第12話 青天の霹靂
「フライドチキン揚げたてでーす!いかがですかー?」
「尾関先輩ってそうゆうところほんとに偉いですよね」
「ほんとだよ、私しか言ってないじゃん、これ。なんで他のバイトにも強要しないんですかー?店長!」
尾関先輩は店長を睨みつけて言った。
「だって恥ずかしいから可哀想じゃん……。私だってやだもん、『揚げたてです』ってなんか早口言葉みたいで変だし」
「おい!あんたが言えって言ったんだろ!」
「てかさ、尾関がそれ言ってると笑っちゃうんだよね、私。でさ、その後案外ほんとに売れんの……。まじウケる……」
店長は店の奥にお客さんがいる手前、一応小声で話しながらもお腹を抱えて尾関先輩を小バカにするように笑っていた。
「店長!そればっかりは先輩が可哀想ですよ?尾関先輩に言わせるなら店長も言わなきゃ!一人じゃ不憫じゃないですか!」
「えー、やだよ。じゃあ倉田ちゃんが一緒に言ってあげなよ」
「……ごめんなさい。私、他のことならいいんですけど、『揚げたてです』だけはNGで……」
「お前ら……。私なんかね、最近板につきすぎてレジでもお客さんに直で言っちゃってんだから!『今フライドチキン揚げたてですけどいかがですか?』って」
「ファーストフードじゃないんだからさ、『ご一緒にフライドチキンもいかがですか?』じゃないのよ!バイトのくせに社員の志かよ!」
店長の笑いが止まらない。
「でもほんと偉すぎますよ、尾関先輩。直営業なんて私絶対出来ない……勇気出して言ったのに断られたらすごい傷つくし」
「私だってさすがに誰かれ構わず言うわけじゃないよ?よく揚げもの買うって知ってるお客さんにだけね。ほら、あの缶チューハイのお姉さんとか!こないだ営業したら買ってくれたよ」
「あー、あのおっぱいの子ね」
「店長……おっぱいの子って……。そうゆうこと言っていいんですか?えなさんに怒られません?」
「なんで?私はえな以外のおっぱいはただの肉のかたまりとしか思ってないもん。やましいことなんてなんもなく部位名を言ってるだけ。手は手、頭は頭、おっぱいはおっぱい!」
季節はもう初夏を迎えていた。先輩と私の距離は相変わらず平行線のまま変わってなかったけど、こうして店長と3人でバカな話をしてる時間も私にはすごく特別だった。
「そうだ!あんなさん!えなさんのお店っていつ開店すんの?」
「えっ、えなさんお店開くんですか!?」
「あれ?倉田ちゃんにはまだ言ってなかったっけ?ここのすぐ近くにね、カウンターとテーブル二つくらいの小さい小料理屋のお店出すの。開店はね、秋頃だと思うよ」
「そうなんですか!?すごい!それってえなさん一人だけで?」
「うん、小さい店だしとりあえずはね。店出すのはえなの夢だったんだ。その為にずっとお金貯めててさ」
「すごいなぁ……。えなさん料理上手ですもんね!あ、でも店長心配じゃないんですか?えなさん美人だし、お客さんに絡まれたりとかされそうだし」
「めちゃくちゃ心配だよ!でもまぁえながやりたいことだし、それにwoman onlyの店だからまだね、そんな常識のない変な絡み方する人はあんまりいないだろうし」
「それって女の人だけしか入れないお店ってことですか?」
「そうそう。でも別にレズバーとかじゃないよ?まぁシンプルに言えば女性限定のごはん屋さんかな。もちろんお酒は飲めるけどね」
「私もすごい嬉しいわ、えなさんがそうゆうお店出してくれて。やっぱり女だけのが落ち着くし、一人でもふらっと行けるし」
「……でも、さすがに私が一人で行くのはダメですよね?未成年だから」
「別に大丈夫だよ!えな、定食とか作ってくれるよ!」
「ほんとですか!うれしー!家に晩ごはんない時とか助かるなー!」
「でもさ、開店したら初めは一緒に行こうよ」
はしゃぐ私に、尾関先輩はさらっと言った。
恋人じゃなくても、こうゆう時はなんだかんだいつも一番に私を選んで誘ってくれる。それが本当にうれしくて、せめてこの位置だけはずっと私のものだけであって欲しいと思った。
それなのに……
それは、キラキラした太陽の光の下、コンビニのすぐ外の木々に止まっている数匹の蝉たちが、夏らしさを一生懸命に演出してくれている最中だった。
エアコンの効いた店内にも関わらず暑さにバテた尾関先輩と私は、レジカウンターの中、灼熱の外を見つめながらただボーっとつっ立ってお客さんのいない時間を潰していた。
「……倉田も彼氏ともう一年かぁ……」
尾関先輩は外を見たまま独り言のように言った。
「……そうですね」
この嘘が一年も続くなんて……。
もうそんなに経ったのかと、その事実に目を背けてきた罪の深さを強く感じた。
「感慨深そうだな。どう?順調?」
「……順調っていうか、きっと、ずっとこのまま続くんだろうと思います…」
「へー。すごいね、そう言えるって」
「別にすごくないです、多分そうなんだろうなって思うだけで……」
「自然にそう思えるのが一番じゃん」
また尾関先輩がどんどん勝手に思い違いをしてくれる。
「じゃー私も倉田たちを目指そうかな!」
「……なにがですか?」
「……実はさ、彼女出来たんだよね」
尾関先輩はそう言うと、照れくさそうに笑った。
その時、あんなにうるさかった蝉の鳴き声が一瞬で聞こえなくなり、眩しすぎる太陽も目の前から姿を消した。
私は真っ暗闇の無音の世界にただ立っていた。




