第27話 しちゃいけない期待
朝の6時を過ぎてようやく、猛者たちは全員が解散に同意した。
明さんはタクシーを呼んだと言って、一足先に疲れきった様子で手を振って帰っていった。
残った4人で一緒にお店を出て人気の全くない商店街をしばらく固まって歩いていたら、店長がえなさんの肩に腕を回し突然、
「お前ら邪魔すんなよ!」
と迷惑そうな顔で私と先輩に向かって言った。
「『邪魔するな』って言われても……どうしたらいいんですかね……?」
隣を見ると、尾関先輩は疲れと眠気で少しぐったりしていた。
「少し距離取ればいいんじゃない?」
「なるほど……」
「ちょうどいいからここで少し休憩してこうよ」
「…………はい」
返事に少しの間が空いてしまったのは、尾関先輩が示したのがいつものあのベンチだったから。確かにお馴染みの指定席ではあるけど、ここは私が先輩に告白をした場所。そして、フラれた後に一人泣き続けた場所……。いまだに私はこのベンチを目にするたび胸がチカチカとざわつくけれど、尾関先輩はなんにも感じてないんだろう。
「店長たち、見えなくなっちゃいますね」
「いいよ、どうせもう帰るだけだもん」
「……そうですね」
どうせ帰るだけだと思ってるのに、私のことは付き合せるんだ……。色んな感情があるけど、やっぱりこの状況を幸せだと思ってしまう自分は、情けないほど尾関先輩が好きなんだとまた思い知った。
「……なんか不思議。結局去年も今年も倉田とクリスマス過ごしてる」
並んで腰を下ろすと、寒そうに肩をすくめ先輩は笑った。
「……ほんと不思議ですね」
先輩が言った言葉は、私がさっきから密かに思っていたことだった。尾関先輩が彼女とお店に現れた時はどんな最悪なイヴになるかと思っていたけど、今はこうして二人だけでこのベンチに座ってる……。偶然か重なって起きたこの状況は、私にとっては奇跡だった。
「そう言えば倉田さ、めっちゃ明ちゃんに狙われてたね」
私の胸のうちなんて何も分かってない尾関先輩は、突如思い出し笑いをするように言った。当たり前だけど、嫉妬の欠片も見せない言い方に悲しくなる。
「あんなの、私がいちいち反応するから面白がってからかわれてるだけですよ……」
「どうかなー。けっこうマジだと思うけどね」
「私なんかにそんな……」
「いや、実際倉田はけっこうモテると思うよ?レズに」
「なんですかそれ!どこ調べですか!」
「尾関調べ。てかさ、明ちゃんめっちゃ美人だから案外悪い気はしなかったんじゃない?」
「美人とか関係ないです」
「ほんと?正直、多少はドキっとしたでしょ?」
「私は……好きな人じゃない人にはいくら言い寄られたって興味ないですから」
「へー」
もっとちゃかしてくるかと思ったけど、先輩はそこですんなり引き下がり話題を変えた。
「……落としたネックレスってまだ見つかってないの?」
「……はい。まだ見つかってないです……」
「まだ探してるの?」
「時間があれば探しに行ってます」
「もうだいぶ寒くなったしキツイじゃん。どうしてそこまでするの?」
「だってそれは……好きな人にもらった大切なものだから……」
「……ふーん。まだ好きなんだ?」
「……好きですよ、嫌いになれることなんかないです。ずっと……」
バレることはなくても目を見ては言えなかった。
「……あーあ、さすがに今日は飲み過ぎたなぁ〜。倉田、ちょっと寄っかかっていい?」
「えっ!?……ど、どうぞ……」
私がそう言うと、尾関先輩は横並びのまま私の体を抱きしめるようにしてゆるく腕を回し、肩に頭を寄りかけた。
「あの……これって寄りかかるって言いいます?」
何が起こってるのか分からなかった。
「こうすると楽なんだもん。ダメ?」
「……別に……いいですけど」
事情があって身を引く形になったとは言え、あの彼女と別れたことが少なからずこたえてるのかもしれない。強がって見せてたけど本当は未練があったのかな……そうだったら悔しいけど、もう少しこのままでいられるなら今はそれでもいいと思ってしまった。
沈黙の中、なんとなく今なら大丈夫という全く信憑性のない勘が働いて、私はクタクタの尾関先輩に思い切って話しかけた。
「あの、尾関先輩……」
「ん?なに?」
抱きついたまま返事をするから、声がすぐ近くで聞こえて、それだけで体中がゾクッとした。
「……今日って、クリスマスじゃないですか」
「そうだね」
「……だから……クリスマスプレゼントが欲しいんですけど……」
第一声で『なんで私が倉田にあげなきゃいけないんだよ!』と切り捨てられるかもしれないと多少覚悟してたけど、尾関先輩からは全く予想外の反応が来た。
「いいよ。何が欲しいの?」
自分からお願いしてみたものの、返答が衝撃的過ぎていったん理解に苦しんだ。でもすぐに、またとないチャンスだ!と覚醒する。
『尾関先輩が欲しいです!』と言いたいのをぐっと堪えて、私は二番目の願望を素直に伝えた。
「私のこと、前みたいに『奈央』って呼んで欲しいんです……倉田じゃなくて……」
「…………」
先輩の顔は見えないから表情は分からないけど、何よりその無言が『拒否』という答えなんだと受け止めようとしたその時……
「……奈央」
しっかりとした発音で名前を呼ばれて一気に全身の鳥肌がたった。正直、初めて呼ばれた時よりもずっとずっとずっと嬉しくて、絶対ダメなのに涙が込み上げてきてしまう……。
「今だけじゃなくて、これからはずっとそうやって呼んで下さいね!約束したんだから!また倉田に戻るとか無しですよ!?」
「そうとは聞いてないけど」
「ずるい!!」
「何がずるいんだよ、一寸の狂いもなく正当でしょ。今後ずっとなんて言ってなかったじゃん」
「…………」
「……でも呼ぶよ。これからはまた『奈央』って呼ぶ」
その言葉を聞いた時、もしかして本当に、尾関先輩の好きな人は私なのかもしれないなんて、また恥ずかしいほどのプラス思考が頭を巡った。
そんな期待なんかしたらまた後で苦しくなるだけなのに、その間も尾関先輩の腕は私の体に巻きついたままで、正常な思考をどんどん吸い取ってゆく……。
「ねぇ奈央、私もさ、クリスマスプレゼントの代わりに一つお願い聞いてほしいんだけど」
少し甘えるような口調でそんなことを言うから、また期待がさらに膨らんでしまう。
「……なんですか?」
すると、尾関先輩は一度私の体を解放し、正面から向き合ってしっかりと目を合わせながら言った。
「もし私が奈央の落とし物見つけたら、彼氏と別れてほしい」
……それはどうゆうこと……?分かりそうで分からない。そもそもどうして先輩がネックレスを探すの?
「どうしてですか?どうして尾関先輩がそんなこと……」
「彼氏のことで辛そうな奈央をもう見たくないから」
「……そんなこと言われても私にも事情があるし……そんな簡単には無理ですよ」
「本当に?本当に無理なの?私が本当にそう望んでも別れられない?」
先輩が何を言いたいのかまだよく分からなかった。ただ初めて真正面からこんなに近くで見つめられて、その視線に目を合わせているだけで今は必死だった。
それ以上もうなんにも考えられなくなった私は、そのままもう何も言えなかった……。




