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第13話 光のこと

間宮(まみや) 菜々未(ななみ)



 私が彼女をはじめて見たのは、大学のキャンパスの中庭だった。



 オレンジベージュに染まった、肩より少し短い髪がとてもよく似合う、笑顔のまぶしい明るい女の子。



 同級生だった彼女は、いつも一人中庭で読書をする私とは正反対で、いつ見ても友達に囲まれている子だった。



 歩いている時でさえ、彼女の前を行く子は振り返りながら、横の子は腕につかまり、後ろにいる子は彼女を覗き込むようについて行く。向日葵のように、みんながみんな中心にいる彼女へと常に顔を向けていた。まるで太陽みたい……。それが、私が抱いた彼女への初めての印象だった。



 名前も知らないし、なんの接点もなかったけど、日々数千人もの人が行き交う広いキャンパスの中で、なぜか彼女の姿はよく目に入った。



 二年生になった春、偶然同じ講義をとっていた彼女に、授業前突然話しかけられた。



 珍しく一人でいた彼女は、同じく一人の私に向かって



間宮(まみや)さんだよね?」



 と、あの太陽みたいな笑顔を見せた。思わずドキっとしつつ、どうして私なんかの名前を知ってるんだろうと驚いてそれを尋ねようとするその前に



「ここ座っていい?」



 と言って勝手に私の隣に座った。そして、そのまま両手で両肘を掴むようにして腕を組むと、上半身を完全にこちらに向け、

  


「ずっと前から仲良くなれたらなって思ってたんだ!私、夏井光(なついひかり)、よろしくね!」



 と言った。



 ……すごい、名前も太陽みたいなんだ……



 それが二度目の(ひかり)への印象だった。





 それから光は、講義以外でもよく私の前に現れるようになった。そんな時、決まっていつも光は一人だった。



 光に誘われるまま、次第に二人で学食を食べるようになったり、大学の外でも遊ぶようになっていった。



 太陽みたいな光がどうしてパッとしない私なんかに構ってくれるのか不思議だったけど、そのまぶしい笑顔を一時でもひとり占め出来ることが、私はすごく嬉しかった。



 私といない時は相変わらず、私の知らない沢山の友達に囲まれている光だったけど、本当は大勢でワイワイやるよりも、こうして私と二人で静かに過ごしてる方が好きなんだと、二人だけの時にこっそり教えてくれた。



 光は自分とは正反対の人間だと勝手に思い込んでいたけど、その距離が縮まるたびに、私達は似ているところだらけだと気づいた。



 散歩の途中で綺麗な花を見つけるとつい立ち止まるところとか、好きなものは最後じゃなくて一口目に食べるところとか、音楽とか。



 雰囲気からしてロックとかをよく聴きそうだなと思っていたけど、初めて私の部屋に遊びに来た光は、世間的にはほとんど無名の女性シンガーソングライターのCDを見つけると、



「うそ!菜々ななみもこの人好きなの!?私、この人のCD全部持ってるよ!ライブも行ったことあるし!」



 と、今まで見たことないくらいに興奮してはしゃいでいた。



 私はいつのころか光に、正体の分からない運命のようなものを感じていた。



 だからかもしれない。今まで光をそんな風に見ていたつもりはなかったはずなのに、あの日、部屋で突然キスをされても、体を触られても、ただただ午後の陽射しみたいにあったかいとしか思わなかったのは……。






 大学を卒業してお互い就職をして、二人の置かれた環境が変わっても、私たちは変わらずに付き合いを続けていた。



 20歳になった頃から付き合い始めて7年、世間では結婚を強く意識する27歳になっても、私たちはどちらもお互いだけを見ていた。



 光を愛しているのはもちろんだけど、焦る周りの独身女子たちを見ても何も動揺しない自分は、改めて同性愛者なのだと心底感じる。



 平日を仕事で忙しく過ごす私たちは、週末になるとどちらかの家に泊まるという生活を、社会人になってからずっと続けていた。



 そこでお酒を飲みながら、一週間の出来事や会社のグチなど、会えない間のそれぞれのことを交換し合う。



 一年ほど前から、そろそろ一緒に暮らさないかと光に言われていた。そう言ってくれて本当に嬉しかったし、私も光とはこの先もずっと一緒にいたいと思ってる。



 だけど、家族公認の光とは違って、私は光のことをうちの親に何も話せていない。おそらく、一生私は話さないと思う。うちの親にはこういうことを受け入れる度量など一ミリもないことを私は知っていた。



 子どもの頃からそうゆう類の人がテレビに出たり話題になっているだけで「気持ち悪い!」と言ってチャンネルを変えるような両親だった。



 そんな親に、ひとり娘がそんなことを告げたらどうなるんだろう。冗談じゃなく本当に倒れて、重い病気にでもなるかもしれない。



 だから私は受け入れてもらうよりも、隠し続けることを選んでいる。そういうこともあって、光と暮らすこともそう簡単にはいかない。



 それにもう一つ、親のこととは関係なく心に引っかかることがあった。それは、私たちが恋人というより友達に戻っているような感覚になること。



 うちに来るとすぐ楽なスウェットに着替えて、二人掛けのソファーを独占して横になる光を、私の前でだけ無防備にお腹を見せる飼い猫のように愛おしく思う反面、どこかで切なさも感じる。家でもよそ行きのような服で出迎える私にも光は、



「そんな格好で疲れちゃうでしょ、早く菜々未も着替えなよ!」



 と、お揃いのスウェットを引き出しから勝手に出して渡してくる。そういう時、私はなんとも言えない不安にかられる。



 セックスはする時もあるけど、全くしないで週末が終わることも少なくなかった。



 付き合って間もなかった頃、「中庭で読書をする姿を見かけてからずっとチャンスを伺って、あの日ようやく勇気を出して話しかけた」と照れながら話してくれた光は、その気持ちを今もまだ私に持ってくれてるんだろうか。



 その確証に自信がないまま一緒に暮らせば、この不安がもっともっと大きくなりそうで恐かった。



 私は、今のこの二人の距離感が、光が私に恋をし続けてくれるギリギリな間合いな気がしていた。









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