栄芳堂、ついに動く
私は、娘の幸子に語った案を会議に提出してみた。
栄芳堂の売上げを上げるためには、新商品の開発するしかないと思っていること。新商品は、銘菓小判きんつばの小さいバージョン、ミニ小判きんつば(仮)を考えていること。
かっこ仮なのは、すでに小判に小さいという文字が入っているため字面が悪いかな〜と、良い名前が浮かんだら変えようと思っている。ひと回り小さいサイズの小判きんつばを作り、販売価格を安くする。その際、きんつばの本体であるあんの種類は増やそうと思う。定番のあずきの他に、くりあん、抹茶あん、チョコあん、いちごアン。そんな商品がデパ地下のケースの上に並んでいるのを想像したらワクワクして来た。
「良いですね!」
姫路社長は賛同してくれる。
「こういうのを待っていました! やっぱ主婦の視点は大切ですね!」
糸川さんの私の手を取って喜んでくれる。褒められて悪い気はしない。糸川さんは案外良い人なのかもしれない。
「でも」
でも何?
「開発資金はどうします?」
え?
「新商品開発の予算はいくらくらいとお考えですか?」
お考えと言われても……
「私には分かりません」
正直に答えると、
「工場長のトクさんでしたっけ? けいこさんのお話しをお伺いすると頑固な職人さんのようですが、予算については、その方と相談してみるしかないですね」
心配顔の姫路社長につられて、私も急に不安になって来た。
「でもやるしかない。もちろん私も同行致しますよ」
糸川さんの力強い言葉は有り難い。
「ありがとうございます。でも、私が説得してみます」
いきなり知らない第三者を連れて行くのはトクさんの気持ちを頑なにしてまう気がするので、丁重にお断りして、まずお義母さんとウメさんに相談してみることにした。
ウメさんは、
「お嬢様、素晴らしいです! そんなアイデア、いつ思い付かれたのですか?」
手放しに喜んでくれる。実は嫁入りしてデパ地下店を手伝うようになった頃から、もう少し安くならないのか? 違う味もないのかしら? とは感じていた。ただ日々の生活の中で、それは私が考えることではないのだ。余計な口出しはしまいと心に蓋をしてしまった。娘に相談した時、幸子の意見が当時の私と同じで、長い間閉じていた蓋がはずれておさえていた考えが吹き出したのだ。
病床のお義母さんは、
「けいこさん、あなたに任せたのだから好きにしてみなさい」
と言ってくれる。お義母さん……ちょっと会わないうちに小さくなってしまった感じがする。頑張らないと私は自分を奮い立たせて、トクさんにミニ小判きんつば(仮)を相談してみることにした。案の定
「あんたみたいな素人に菓子の何が分かる? ミニ小判きんつばだと? そんなのは栄芳堂の小判きんつばじゃえねえ!」
と一蹴される。
「小判きんつばだって、最初に作ろうと言い出した人がいるはずです。四角なら楽なのに、わざわざ楕円の鋳型を作って、型にあんこを入れないといけない。反対だってあったはずです。でも、反対に負けなかったおかげで、今の小判きんつばがあるのではないでしょうか? 私たちは時代にあった新商品を作るべきです」
私は必死に食い下がるが、
「だからこそ、そういう先人の想いを汲み取り、伝統を大切に守っていかなくちゃいけねえんだ!」
この頑固ジジイ! 私なんかじゃとても説得できない。仕方ない。
「トクさんは、最近、お金を払って小判きんつばを購入しました?」
「は?」
「お金を払って小判きんつばを買いましたか?」
「買ってねえよ」
「私の意見は、お客様のご意見でもあるんです!」
ちょっと誇張しちゃったけど、良いウソだってあるはず。けれどトクさんは自説を曲げない。
「昔ながらの小判きんつばが欲しくて、買い求めてくれるお得意だっているだろ?」
壬生様の顔が浮かんだ。
「そういう客を大事にすれば良いんだ。仕事の邪魔だ。帰ってくれ!」
開発費の概算を出そうにもトクさんの協力なしでは先に進まない。しかしそれは絶望的に無理かもしれない。打ちひしがれていると、そんな時に限って沢村さんがひょっこり現れる。
「けいこ、ウメさんから聞いたよ。ミニ小判きんつばか?」
「かっこ仮ですけど」
「トクさんは首を縦には振らないだろ?」
「ええ。全然ダメでした」
「トクさんいつも言ってるよ。一人前の職人に育ててくれた先先代のおやっさんの恩に報いるため、自分の目の黒いうちは小判きんつばを守り抜くって、」
「お義父さんとそんな約束を?」
「だから製法には厳しいんだ。良いものを作れば売れると信じている。そんな時代じゃないのにな〜。だけど、そのおかげでここまで栄芳堂は続けて来れた。それはトクさんの功績だ」
「そうかもしれませんけど……」
「ま〜だけいこには優しい方だよ、俺なんかが口出ししようなもんなら、小僧扱いされて、こっ酷く叱られるのが落ちだ」
「そうなんですか?」
「ああ、ただ言う人が変わればどうかな?」
「え?」
「だてに高齢者お見合いパーティーに顔を出しているわけじゃない。どんな人だって、大切な誰かのためには一肌脱ぎたくなる。人間はそんな可愛い生き物だ。トクさんだって、きっとな」
え? トクさんがひと肌脱ぎたいと思う人って?
「あ! そうか!」
「どうだ? 良いアドバイスだったろ? だったら今夜食事でもーー」
「ありがとうございます!」
「え? あ、お嬢!」
私はまっすぐお義母さんの病院へ向かった。
立ってるものは親でも使え、ということわざがあるが、横になっているお義母さんに今はすがるしかない。お義母さんは私のスマホから電話してくれた。
「トクさん、聞きましたよ。お父さん宮部隆行との約束をずーっと守ってくれてありがとう。あなたのおかげで栄芳堂はここまで長くやって来れました。感謝しています。私もお父さんから引き継いだ栄芳堂を守るために必死に頑張って来たんだけど、経営状態が厳しくってね。だから……けいこさんに協力してあげてくれないかしら、私の一生のお願いです、トクさん」
次の日、トクさんは若い男の人を本店に連れてやって来た。
「若女将、新しい菓子を作るなら、新しい職人が必要だ。こいつは俺の甥っ子の息子の川上翔太だ。和菓子職人として素養を持っている。こいつに手伝わせる」
「よろしくお願いします」
翔太くんは爽やかにあたまを下げる。
栄芳堂がついに動き始めた。




