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第26話 修羅場の後

【倉田 奈央】






 ガラガラガラ……ピシャン……。



 丁寧にお店の扉が完全に閉められると、再び店内は静寂に包まれた。



 もう見えない二人の背中を見ているような尾関先輩、取り残された明さん、落ち着いた表情で全てを見守るようなえなさん……



 みんながそのまま動かない。



「……えっ、なにこれ?」



 思わず私が声に出してしまうと、突然三人は吹き出すように笑った。



「なんでこの状況で一番初めにしゃべるのが倉田なんだよ!」



 尾関先輩がさっきまでの人とは別人のように楽しそうな様子で私にツッコんだ。



「てゆうか、なんで倉田がいるの?!」

「いや、普通にお店やってるーって思って入ってきちゃって……」

「そうなの!だからね、私ずっとカウンターの下になおちゃんのこと監禁してたの!」

「まじで!?じゃあ初めからずっと聞いてたってこと!?」

「はい……全てまるっと……」

「……うわぁ……最悪だ……。……まぁいいや……もうしょうがない……明ちゃん!飲み直そ!」



 尾関先輩は切り替えると突然、少し離れた場所にいた明さんに話しかけて誘った。



「そーですね!今夜はもう飲み倒しましょ!」



 なんのためらいもなく明さんが誘いに乗る。私は何かに違和感を感じていた。



「えなさん!ここのテーブル二つくっつけちゃっていい?」

「うん!私もそれがいいと思ってた!あと尾関ちゃん、悪いんだけどのれん中に入れてくれる?」

「はーい」

「じゃあ私グラスとか料理をテーブルの方に移動させちゃいますね!」

「うん!ありがとー!」



 みんながテキパキと動く中、まだきょとんとしている私にえなさんが優しく笑いかけた。



「なおちゃん、もう分かった?」

「え?」

「さっきの二人以外、みんなグルなの」

「え!?」

「大事な作戦中だったから、なおちゃんのこと無理矢理押し込めちゃってごめんね……」

「どうゆうことですか?!」

「まぁ、倉田にはまだ難しいか!」



 のれんを入れ終わった尾関先輩が、まだ理解出来ていない私を子ども扱いするように言った。その対応にふてくされた顔をしていると

 


「まぁいいから倉田もこっちおいでよ!一緒に飲も」



 テーブルに移った先輩が自分の隣の椅子の座面を叩きながらそう言うので、私は一気に機嫌が直ってしまった。先輩の向かいに明さんが座り、私もそこへお邪魔すると、



「私、ちょっとだけ仕込みしちゃうから先に乾杯しててー」



 と、カウンターのえなさんから開始の合図が出て、私たちは3人で飲み始めた。



「そういや明ちゃん、光さんに連絡しなくて大丈夫?向こうも心配してるんじゃない?妹置いてっちゃってさ」



 尾関先輩がさっきまであんなにバチバチにバトってた光さんのことを気にかけている……。じゃあやっぱりあれはやってたんだ……と、まだ半信半疑ながらも信じ始めた。



「さっきそっこーしときました!私のこと気になって戻ってきちゃったら大変だから。きみかさん、今日は色々ありがとうございました!」

「ううん、明ちゃんこそだよ。今日はほんとありがとね!あっそうだ!明ちゃん、この子コンビニで一緒にバイトしてる子で、『倉田』」

「へー!そうなんだ!はじめまして明です!きみかさんとはアウトベースで知り合った仲で……」



 知らない単語にきょとんとする私に尾関先輩が補足をしてくれた。



「アウトベースってのは私がバイトしてるライブハウスのことね」

「あー、そうなんですね!はじめまして、倉田奈央です!……てことは、明さんも歌われるんですか?」 

「ううん、私はバンドでギター担当してるの」

「えー!女の人のギタリストってかっこいいですね!!明さんモデルさんみたいにスタイルよくて綺麗だし、黒髪のストレートもすっごい目引くし、絶対ステージ映えしそうです!」

「そお?可愛い子にそんなこと言われるとお姉さん嬉しくなっちゃうなー」

「……倉田、あんまりそう無防備に乗せると食われるよ?」

「……くわれる?」

「たぶん倉田、明ちゃんのどタイプだから」

「……え?」

「さすが!よく分かりますねー!きみかさん!」

「だって、明ちゃんて歳下で愛嬌のあるピュアな感じの女の子大好きじゃん」

「そーなんですよー!なおちゃんて見るからに私のドツボなんですよね〜。一瞬で気になっちゃったもん」

「……あの、明さんも、その……女性が好きな方なんですか……?」

「アハハ!女性が好きって、かしこまって聞かれるとなんかウケるね!そうだよ、私もなの。姉妹そろってってヤバいでしょ?二人姉妹なのに親泣くよねー!まぁ笑ってるけどねー!」

「ヤバいなんてそんなこと!明るそうなご家庭で素敵だと思います……」

「ありがと!でもそんなふうに優しくフォローしてくれるなおちゃんこそ私は素敵な女性だと思うよ?」

「あ、いや……」

「倉田、またやったな」

「なおちゃんそんなにビビらないでよ!山姥(やまんば)じゃないんだからさ、そんなすぐ取って食うなんてことしないから!」

「いや、するでしょ」



 尾関先輩はグラスを片手に、明さんを全く信用してない様子で言った。



「あ、そんなこと言っちゃいます?私はきみかさんの方がよっぽど危険だと思うけどな。前は酔っ払うとすぐ知らない女の人を自分ち連れてってたじゃないですか」

「……そ、そんなに……ですか?」



 私は少し前のめりになって、本人ではなく明さんにまじまじと聞いた。



「何年か前まではよく聞いたよ?『またやっちゃった』とか言って」

「だから!前に言ったじゃん?確かに昔は若気の至りでそんなことも多少はあったかもしれないけど、今はもう改心してそんなんじゃないって!」



 尾関先輩は私の方を向いて必死に弁明するように言った。



「……はぁ……昔……多少……そうですよね……」



 私はそんな先輩を座った目で見て言った。



「でもさ、実際しょうがないですよね。きみかさんモテるし、向こうから寄ってくるんだもん。今日のきみかさんもかっこよかったなー、役者で!最後まできっちりゲスをやり切るところがいいですよね!きみかさんのこと全っ然タイプじゃない私でさえも今夜は抱かれてもいいってちょっと思っちゃったもん!」

「じゃあ抱こうか?もう彼女いないし」

「きみかさん、私にまで手出したらマジでお姉ちゃんに殺されますよ?」



 二人がふざけて笑い合ってる中には入り込む隙間がなくておもしろくなかった。



「あの、まだいまいち分かってないんですけど、結局今日のあの揉め事はどこからどこまでが本当なんですか?」

「全部が作戦だよ。私のお姉ちゃんと菜々未さんがよりを戻すための作戦!きみかさんが脚本、演出……みたいなね」

「セリフも決めてたんですか?」



 私はあの菜々未さんという人への嫉妬めいた先輩の言葉がどこまで本気なのか、その気持ちを探りたくて、先輩に向かって尋ねた。



「さすがにそこまではやってないよ!なんとなくのアドリブ。明ちゃんから光さんの性格とか聞いて、どうゆうことに癪に触りそうかとかを考えて、より光さんがキレそうな演出をしてみたって感じかな」

「……アドリブでアレって……尾関先輩ってなんかとんでもないですね……」

「なにそれディスってる?」

「でもさ、秀逸だと思うよ?結局きみかさんの狙い通り二人は元の鞘におさまったんだからさ!」

「……じゃあ、ネタばらしはいつするんですか?」

「バカだなー倉田!倉田はバカ!ネタばらしなんかするわけないじゃん!したら意味ないじゃん!」

「でもそれじゃあ、尾関先輩は彼女さんの中で酷い人のままじゃないですか!さっきの先輩、ほんとにリアル悪魔みたいでしたよ?」

「確かに!内情知らないと極悪非道のイカれたヤバい奴だよねー!」



 明さんが思い出し笑いをした。



「君たち、言ってくれるじゃん」

「だって本当に心底超絶最低な人間でしたもん!」

「……あっそ。別にいいんだよ、それで。悪魔でも鬼でも、これからの二人のこと考えたら私が悪者の加害者でい続けた方がいいんだから」



 そこまで言うと先輩は「トイレ」と一言だけ私たちに告げて席を立った。突然初対面の明さんと二人きりになってしまい、少し気まずさをを感じてとりあえず目の前のシャンパンに手を伸ばした。



「ねぇねぇ!なおちゃんてさ、きみかさんのこと好きでしょ?」



 と、身構えていたことが全くの無駄だったみたいに、明さんは初対面の壁をズカズカとなぎ倒してド直球なことを聞いてきた。



「どっ、どうしてですか!?」

「だってさ、さっき私がきみかさんに抱かれてもいいって言った時、すっごい攻撃的な目で私のこと睨んできたもん!きみかさんのこととなると対抗心バチバチなのかなーって」

「そんなことないですよ!思い違いです!」

「じゃあ私にかな?なおちゃんのことタイプって言ったくせにきみかさんにあんなこと言ったから嫉妬してくれたとか?」

「あの……そうゆうことでもないんですけど……」

「冗談だって!そんな全部真面目に受け止めないでよー!からかい甲斐があるなぁ!」

「……あの、実を言うと私……尾関先輩に告白したことがあるんです……まぁフラれたんですけど……」

「えっ、そうなの!?やっぱりそうだったんだ……。てゆうかなんかごめんね!ちゃかしたりしちゃって……」

「いえ、いいんです!今はそうゆうんじゃなくて、友達とまでいかないですけど、仲良くしてもらってる感じで……」

「そっか。じゃあもう完全にふっ切れてるんだ?」

「それもそうじゃなくて……。本当は私はまだ全然好きなんですけど……だけどそれは内緒にしてるんです……。バレたらこうやって普通に過ごすことも出来なくなるから……。あ、なので先輩には絶対言わないで下さい!」



 初対面の人に私は何をペラペラと話してるんだろう。飲み慣れないはずのシャンパンがジュースみたいにおいしいせいか、何でも受け止めてくれそうな明さんの人柄のせいか、少し調子が狂ってるみたいだ……



「分かったよ。絶対に言わないから安心して!詳しいことは分からないけどとにかく複雑なんだね、なおちゃんときみかさんの関係って。……ん?ちょっと待ってよ?……もしかして、きみかさんの好きな人ってなおちゃんのことだったりして……」



 明さんの言葉に一瞬でパッと酔いが覚めた。



「尾関先輩の好きな人ってなんの話ですか!?その……菜々未さんて人のことじゃないんですか?!」

「菜々未さんのことは実際何とも思ってなかったみたいだよ?他に好きな人がいるけど、今は菜々未さんに逃げてるんだって言ってたし。本当に好きな人とはワケアリで、どうやっても結ばれないんだってさ。珍しくけっこうきみかさん本気っぽくてすごく悲しそうにしてた」



 尾関先輩の好きな人……そんなの思いつくのは一人しかいない……。



 香坂さんだ。

 確かに香坂さんには分かりやすく媚びまくってた。だけど最近は、先輩はただ綺麗な歳上の女の人にチャラチャラする性分なだけで、香坂さんに対して特別本気なわけではないと思っていた。

 なのにまさか、本当はそこまで思いつめるほど好きだったなんて……



「きみかさんはあきらめてる感じだったけど、私、その相手が分かったらどうにかできないかなーって考えててさ!お姉ちゃんのことで今回あそこまでしてくれたから、きみかさんにも幸せになってほしいんだよね……。このままじゃきみかさんだけが報われなくて可哀想じゃん?だからもしきみかさんの好きな人がなおちゃんなら、私協力するからね!」

「……明さんが協力してくれたらすごく心強いけど、たぶん……てゆうか絶対、それ私じゃないです。ワケアリって心当たりあるし……」

「……あ、そうなんだ」

「だから、先輩の幸せを願う明さんとは敵になっちゃうかもですね……ハハ」



 私は胸の痛みを隠して無理して笑った。



「じゃあ、もしなおちゃんがうまくいかなかったら、その時は私がいっぱい慰めてあげる」

「えっ……」



 そこまで話したところで先輩が戻ってきた。



「明ちゃんて話しやすいでしょ?」

「はい、なんか今日初めて会ったとは思えない感じで……」

「それってさ、なおちゃんも私に運命感じてくれてるってこと?」

「倉田、またやったな……。明ちゃんは少しでも隙を見せたらすぐ懐に入ってくるからほんと気をつけな」

「ねぇ、きみかさん!私ほんとになおちゃんのこと可愛いって思い始めちゃってるんだけど、本気で狙っちゃっていい?」

「なんで私に聞くの?」

「きみかさんの大事な後輩だろうから、一応許可取らないとなーって思って」

「だとしてもそうゆうのは個人の自由でしょ」

「じゃあいいんだ?やった!じゃあこれからよろしくね!なおちゃん!」

「えっ!?いや、私、好きな人いるので……」

「なになにー?好きな人の話してるのー?」



 仕込みを終えたえなさんがようやく合流して、私たちは改めて4人で乾杯をした。



「私の好きな人も聞いて!聞いて!」



 今日は色々あって疲れてしまったせいか、珍しくえなさんはシャンパンを一杯飲んだだけで少しほろ酔いになっていて、楽しそうで可愛らしかった。



「わー!聞きたい!聞きたい!」



 明さんが興味津々に食いつく。



「聞いてくれる?あんなちゃんていって、すっっっごいかわいいの!!」

「知ってる!知ってる!あのヤクザねー!」



 尾関先輩がえなさんをからかうように笑いながら言った。



「ひどーい!尾関ちゃん!私のかわいい彼女をヤクザだなんて!」

「え!彼女さん、すっごいかわいいヤクザなんですか!?それはそれで気になり過ぎるんですけど」

「うーん、あながち間違ってないかもですね……。黙ってたらかなり綺麗な女の人だし、目なんかくりっとしてて可愛らしさも確かにあるし。……でも中身は確かにヤクザなんですよね……」

「なおちゃんまで!もぉー!せめてチンピラくらいにしてあげてよ!」

「……チンピラはいいんですね、えなさん……」

「明ちゃん!尾関ちゃんとなおちゃんはこんなこと言ってるけど、あんなちゃんは全然そんなんじゃないからね?そりゃちょっと横暴で暴力的で口が悪くて、人をバカにすることが何よりの酒のツマミみたいなところはあるけど、すっごく温かくて優しくて、笑顔がめちゃくちゃかわいい、これ以上いない素敵な女性(ひと)なんだから!」

「そんな女恐いわ!!」

  


 尾関先輩がすかさずツッコんだその時、



 ガラガラガラガラッピシャーンッ!!



 大きな音を立てお店の引き戸が一瞬で全開に開き、真冬の冷たい風が一気に店内へ流れ込んできた。



「メリークリスマス!!私のトナカイたち!!さぁサンタ狩りパーティーはじめんぞー!!」



 そこには仕事終わりでまだ一滴も飲んでいないはずの店長が、誰よりも高いテンションで仁王立ちをしていた。



「あー!!あんなちゃんだー!!おつかれさまぁ〜!!」



 えなさんはその姿を目にすると、すぐに立ち上がって人目もはばからずに店長に抱きついた。



「……ほんとだ……みんなが言ってたこと、全部あってる……」



 明さんはジャングルで新種の珍獣を見つけた探検隊のような顔をしてそう呟いた。



 テーブルをまたもう一つくっつけて、私たちは女5人、イヴの夜がクリスマスの朝に変わるまで飲み続けた。


 



















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