第31話 奈央
それから私は歳上の人ばかりと付き合うようになった。それも、もうずっと長く自分を同性愛者だと自覚している人とだけ。
その条件を満たしていて見た目もそこそこタイプだったら、愛なんてなくても別によかった。むしろその方がよかった。その方が簡単に付き合えるし、簡単に別れられる。
恋愛対象と関係なしにしても、もともと基本的に歳下は苦手だった。なぜか同い年や歳上の人より逆に気を使ってしまい窮屈になる。だからまず自分から好んで関わろうとはしなかった。
だけど、奈央だけは違った。
5つも下で、初めて会った時なんてつい数週間前に中学を卒業したばかりだったのに、話してみるとびっくりするほどしっかりした子で、歳が離れていることを忘れがちになるほどノリが合った。
私は、高校を卒業してから自分がレズだということを隠すのをやめていて、初対面の人にはなるべく早く伝えるようにしていた。どうせ後から拒まれるなら、初めから受け入れられない人だと分かった方が何かと楽だった。実際、伝えた瞬間から距離を置かれることは度々あった。でもそんな時、そうゆう反応をする相手に私は有り難ささえ感じていた。
何かに怯えていた子どもの頃とは違って、別に鼻から誰にでも受け入れてほしいなんて思っていない。本当は無理なのに理解したフリをして後で手のひらを返してくる人より、1000倍素直で正しいと思った。
そうゆう意味では、奈央の反応は私の中で一番『正解』に近かった。
同性愛者だということを話した時奈央は、動揺することも騒ぎ立てることもなかった。普通に受け入れ、その前と後で何一つ態度を変えなかった。
私も表には出さなかったけど、本当はすごく嬉しかった。受け入れられる人だけに受け入れてもらえればいいと思いながら、奈央にだけは受け入れてほしいと願っていた。毎日のように他愛もないことで奈央と笑い合う時間が失われることに、私は情けないくらいに怯えていた。
だけど、奈央がバイトに入ってきてちょうど一年になったあの夜、ずっと守り続けたかったその関係は突然音を立てるように壊れた。
奈央は私に付き合わないかと言ってきた。
私は心底奈央に幻滅した。
この子だけは、すぐに勘違いをしてしまう他の若い女の子たちとは違うと思っていたのに。
悲しかった。一度こうゆう勘違いをしたら、その後に待ってるのは拒絶だ。それが一ヶ月後か三ヶ月後かは分からないけど、必ず奈央には、この日を、その時の自分を、完全否定する日が訪れる。そして、それと同時に私の存在も否定される。
奈央の前にも一人いた。
その子とは別に奈央のように気が合ったというわけじゃなかったけど、とにかく大人しくて真面目な子で、バイト中は心配になるくらい緊張の糸が張りつめていたから、例のごとくあんなさんに任命された教育係として気にはかけていた。
次第に私にだけは心を開いたように自然に話せるようになり、帰りまで勝手についてくるほど懐かれるようになった。
仕方ないのでたまにマックをおごってあげたりしているうちに、ある日突然告白された。まさに見本のような典型的なその勘違いが癪に触って、私はそれに巻き込まれたイラつきをあからさまに態度に出し、ぶつけてしまった。すると、それからすぐにその子はバイトを辞めた。多少悪い気持ちもありながら内心は安心していた。
だけど、それから一ヶ月後。
真っ黒だった髪を激しめの明るい色に染め、制服のスカートを以前より10cm以上も短くし、わざわざチャラそうな雰囲気の男子まで連れて、その子は客として店にやってきた。
たまたまの来店じゃないことは、その子の態度で分かった。目は決して合わせないくせにチラチラとこっちを気にして、今の自分を見せつけるように無駄に店内に留まり続けていた。この儀式が本当に迷惑でうんざりする。
一時の気の迷いで一瞬女に走ってしまったノンケの子は、目が覚めた時、それぞれやり方は違くてもみんなこうゆうことをする。
聞いてもいない彼氏の話を延々と語ってくる子、『あの時の自分はどうかしてた、思い出すと気持ち悪い』と、笑い話に変えてくる子。
その子の場合は、変貌した自分を私に見せて『あの時の私は本当の私じゃない、これが本当の私』と、遠回しにアピールしてくるパターンだった。
過ちを犯したと感じている彼女たちは、きっとこうゆう儀式によって何かから解放されたいんだろう。だけど、こっちからしたら心底そんなのどうでもいいことだ。やるなら一人で勝手にやってほしいと思う。
さすがに奈央はあの子みたいにひん曲がったことはしないと思うけど、それでも何かの行動は起こすはず。
一番想像がつきやすいのは『恋と勘違いしてました』と素直に告げられること。そして、きっとまっすぐな奈央のことだから、本当に申し訳なさそうに頭を下げて謝ってくると思う。
そうなった時、私はなんて言えばいいのか分からない。その後もどう接したらいいのか分からない。だからいっそ、あの子のようにバイトを辞めてくれたらいいのにと思った。辞めてくれれば、奈央に否定される日に怯えなくて済む。
だから私はあの子にしたように奈央にも冷たく当たった。いやきっと、あの子にしてたよりもずっと酷い態度をとった。その度に奈央は泣きそうな顔をしていたけど、私は態度を変えたりしなかった。
胸が痛まないわけじゃなかったけど、楽しいだけでいられたあの関係を壊したのは奈央の方だという憎しみが、私の中にはあった。それに悔しさと悲しも加えて、全部奈央にぶつけた。
それなのに、奈央は辞めなかった。
私の態度に対抗するように強気な姿勢へとシフトチェンジをして、関係は変わってもそのまま近くに居続けた。
奈央はきっとすでに私への気持ちは勘違いだったと気づいていたけど、他の子のような儀式をすることもなく、あんなに嫌な態度をとっていた私のことも否定しなかった。
そのおかげで、本当にあの夜だけを二人の記憶からポコっと取り除いただけのように、次第に少しづつ普通に話せるようになっていった。
そんな子は初めてだったから正直動揺した。でも奈央となら、本当に何もなかったことにしてまた前みたいに戻れるのかもしれないと本気で期待した。
そんな時だった。
奈央から二度目の告白をされたのは。
その瞬間、もうあの頃に戻れることは二度とないんだと私は悟った。




