良い年だって駄々こねる
翌日、私は三田さんに昨日の夜、壬生様のお屋敷まで小判きんつばをお届けした話をする。
「ごめんなさい。私がメモを見落としてしまったせいで午後の集配に間に合わなかったの」
とすまなそうに伝えると、
「大口注文を取ったって威張っているんだから、沢村部長が届ければ良いのにね〜」
と言ってくれた。
「ヤボ用って、またお見合いパーティーでも行ったのかしら」
「お見合いパーティーですか?」
「中高年のお見合いパーティ。けっこうはやっているみたいよ」
「へえ〜」
「けいこさんも興味ある?」
「いえ、ないですけど」
と答えたものの、正直言って興味はある。私はこれまで夫を頼って生きて来た。夫を事故で亡くしてからは夫の実家である栄芳堂を頼って生きて来た。ここが私の居場所だった。でも今はその居場所のせいで悩まされている。お義母さんの入院は長引いているし、M&Aなんて誰に相談すれば良い? 学生時代からの友達? 娘の同級生のお母さん? アメリカのチョコと間違えられるのがオチだ。心細くて正直誰かにすがりつきたい。亡き夫には申し訳ないけれど、良い人が居ればと思うのも本音だ。
「沢村部長ってお見合いパーティーでけっこうモテるみたいよ。チヤホヤされるから行きたかったんじゃないの?」
「へえ〜」
「ほら、グイグイくるタイプの男に弱い女って一定数いるじゃない?」
「は、はあ……」
「けいこさんには分からないか?」
「いえ、なんとなく分かります」
「グイグイ来て欲しい人はちっとも来てくれないのにね〜」
と三田さんはため息をつき遠い目をする。
「確かに」
私は頷きながら、マー君を思い浮かべる。
「まあ、お互い頑張りましょう」
「頑張りましょう」
何をどう頑張ればいいのかわからないけれど、お互い頑張るという事でその場は落ち着く。
「それで三田さん、明日なんですけど、お休みをいただいて残り1箱を壬生様へお届けしようと思います」
「あれ? 今日送れば間に合うんじゃない?」
「でも持って行った方が確実ですし、お得意様だから何かお手伝いできないかと思って」
それに交流の広い壬生様のパーティなら、芸能人だって会えるかもしれない。
日曜日の昼間、壬生邸では親しい方々が集まってパーティーが開かれている。華道家らしいおもてなしで、床の間の例の青い壺や、玄関脇の平べったい焼き物、お庭の鉢などなど、どこもかしこも豪華な花が生けられていて目を楽しませてくれる。
華やかさとはほど遠い私は、場違いなことはしたくないので、帰る方に小判きんつばが入った手提げ袋をお渡しする係を申し出た。壬生様は喜び、
「助かります」
と丁重に頭を下げてくれる。頑張ろ。
とは言え、すぐにパーティがお開きになるはずもなく、暇だ。玄関の傍で午後の陽光を浴びて佇む。借景している森からは鳥の囀りが聞こえて来る。平和だ。今頃マー君はどうしているのかしら?
すると門の扉が開いて、見覚えがある黒塗りの車から背の高い紳士が降り立った。
「あ!」
彼も近づくにつれ私に気づき、
「あれ? なぜこんなところに?」
「壬生様はお得意様なんです。あなたは?」
「壬生は幼稚舎からの同級生なんです」
「へえ〜」
さすがセレブ同士、幼馴染なんだ〜と感心してしまう。
「ちょうど良かった。直接お伝えしたかったんです。私は決して栄芳堂を都合の良い女だとは思っていませんよ」
ああ、糸川さんに聞いたのね。私の言った通りじゃなくて、もうちょっと遠回しに伝えて欲しかったな〜。でもーー
「じゃあなぜ保留に?」
「今の栄芳堂だと、安く買い叩かれてしまう怖れがあります」
「御社にとってはその方が都合が良くないですか?」
「それはそうですが、そちらのためを思うと出来ない」
「昔から『そちらのために』と言われるのが一番信用できないんですけど……」
これまで聞いた「これはあなたのためを思って言っているのよ」にろくなものがなかった。
「私が信用できませんか?」
「はい」
あ、流れで「はい」と答えてしまった。
上条さんは苛立ちを隠さず、
「ではどうすれば、私を信用して貰えますか?」
と詰め寄ってくる。
「逆です! 私はあなたを信用するために、どうすればいいですか⁈」
あ〜、私今、ダダをこねているな〜。LINEを知っているくせに連絡もせず放っておくからこんなにことになるのよ。ダダをこねるような女には、何かの歌詞ではないけれど、キスして唇を塞げば良いよ。でもマー君は絶対そんなことはしない。紳士ですものね〜。されたらこっちが引くわ。
唇を噛んだマー君は、無言で私の横をすぎて玄関を上がっていく。追いかけて問い詰めたいが、これ以上ウザい女だと思われるのは自分が耐えられない。
フン! セレブはセレブ同士、せいぜいご歓談するが良いわ。庶民の私はここで一人ブーたれてますから。と性格が悪い私は思っているのである。
宴もたけなわとなり、皆さんお庭に見るために、玄関に靴を取りに来られた。壬生さんは私にも
「こんなところで待たせてすみません。皆様が庭を見ると言うので、ご一緒にいかがですか?」
と誘ってくれる。
「いえ、私なんて」
と、手を振り辞退しているのに、
「そう言わずに、どうぞどうぞ」
と導かれる。
庭には降りるとマー君が居た。談笑する相手もいないみたい。私はスーッとそばに寄り、
「さっきはごめんなさい」
と伝えるつもりだったのに、その前に彼の方から、
「栄芳堂の価値を上げましょう」
と耳打ちしてくる。
「え?」
「さっき壬生に、小判きんつばをなぜ引出物に出したのかと尋ねました。壬生は、美味しいのはもちろんだが、きんつばを割った時の断面がとても綺麗で気に入っていると話してくれました。壬生の審美眼は信用できる。あの男が褒めているのです。価値が分かる方には伝わるはずです。それを世間に知らしめなくてはなりません。栄芳堂を引き継いだあなたの責務です。もちろん私も協力を惜しみません!」
「は、はい」
珍しくグイグイ来たので思わず「はい」と答えたけど、え! 私はいつの間にそんな重大な責務を負ったのと思う。
「私に、あなたを、いえ、栄芳堂が立ち直るお手伝いをさせてください」
マー君は私の手を握りしめて熱くそう語った。




