緊急会議発動
「私、あれだけ個人的には会わないように注意しましたよね⁈」
再び上条専務と会ったことに、糸川さんは血相を変えて怒っている。
「そう言われましても、たまたま知人のパーティでお会いしただけです」
招かれたわけではなく、こっちが勝手に壬生邸に押しかけてお手伝いしたんだけどね〜。
「それで? 何を話したんです?」
何? これ尋問? 取調べ?
「一緒に栄芳堂を立て直しましょうと……」
「他には? もっと具体的なことを上条専務から言われなかったんですか?」
何か言われたっけ? あ、そうだ!
「今のままでは栄芳堂は買い叩かれると」
「なるほど」
糸川さんは腕組みをして隣の姫路社長をチラ見する。姫路社長は、
「ある筋の情報ですが、上条製菓による栄芳堂の株式譲渡価格は3億円ほどでしたが、突如半値の1億5千万円まで下がったそうです」
1億5千万円? そんないただけたら家族3人で充分暮らしていける。
「1億5千万円ですか? 私、全然それで良いです! はい! 売ります」
「はあ〜」
糸川さんは思いっきりため息をつくと首を降り、
「けいこさん、あなたねえ、栄芳堂の債務がいくらかあるのか知っているんですか?」
「え? いくらって? いくらなんですか?」
怖い怖い、うちの借金っていくらあるの?
「1億5千万円です」
言った後に嫌味も忘れない。
「バランスシートの長期借入金を見れば分かるでしょ? 借金を返したら何にも残りませんよ。まあこちらとしては、手数料の1500万円をいただければ万々歳ですけどね」
「でも借金は会社がしたものですしーー」
「支払うのは代表取締役、つまりお義母様の美鈴さんです」
「ええっ? そうなんですか?」
「無論、栄芳堂に支払えるだけの預貯金が残っていれば、会社が払えば済むことですが」
「そんな大金、逆立ちしたって出て来ません!」
「でしょ? ほとんどの中小企業の借入金は、連帯保証人である代表取締役個人の借金になるんです」
糸川さんはいらつきながら
「M&A担当者なんですから、それくらいちゃんと把握しておいてください!」
「そんなこと言われたって、私だってお義母さんから引き継いだばかりなんですから!」
私たちがやり合っているのを眺めていた姫路社長はおもむろに、
「この糸川は銀行員時代、中小企業の融資担当をやっておりました。その経験を栄芳堂のためにお役立てください」
と割って入る。
「え?」
私と同じタイミングで糸川さんも声を上げる。
「そ、それは社長……」
「糸川くん、乗り掛かった船だ。けいこさんのために最後までしっかり面倒をみなさい」
「でも社長……」
「経営に行き詰まった中小企業を見捨てたくないから、銀行を辞めてウチに入ったのではなかったのですか?」
「それは……確かに面接の時はそう申し上げましたが」
「だったら命令です。ちゃんとM&Aできるように栄芳堂さんを立て直しなさい。こちらの言い値で、上条製菓に買い取っていただきましょう」
言い値? 思わずイイネボタンを押してしまいそう。イイネでも、栄芳堂の経営に糸川さんが口を挟むのはちょっとというか、すごくめんどくさそうだ。
「姫路社長、糸川さんに手助けいただけるのは有難いのですが、それはーー」
「それで糸川くん、君なら窮地の栄芳堂をどう立て直す?」
あれ? あれあれ? 私を無視して勝手に栄芳堂再建計画会議が開かれてる? 糸川さんは少し考え、
「まずは借入金返済の目処を立て、健全な経営状態であることをアピールしなくてはなりません。そのためには節約、無駄な経費を削るのはもちろんですが、それには限界があると思います。革新的な何かが必要になると考えますが、けいこさんはいかがでしょうか?」
え? 私? あれ? 目の前に真顔になった糸川さんが居る。銀行にお勤めの頃はこんな感じだったのかしら? でも急に革新的な何かって言われてもねえ、もうチンプンカンプン。
「あ、はあ……」
「やはり売上げを上げるしか手がない。売上げさえ上がれば、しっかりした返済プランを債券先に提案できる。それを買収先に提示すれば信用を得ることが出来る。けいこさん、何か売上を上げる手立てはありませんか?」
「え〜! そんな方法があればとっくにやってますよ」
「それはそうかもしれませんが、ほら、もっと考えて!」
急にそんなこと言われたって、
「ちょっと考えたくらいで売上が上がる案が出てくるなら苦労はしません!」
「うむ……」
唸る糸川さんを姫路社長がフォローする
「糸川くん、まずは和菓子業界のことをしっかりリサーチした上で会議に臨もう。次回の議題は、栄芳堂売上げ倍増計画だ! それでけいこさん、いかがですか?」
「え? ……あのぅ、この会議はまだ続けるんですか?」
「もちろんです! やりましょうけいこさん!」
糸川さんが真っ直ぐに私を見つめて言う。この人本気ぽい。とはいえ会議で栄芳堂がなんとかなるのだろうか?




