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第35話 決意




「いらっしゃいませー!あっ!あんなちゃん、尾関ちゃん、お疲れさま!二人揃って暗い顔してどうしたの?」



 バイト上がり、もう少しちゃんと話そうとあんなさんに言われ、えなさんのお店に飲みに行くことになった。



「えなぁ〜〜……」

「えっ、なに?どうしたの!?」

「バレたぁぁ〜〜……」

「なにが?……えっ、まさか…!」

「うん……倉田ちゃんの」

「えー!!どうして!?」

「しょうくんが本物の彼女とうちの店来ちゃってさ、尾関がしょうくんにヤキ入れちゃったの……」

「ちょっと!そこまではしてないでしょ!」

「したようなもんだろ、かなりキレてたじゃん」

「まぁ……そりゃキレるでしょ、浮気してんのかと思ったから……」

「……なんか大変だったみたいだね。しょうくん、なんにも知らないからびっくりしただろうね……」

「ほんとだよ!かわいそうに!突然見ず知らずのレズ女にキレられてさ、びっくりしてコツメカワウソみたいにキョトンて目してたじゃんよ!」

「レズ女って、自分もそうでしょーよ!……でも、申し訳ないことしちゃったな。最後謝れなかったし……」

「そういやしょうくん、尾関にもお礼伝えてって言ってたよ。倉田ちゃんと仲良くしてくれてること」

「……うん、聞こえた」

「しょうくん、さすがなおちゃんのいとこだけあっていい子なんだね!」

「どうせいい子だろうと思ってたけど、ほんと引くほどいい子だった。あれは彼女惚れてまうやろのやつだわ……。今度会ったら尾関は土下座して謝罪だな!」

「謝るは謝るけどさ、実際は私そこまで悪くないよね?だって知らなかったんだし……。ああなるのも仕方なくない?」

「いや、お前は完全に悪い」 

「なんで!?」

「どんなことがあってもお客様に『お前』なんて言ってはいけません」 

「……なんも言えないじゃん。その通りじゃん……」

「……ごめんね、尾関ちゃん……私のせいで……」

「えな、いいよ!謝んなくて!」

「そうですよ、えなさんが謝らなくても……」

「でもね、私が黒幕なの。全ての首謀者は私で私の計画だったの。私が奈央ちゃんを言いくるめて、あんなちゃんに片棒を担がせた……。だからね、ヤキを入れられるべきなのは私なの!」

「……そうだったんですね」

「えなを責めたらお前を埋める」

「埋められるそうなんで大丈夫ですよ。それにえなさんのことだから、奈央と私のことを思ってしたことだろうし」

「尾関ちゃん……」

「尾関、私は謝らないよ」

「分かってますよ、悪いことしたつもりじゃないんでしょ?」

「いや、多少悪い気もしてる。ほんのかすかに」

「じゃあ謝ってよ」 

「でもさ、私の中の私が尾関に頭を下げることを全力で拒否すんだよね」

「そっか!じゃあしょうがないよね!……じゃないわ!……まぁもう別にいいけど。ていうかさ、あの子、今日のこと奈央に話したかな……?」

「一応倉田ちゃんには黙っといてとは口留めはしといたよ。普通だったらそれでもそんなの無視してバラしそうなもんだけど、しょうくんはいいヤツだからなぁー。言わないんじゃない?」

「そうかもね。あのさ、あんなさんとえなさんも、私が知っちゃったことは奈央に言わないでいてくれないかな?」

「……まぁ元々二人が普通に戻れるようにってつき始めた嘘なわけだし、倉田ちゃんがこのこと知ったら逆に気まずくなってまた距離出来ちゃいそうだし……とりあえずは言わない方がいいかもな……」

「私もなおちゃんに対しては心苦しいけど、二人の問題だから勝手に話したりしないよ」

「ありがと、えなさん」 

「今まで聞かなかったけどさ、尾関の本心はどう思ってんの?今の彼女とは形だけなんでしょ?本当は倉田ちゃんのことが好きなんじゃないの?あのキレ方は友だちへのやつじゃないもん」

「………」



 図星過ぎることをストレートに聞かれて、証拠までつきつけられたけど、それでも今までずっと一人の胸のうちに隠してきた気持ちは簡単には口に出せなかった。なのに、あんなさんもえなさんも、そんな私の様子だけで全てを理解したようだった。


 

「え!本当にそうなの!?尾関ちゃん!!」

「なんでえなさんがそんなに嬉しそうなの?」

「うれしいよ!私、ずっとなおちゃんのこと応援してきたんだもん……。あー!今すぐ電話して言いたいなぁー!『尾関ちゃんがなおちゃんのこと好きだって言ってるよ!』って言ってあげたい!」

「ついさっき勝手に話したりしないって言ってたのに、一番危ういんですけど……」 

「ねぇねぇ尾関!いつから倉田ちゃんのこと好きだって自覚したの?」

「……たぶん、奈央に彼氏が出来たって思った時からだと思う……」

「ほらやっぱり!ね?言ったでしょ?えな!私、言ったよね?倉田ちゃんに彼氏が出来たら案外尾関嫉妬してくるって!」

「うん!あんなちゃん言ってたね!」

「しょせん尾関の考えは私の手の中だな」

「なんかやだなー」

「てことはさ、尾関も一年以上片想いのつもりで倉田ちゃんのこと好きだったってこと?なんだ、お前ら!両想いのくせにこじらせすぎだろ!もうそうとなったら早く告れよ!今すぐ倉田ちゃんを呼び出して告れ!」

「いや、奈央今風邪ひいてるから……」

「あぁっ!そうだった!!」

「えっ、なおちゃん風邪ひいちゃってるの?」

「うん、それで今日店休んだんだよ」

「心配だね……早く良くなるといいけど……」

「良くなって戻ってきたら、そっこー告りなよ!倉田ちゃんは1000%OKだし、あまりに嬉しすぎて漏らすかも」

「こら!あんなちゃん!なおちゃんのことまで犬にしないの!それに、そもそも尾関ちゃんには今彼女がいるんだよ?」

「でも別れるつもりだって言ってたよね?」 

「……うん。元カノのことを忘れられないみたいだから、戻らせてあげようと思ってる。だから、彼女のことはまぁいいとして……」

「なに?他にもなんかあんの?」

「いや、告白するのはちょっと……」

「は?バカか!好きなんでしょ?で、向こうも好きなんだよ?なんで告白しないんだよ!……まさか、この期に及んでまた倉田ちゃんからさせようってんじゃないだろうな?」

「まさか!そんなこと考えてないって!!そうじゃなくて、……正直、ちょっと恐くて……」

「フラれるかもって思ってんの?フラれるわけないじゃん!倉田ちゃんがどれだけお前のこと好きだと思ってんだよ!」

「……受け入れてはくれるかもしれないけど、その後が恐くて……。付き合ったら離れてくかもしれないから……」

「なんでだよ!」

「だって、私いつもそうだから……。食いつきだけはよくて、すぐ付き合ってとか言われるけど、結局ただの冷やかしだったのかって感じでいつも捨てられるし……」  

「まぁ確かにお前は、エサを投げ入れられた時の池の鯉みたいに食いつかれるよなー」

「どうせ食いつきだけだもん。みんな簡単に好きって言って、みんな簡単にいなくなる。友だちだって長く続いてる深い関係の子なんて一人もいないし。私なんてフタを開けたらほんとにつまんないスカスカな人間だから、関係が近くなると『思ってた感じと違う』ってみんなそれに気づいて、結局最後はいなくなるから……」



 誰にも言えなかった奈央への気持ちを認めた途端、心の扉が少しバカになって、人には見せたくない部分まで流れ出てしまった。


 

 いつでも優しいえなさんはもちろんだけど、いつもなら人の弱みが大好物なあんなさんも、私が話終わるまで静かに黙って聞いてくれていた。



「……ずっと私を捨てないでくれてるのはあんなさんとえなさんだけ。だから二人以外は信じられない……。本当の意味で私のことを好きでいてくれた人なんか、他には誰もいなかったから……」

「尾関はつまんない人間なんかじゃないよ。お前の前から去ってった奴らは、お前の人生に必要じゃなかっただけだよ。何よりこの私が尾関を認めてるんだから!それに、倉田ちゃんのこともそいつらと一緒にすんなよ。倉田ちゃんはお前の悪魔みたいに冷たいところも、近寄ってきた客とすぐ付き合うチャラいところも、全部側で見てきてそれでもずっと何年も報われない片想いをしてきてんだから……。今までお前を傷つけてきた中途半端な奴らとは違うよ」 

「……分かってます。今まで私、本当に奈央に酷いことばっかりしてきたし、嫌な部分も死ぬほど見せてきた。それなのに奈央はまだ好きでいてくれたんだから、その気持ちは他の人とは違うって分かってます……」

「なら……」

「でもだからこそ恐い……好きな人と一緒に居るのは恐い……いつか離れていかれて一緒に居られなくなるくらいなら、ずっとこのままでいたい………」

「……………泣くなよ」



 あんなさんは右手にグラスを持ったまま、左手で私の頭をポンポンポンポンたたき続けた。



「よしよしベス!お前はいい子だぞぉー」

「…………ベスってなに?」  

「え?……えーっと、知らないの?あの、塗ると光沢出るやつ!」

「……それはニスでしょ?」

「あっ、ほら尾関ちゃん!私の作る煮浸しとか好きでしょ?」

「それはナス!って、えなさんまで何言ってんですか」

「ごめん、ごめん、尾関!私、うっかりしてたわ。あれだ!アタックの前にやるやつだ!」

「トスーー!!」

「えー!ちょっとあんなちゃんサイクル早いよー!待って待って!」

「いや、待ってとかじゃないんですよ、えなさん……」

「あっ!分かった!」

「もう分かったって言っちゃってるじゃん……」

「あんなちゃんがいつも私にくれるやつ!」

「え?……私がえなにあげてる?なんだろ?」

「……どうせキスでしょ」

「あーもうっ!!なんで尾関ちゃんが答えちゃうの!?あんなちゃんに言って欲しかったのにぃー!!」

「………それはすみませんでした」

「ほんとだよ!空気読めないやつだなぁー、もう今まさに言おうとしてたとこだったのに!」

「いや、絶対分かってなかったじゃん」

「うるせーベス!」

「だからベスってなにー!?」

「あーーウケるわ」

「で、結局教えてくれないの?」

「だってこのネタまだ続けられるのにもったいないじゃん」

「そうだね!まだしばらくひっぱれそう!」



 二人は、本当に楽しそうにテーブルを叩きながら笑って、同じタイミングでお酒の入ったグラスに口をつけた。



 ……あんなさんとえなさんが大好きだ。二人といるとさっきまで辛くて流した涙が、一瞬で笑い涙に変わる。二人を見ていると、自分では感じたことなんて無いのに『永遠』は存在するんだって希望を持てる。



「倉田ちゃんてさ、ちょっと尾関と似てるとこあるよね!倉田ちゃんも私たちの前でぐしゃぐしゃに泣いてたかと思ったら、私がボケるとしっかりツッコんでくんの。ほんとかわいいよ、お前たち。二人とも幸せになってほしいや」

「私も!尾関ちゃんもなおちゃんも、笑ってる顔が一番可愛いから、二人でずっと笑っててほしいな」

「尾関の中の恐怖は尾関にしか分かんないから私は何も言えないけど、どっちかだね。失うかもしれないけど手を取るか、一生触れられないけど側にいるか。倉田ちゃんはお前が自分の手を取ってくれることをめちゃくちゃ待ってるけどね」 

「……でも、そもそもだけど、自分の逃げのせいで奈央を苦しめてきたのに、奈央の気持ちを知った途端にすぐに手の平を返して手に入れようとするのもずるいとも思うし……。そんなことしてきた私が好きだなんて言う資格あるのかなって……」

「ほんとうにとてつもないバカだなお前は!本気で悪いって思うなら、自分も苦しいことから逃げないで倉田ちゃんの気持ちにしっかり向き合ってあげる方がよっぽど罪滅ぼしだろ!」




 あんなさんの言葉は、矢のように深く私の心に突き刺さった。







 その帰り道、一人あの遊歩道に行った。奈央がいつも探してる辺りの土手に下りて、簡単に見つかるはずのないキーホルダーを探してみた。



 足首が余裕で隠れる高さの草をかき分けていると、5分もしないで手はかじかんで、小川の近くのせいか、冬の風は商店街を歩くのとは別次元に冷たく肌が痛いくらいだった。



 こんなことをあの日から今も毎日のように続けている奈央を思うと、愛おしさと申し訳なさで心が破裂しそうだった。今すぐ会いに行って抱きしめて謝りたいと思った。



 あの夜、この場所で、菜々未さんと手をつないで現れた私の姿を見た時、奈央はどんな思いだったんだろう……。そうだ、あの時も奈央は泣いていた……



 本当に傷つけることしかしてこなかったけど、せめて、奈央があんなにも大切にしてくれていたキーホルダーは私が見つけたいと思った。それで、奈央に笑ってほしい……。



 



 それから毎日、少しの時間でも雨の日でも、私は必ず土手に行った。実際ちゃんと探してみると、さらに想像を超えて大変だった。探しても探しても見つからないものを探し続けることは、何よりも精神的に辛かった。



 もうとっくに誰かが拾ってここにはないかもしれないとか、こんなに見つからないならこのまま永遠に見つからないんじゃないかとか、あらゆる不安が巡り続けて心が何度も折れそうになる。



 でもその辛さを感じれば感じるほど、奈央がどれほど自分のことを想ってくれているかが強く伝わってきた。




 もう本当に逃げるのはやめよう。

 言える立場じゃないとか、今さらだとか、向き合うのが恐いとかなんてどうでもいい。私には奈央に伝えなきゃいけないことが沢山ある。




 とにかく、キーホルダーを絶対に見つけよう。そして見つけることが出来たら、それを渡してちゃんと奈央に好きだと言おう。




 そう心に誓った。

















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