日の食器とケトルを返してナフキンは持っていっていいと。朝食の準備が出来た。
「はい、座って」
俺たちに座るように言った後、箱をぶら下げたままテーブルの横に立ち、子守役っぽい顔になって、ようやく知りたかったことを教えてくれた。
「出発は明日で決まりね。明日の朝食後にエステに帰る空荷便に乗って、エステで同じように乗り換えてマルトへ行って、そこからはマルトで手配してもらうっていうふうになってるわ」
まぁ想定通りだな、恙なくお里下りは承認されたわけだ。エステ便マルト便は途切れることなく行き来しているから3日後にはマルトへ着く。そこからカラギナまで運が良ければ5日程度か。
「それと、ホスカ局長補佐自身が今日の夜、通達に訪れます。よかったわね。
でも、あんまり不安にさせるようなことは控えめにしなさいよ。
それじゃぁ、忙しいので戻るわね。またお昼に来るわ。鍵掛けといてね」
「昨日の礼も言っておきます。いつも感謝してます」
にっこりと笑ってひらひらと手を振りながら扉へ向かうドルテ姉さんを見送った後、鍵をかけて戻ってきたアムリと食事を始めた。
「母が来るか。説教かもな」
「イクシオ様はホスカ様が苦手ですから説教と感じてしまうのだと思います」
「淡々と最悪な未来予測を語るのも説教だろう。やめろとか直せとか言えばいいのに、食事中にこの話はやめだ」
アムリの何か言いたそうな顔を見て話を切り上げ、食べることに集中する。
この国の、いや宿舎での、それとそれまでの食事は悪くはなかった。多様性がないと言ってしまえば間違いではないが、洗練された味で特に不満も感じない。
時々うまい味のはずなのに苦みが美味しくない野菜に舌がちぐはぐな感じはしていたが、なるほどね。
「従者の現地確保組は出発までここで独りっきりで過ごすことになるけど、結構厳しいんじゃないか?広場の時間も無くなって大丈夫なのか?先に1人いたよな」
「そちらの時計の部屋に書棚があります。宿舎には無い本ばかりでしたので、よほど退屈な時には時間つぶしになったはずです」
「それでも2日もすれば、投げたくて発狂するんじゃないか?」
「球投げはそういったものではないのですが、、みなさん規律正しいお方ばかりですので、いらぬお気遣いかと思います」
「夜も1人では怖いだろう」
「ここは安全ですよ」
いやまぁ、分かることは分かるんだけど。あいつらが騒がしいのは投げてたときぐらいだったしな。俺も割合そんな感じだったし。たぶん。
「くれぐれも広場の時間に彼らに会いに行こうとしないでください。もうわたしたちは宿舎の子供ではありませんので厄介なことになります」
「いや覚えてるから。分かっている。さすがにそんな面倒なことはやらないさ。本当に」
食べ終わった食器を片し、カップにお湯を入れ、また向かい合って座った。
「わたしだけ木球の握り方を無理やり直されたことは覚えているか?」
「球が全く入らずにイライラしていたイクシオ様に何度も優しく、槍を持つようにつかんで、と教え諭されていた子守役のお姿は覚えております」
「いつのことだ?いや、いい、確かに槍を引き合いにするのが道理だが、そんな記憶は、出てこないな」
「申し訳ありません、いつもの皮肉な言いようかと思いました。優しくとは言えませんが親身に洗脳されていましたよ。そのせいで記憶が飛んでしまったのでしょうか?」
洗脳されたの?
握りを変えられてから的に時々は入るようになったけど、何かがこう嚙み合わなくて、とてももどかしかったことしか覚えてない。
ぬるま湯を飲み干し、立ち上がってカップをストレートに握り、アムリに向かってセットポジションからゆっくり腕を振りリリースで止める。当然、手のひらはアムリに向いている。よし。
そしてその間抜けなポーズのままアムリに語りかけた。
「わたしは首都セルラシアで生まれるその前に、ここではない別の世界、別の国で生きていたという記憶を持っている。いや、思い出した。
そこでは球はこうやって投げるもんなんだ。槍投げなんてしたこともない」
俺が真剣であることは伝わったようだ。アムリの考えがまとまるまで待つ。
ここからは成り行きだな。アムリの察しの良さには期待ができる。輪廻転生はこの世界に浸透している生誕の考えとは違うが、死後の形態が違うだけだとシンプルに考えればわりと簡単に理解してくれるだろう。




