第40話 手助け
【尾関 きみか】
「あっ!きみかちゃん!今日は本当にごめんね!無理言って……」
「いえ!こんなことくらい全然ですよ!」
一週間前の夜勤のバイト中、突然香坂さんから「きみかちゃんて車の免許持ってたりする?」と聞かれ、持っていると答えると、お礼をするから今度空いてる日にホームセンターへ一緒に行ってくれないかと頼まれた。
どうやら離婚は思ってた以上にだいぶ急なことだったようで、香坂さんはほとんど着のみ着のままで家を出たらしい。そのため、移り住んだアパートにあるものと言えばまだベッドくらいだそうだ。
必要なものを一気に揃えて車で運びたいけど、しばらく運転してないから運転が怖く、私に代わりに運転してほしいとの要望だった。
次の日曜日はちょうどお互いシフトが入っていなかったので、私は手助けになればとその日に付き合うことを承諾した。
駐車場の契約が香坂さん名義だったこともあり、家族で乗っていた車は取り急ぎの慰謝料代わりに香坂さんが預かったらしく、その車で私たちは20分ほどかけて大きなホームセンターへ向かった。
「なんかすごい不思議な感じ。うちの車をきみかちゃんが運転してるなんて」
「私もなんか変な感じします。正直、ちょっと気まずさもあるし……」
「あっごめんね!チャイルドシートとかそのままで!」
「別にいいんですけど……生活の痕跡が生々しいというか……なんか切ないですよね……」
「アハハ!きみかちゃんてほんと正直に言ってくれるから楽だなぁー」
「そうですか?デリカシーなさすぎるってよくキレられますけど」
「ほんとに?今の私には取り繕った優しさよりよっぽどあったかく感じる」
運転しながら横目で見る香坂さんは、少し前よりもほんの少しだけ元気になったように見えた。
ホームセンターに着くと、洗濯物干し、オーブンレンジ、傘立て、間接照明など……無いと意外に結構困るものたちを次々と大きなカートに乗せて、広大な店内を隅々まで歩き回った。
買う予定だったものをほぼ揃えると、ちょうど通りかかった、ホームセンターに併設しているペットショップのガラスケースに目が留まった。
昼寝から覚めた子猫や子犬がたまらない可愛らしさでガラス越しに誘惑してきて、私はカートを片手に中腰になりながら見入っていた。
すると突然、右腕にするっとした肌の感触を感じた。右を見ると、私の二の腕に香坂さんが細い左腕を巻きつけるようにして掴まっていた。
「ちょっと、すみれさん!そんなことしたら変な目で見られますって!」
「いいよ?別に。きみかちゃんとなら……」
「何言ってんですか」
「こうしてたら、私でもきみかちゃんの彼女に見えるかな?って思って!」
「それはどうですかね?すみれさんはノンケ感強いからなー」
「私ってそうなの?」
「完全にそうですね」
「そんなに分かるもんなんだ?」
「難しい人もいるけど、完全に100パーどっちかの人は結構分かりやすいかな」
「ふーん……そっか。ねぇ見て!このネコちゃんかわいいー!きみかちゃん、動物好き?」
「ほんと、めちゃめちゃ可愛いですね。好きは好きなんですけど、私今まで動物飼ったことがないから実際接し方とか分かんないんですよね……」
「分かるかも。私も好きなんだけど、小鳥しか飼ったことなくて。動物との接し方でその人の人間性って出るよね」
「ほんとそうですよね、動物と自然に接することが出来る人ってほんと素敵だと思うなぁ……」
そう言いながら、私は奈央のことを思い出していた。
数時間の買い物を終え、無事に香坂さんのアパートに着くと、もう夜の7時になっていた。後部座席とトランクを埋め尽くす荷物を、2人で何度も往復して全て運び終わると、部屋はなかなか圧巻な光景になった。
「これ、全部の箱開けるだけでも大変そうですね……」
「そうだね……少しづつ地道にやろうかな」
「それがいいですね、大変だけど頑張って下さい!……それじゃあ、そろそろ私帰りますね!」
そう言って玄関に向かおうとすると、香坂さんに手首を掴まれた。
「待って!今日のお礼に夜ごはん作るから食べてって!」
「でも今日は相当疲れただろうし、また今度でも……」
「……お願い、今日楽しかったから、今急に一人になるの寂しくて……」
「………じゃあ、少しだけご馳走になろうかな」
「ほんと!?嬉しい!!すぐ作るからテレビでも見て待っててね!」
「すみません……」
「あっそうだ!お酒飲む?」
「えっ!?いいんですか!?」
「うん!今日運転で疲れたらきみかちゃん飲みたくなるんじゃないかと思って、昨日色々買っといたの。ひと通りあるけど何がいい?」
「えー!そんなことまで考えててくれたんですか?!逆に申し訳ないですけど……じゃあお言葉に甘えてビールとかあったら……」
「助けてもらったんだもん、これくらい当たり前だよ!今持ってくね!」
いつのまにかピンクのエプロン姿になっていた香坂さんが、市販ではトップレベルに値段の高い缶ビールと冷えたグラスを持ってきてくれた。
「これめちゃくちゃいいやつじゃないですか!いいんですか?」
「うん、もちろん!好きな銘柄とか分からなかったから適当に選んだんだけど、大丈夫だった?」
「あんまりこだわりないんで別に何でもいいんですけど、正直これは嬉しいです!いつも質より量で安いのばっかり飲んでるから」
「喜んでくれてよかった!」
そう言うと、香坂さんは私にグラスを手渡して一杯目をついでくれた。
「ごはん作ってもらってる上に先にお酒まで頂いちゃってほんとすみません……」
そう言いながら、なんだかんだで今日はかなり疲れてしまって、今すぐにでも飲みたかった。
「全然いいの!飲んでくれてた方が私も焦らないで済むし!」
「……じゃあ、すみませんけど失礼します……」
私はグラスを口に運ぶと、一口で半分以上飲んでしまった。
「うぁー!!生き返るー!!」
「いい飲みっぷりだね!」
「聖水みたいに細胞に染み渡ります……最高……」
「……なんかこうゆうのいいな」
「こうゆうのって?」
「ごはん作ってる間に、愛する人がお酒飲んで待ってるみたいなの……。前の旦那はお酒飲まない人だったからこうゆうの初めてで、なんかちょっと新鮮で嬉しい」
「そういうことで喜び感じるってことは、すみれさんは尽くすタイプなんですね。私は一切料理出来ないから真逆かもしれないな」
「きみかちゃんはお酒飲んで待ってる側のがいい?」
「そりゃ俄然そうですね」
「そっか。じゃあ、はいどうぞ、あなた!」
香坂さんはノリよくふざけながらビールのおかわりをついでくれた。
「意外とノリますね?すみれさんにこんなことしてもらったら誰でも瞬殺ですよ!」
「もー!すぐそういうこと言うんだから!そんなこと言うならきみかちゃんが私のこともらってよ」
「もらう!もらう!」
「軽いなぁ……」
しばらくして運ばれてきた香坂さんの料理は予想に反してどれも純和風のもので、全部本当に美味しかった。栄養のバランスまで考えられていそうなメニューばっかりで、きっと結婚生活の間、旦那さんと娘さんのために色々と頑張ってたんだろうなということがうかがえた。
「どう?口に合う?なんか渋いものばっかりでごめんね」
「そんなことないですよ!お世辞じゃなくて全部めちゃくちゃ美味しいです!お酒にもすごい合うし!」
「よかったぁー。美味しいって言ってくれるか心配だったから……」
「まぁ例え美味しくなくても全力で美味しいって言いますけど」
「えっ!?」
「冗談ですって!本当に美味しいですから安心して下さい」
「もぉ、びっくりした……やめてよー!私、泣くよ?」
「泣かれるのは困りますね」
「なに?きみかちゃんて泣かれると弱いの?」
「そりゃ女の子に泣かれたらちょっと……」
「女の子限定かぁ……30過ぎたらもう効果ないよね?」
「いやいや、女の人はみんな永遠に女の子ですよ」
「……私も少し飲もうかな」
「あっ、ごめんなさい!一人でずっと飲んで……勝手にすみれさんて飲めないのかと思ってました!」
「普段は全く飲まないんだけど、今日は少しだけ飲みたいかなって」
「疲れましたもんね、そうゆう時は必須ですよ!酒は回復の聖水だから!」
「……そうゆうことじゃないんだけどな」
「え?」
「なんでもない!じゃあ、きみかちゃんついでくれる?」
「はい!もちろん!」
私のより小さいグラスに注いだビールを、香坂さんは苦しそうにしながら飲んだ。
「大丈夫ですか?そっこー顔赤いですけど……」
「うん……飲めないわけじゃないんだけど、弱くて……」
「無理しないで下さいね?」
「……きみかちゃんていつも優しいね」
「そんなことないですよ、私、ある界隈では悪魔って言われてるし」
「そうなの?私はそんなとこ微塵も見たことないけど」
「すみれさんの前じゃ悪魔にはなりづらいなぁ……。てゆうか、なる理由がないし。……奈央とかは知ってますよ、私の嫌なところいっぱい」
「……きみかちゃんて昔から奈央ちゃんと仲いいけど、奈央ちゃんのことはそういう目で見たりしないの?その、一人の女の子としてっていうか……」
「えっ!?」
突然ド直球のことを聞かれて、一気に動揺した。ビールを大きめな一口で飲んでから
「だって奈央は高1になりたての時から見てるし、妹みたいな感じだから……だからこそ、まぁ特別大事ではありますけど……」
と目を合わせずに答えた。
「そっか!姉妹みたいな感じだから色々さらけ出せるんだ?」
「そ、そういうことですかね……」
「いつか私も見てみたいな、きみかちゃんが悪魔になるところ」
「いやぁ……絶対見ない方がいいですよ。確実に引くと思います……」
「そんなこと言われたら逆に興味そそっちゃうよ!」
「もうやめましょ!せっかく美味しいごはん食べてるのに悪魔の話しは!」
「じゃあさ、きみかちゃんの一番好きな食べものってなに?」
「うーん……一番は……肉ですかね!風邪ひいてもかたまり肉食べたくなるくらいとにかく肉好きなんですよね」
「じゃあハンバーグとかどう?」
「週5でいけるくらい好きですね」
「ほんと!?私ハンバーグすごく得意なの!今度作るからまた食べに来て!」
たわいない話をしながらお酒と料理を満足するまでご馳走になると、腕時計の針は11時12分を指していた。
話に区切りをつけてようやく腰を上げ、少しふらついた足取りで今度こそ玄関まで行った。
お礼と別れの言葉を伝えると、香坂さんはこの世の終わりのような悲しい顔をしながら小さく手を振って見送ってくれた。
人気のない帰り道、私みたいに一人になりたくて始めた一人暮らしと、したくないのに必然的に始まってしまった一人暮らしでは、夜の長さが全く違うんだろうなと想像しながら歩いた。




